Index Top 第7話 夏の思い出?

第12章 無礼講


 冷房の効いたダイニング。
 テーブルの上には、大量の料理が並べられていた。和食系が中心だが、洋食系や中華料理系、アジア系の料理も並んでいる。どこの料理かよく分からないものもあった。思いつきで作っていたらしく、料理の国籍はかなり無節操である。
「どうじゃ? ワシの料理は?」
 大人ほどの背丈となった草眞が菜箸を動かしながら、得意げに尻尾を動かしていた。大人の背丈となった草眞は、浩介によく似ている。いや、浩介が大人の姿になった草眞と同じ容姿なのだろう。
 灰色の着物の袖をたすきで縛り、白いエプロンを着けた格好。妙に似合っている。
「ふふ、ワシも久方ぶりに料理を作ったのでな。少々調子に乗りすぎてしまったが、まあ皆で食事というものは元気にやるもんじゃ」
「美味しいです。草眞さんって料理も上手いんですね。強いだけじゃなくて、料理もできる。うーん、憧れちゃいますよ」
 あんかけ白身魚フライを食べながら、凉子が笑っていた。嬉しそうに頬のひげが動いていた。猫だけあって、魚が好きらしい。
 草眞以外の三人は椅子に座って、料理を口にしていた。先に食べていろとの草眞の言葉に甘えたのである。
 リリルが野菜と肉のスープを飲みながら、ジト目で草眞を睨んだ。
「作りすぎだろ……」
 テーブルに並んだ料理はぱっと見ても十人前を越える量はある。どう見ても作りすぎとだった。もっとも日持ちのしそうな料理も多いので、冷蔵庫に保存しておけば明後日までには食べ終わるだろう。
 しかし、草眞はこともなげに答えてみせる。
「この程度の量、四人で食えば大丈夫じゃろ? みな若いのだし。それに、残ったらワシが食ってやるから、その点は安心しろ」
「食べられるんですか?」
 浩介は草眞を見つめた。草眞以外の三人が頑張っても、半分以上は残るだろう。
 草眞はエプロンを脱いでから、袖を縛っていたたすきを解いた。電子炊飯器から丼一杯の白飯をよそい、それを持って椅子に座る。
「造作もない。錬身の術というのは、体組織を操る術じゃが……これを自在に使うには法力以上にカロリーの消耗が激しいのでな。食える時には食っておかないといかん」
 箸を伸ばし適当に肉や野菜を摘みつつ、丼一杯の白飯をかき込んでいく。
「うわ……」
 浩介もリリルも凉子も、食べるのを忘れて草眞の食べっぷりに見入っていた。実に豪快に、そして美味しそうに食べている。見る間に消えていく白いご飯とたくさんのおかず。なぜか感動すら覚えるような食事だった。
 丼半分を食べ終わった所で箸を止め、凉子を目で示す。
「ま、凉子程度に使うなら消費カロリーを気にするほどでもないのじゃが、ワシくらいの使い手となると消耗もバカにならん。強力な術だけに、その対価も大きい」
「そうなんですか?」
 言葉が思いつかず、浩介はそれだけ答えた。
 草眞は再び食事を始める。
「やっぱり、戦闘種族ってのは大食いなのか……?」
 去年の学園祭で優勝していた慎一を思い出しつつ、浩介は眉間にしわを寄せる。カレーを十三杯も食べて、まだ余裕そうにしていた記憶がある。その時結奈も参加し、二位に終わっていた。慎一の大食いは有名である。戦うことは色々と消耗が伴うのだろう。
 ふと浩介は狐耳を動かす。慎一で思い出した。
「ところで……俺、逆式合成術ってのを教えられるって聞いてるんですけど」
「ん?」
 草眞が一度食べるのを止める。
 夏休みの始め頃、結奈と凉子がやってきて、逆式合成術を使えるようにとの処置をされた。身体を蟲の杭で撃ち抜かれて気を失ってから、何をされたのかはよく知らない。凉子の話によると、肉体と魂の結合をほんの少しだけ外されたらしい。
 唇に付いたご飯粒を嘗め取ってから、草眞が凉子を見やる。
「処置は上手くいったのか?」
「はい。ばっちりです。多分」
 満面の笑顔で、凉子が断言した。
「多分って……」
 そこは気にしてはいけないのだろう。
 浩介はお茶を一口飲んでから、草眞に目を向けた。
「結奈が――逆式合成術は日暈の合成術に対抗する手段だなんて言ってたんですけど、俺も将来日暈家の人間と戦うことあるんでしょうか……? なんか、戦闘術系教えられてるのが気になるんですが」
「無いわ」
 空になった丼を起き、草眞は即答した。
 椅子から立ち上がり、炊飯器から再び丼一杯の白飯をよそって戻ってくる。一応米を一升炊いたのだが、草眞だけで全部食べてしまいそうな勢いだった。
 椅子に座り、草眞は一度背もたれに背を預ける。
「確かに合成術の術式破壊特性への数少ない対抗手段じゃが……そもそも逆式を考えたのは日暈の当主じゃ。自分の手札でやられるような、ヤワな一族ではない。伊達に日本最強の退魔師一族とは名乗っておらぬ……」
 すっと好戦的な笑みを浮かべる草眞。口元から小さな犬歯が覗いていた。
 つみれ団子を食べながら、凉子がしんみりと首を動かしている。
「慎一さんは確かに強いですからねぇ」
 以前、大学の屋上で慎一と軽く戦った時のことを思い出しているのだろう。全力の攻撃をあっさり捌かれ、拳の一撃で失神させられてしまった。浩介の視点では凉子もかなり強いというのに、それを一蹴してしまう圧倒的とも言える実力。
 リリルがサラダを呑み込んでから、意地悪げに口端を上げる。
「ソーマの婆さんも何度か日暈とやりあって、負けっぱなしらしいな。この国の歴史見ても、あの一族に勝てたってヤツはそれこそ数えるほどしかいないようだし」
「天の四家……。呪われた一族よ」
 ぼそりと草眞が呟いた。決して大きくはない囁き。
 一瞬だけ、部屋から音が消える。
 だが、次の瞬間には部屋の空気は元の賑やかなものへと戻っていた。今の静寂が錯覚だったかのように。草眞も何事も無かったかのように、話を続けている。
「とはいえ、日暈は結局戦いの一族。術の組み立ても戦闘専門じゃ。戦闘以外にも手は出しておるが、それはあくまでも副業。合成術の応用で逆式合成術を使えるというのに、それを積極的に戦闘以外に使おうとせん……」
 天井の蛍光灯を見上げ、草眞はどこからか一升瓶を取り出していた。これまたいつの間に用意したのか、ガラスの中ジョッキに日本酒を注ぎ、それを一気飲みする。
「人員や予算的に厳しいのは分かるがの……」
 大きく息を吐き出した。ゆっくりと顔を上げ、茶色い瞳を浩介に向ける。
 浩介は無言のまま息を止めた。背筋を薄い寒気が走り抜ける。思わず仰け反るほどの眼力がその瞳には込められていた。
「逆式合成術をそこに埋もれさせておくのは、あまりにも惜しいのじゃ……! だから、浩介、お主には逆式合成術を扱う技術師になってもらう。加えてお主は元人間、デジタル機器やパソコン関係にも強いじゃろう。キャドとかプログラムとか」
「ええ、まぁ……」
 曖昧に頷く。
 大学では機械設計のための二次元CADやプログラムなどの基礎講義の科目もある。まだ受けてはいないが、それらは後期で受講する予定だった。
「ワシがお主に望むのはエンジニアとしての技術じゃ。戦いの場には出さぬ。元々お主に戦いは向いていないし、向いていないことを無理にやらせる気もない。戦闘術を教えているのは、その方向から慣れていくのが一番術に慣れやすいと思ったからじゃ」
 浩介は術に関しては素人といってさしつかえない。いきなり技術的なものを教えるよりも、草眞の身体が慣れている戦闘系の術から慣れていくのが無難なのかもしれない。
 草眞は自分のコップに酒を注いでから、
「これ以上難しい話はまた今度じゃな。さて、浩介、お主飲めるか? ……いや、ワシの分身だから下戸なはずがないか。とりあえず一杯飲め」
 どこからか取り出したガラスのコップに酒を注ぎ、差し出してくる。
「はい、どうも」
 浩介は差し出されたコップを受け取った。
 普通のガラスコップに注がれた透明な日本酒。酒を買った記憶はないので、これは草眞の持参品だろう。ほんのりと甘い高級そうな香りがする。
「凉子も飲むか?」
「いただきます!」
 嬉しそうに猫耳を動かしながら凉子が両手でコップを差し出す。
 草眞はその中に日本酒を注いだ。
 笑顔で一礼してから、凉子がコップをテーブルに置く。
「リリル、お主は――」
「刺激物駄目なこと知って訊いてるのか? アタシは酒は飲まないぞ」
 リリルのつっけんどんな答えに、草眞はオレンジジュースを取り出していた。その出所はもはや考えてはいけないのかもしれない。コップに黄色い液体を注いでから、腕を伸ばしてそれをリリルの前に置く。
「オレンジジュースくらいは飲めるじゃろ?」
「ああ……」
 訝しげにオレンジジュースを確認しているリリル。
「ま、多少順番は前後するが――」
 草眞はジョッキを持ち上げた。
 それに応じるように浩介と凉子もコップを持ち上げる。最期まで疑り深くコップのオレンジジュースを眺めていたリリルも、一応コップを持ち上げた。
「乾杯!」


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