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第13話 卯月遠征中だぴょん! |
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青い空。白い雲。 吹き抜ける潮風。 海面を滑るように進みながら、天龍は静かに目を閉じていた。腰に差した剣の柄に右手を起き、頭に装備された電探艤装に左手を触れさせている。大きな獣耳のような電探。電探を用いて周囲の状況を探っていた。 遠くを走る貨物船、漁船が一集団。 水平線近くを移動する、余所の基地の艦娘たち。遠征だろう。 ごく普通の海である。深海棲艦発生海域ではないので、敵影はない。 「異常無し、と」 目を開き、息をつく。電探による広範囲の探査は意外に疲れるのだ。性能控えめな基本艤装による探査ならば、なおさらである。 しかし、安全海域でも定期的に広範囲の探索は必要である。 天龍は輸送用ドラム缶の紐を握り直した。 「天龍さぁん」 声を掛けられ視線を移す。 ピンク色の髪の駆逐艦が天龍を見上げていた。小柄な身体を濃紺の制服で包み、三日月と兎の髪留めを付けている。輸送用ドラム缶のロープを艤装に結びつけていた。 「どうした、卯月?」 天龍とともに遠征に出ている睦月型四番艦、卯月である。 両手を持ち上げ、卯月が元気な声で言ってくる。 「ちょーっと訊きたいことがあるぴょん」 天龍が視線で続きを促すと、引っ張っているドラム缶を指差した。輸送用ドラム缶。見た目はただのドラム缶だが、非常に頑丈に作られている。 「このドラム缶って、中に何が入ってるのぉ? ずーっと前から気になってるぴょん。こうやってうーちゃんたちが運ぶ意味あるのかなぁ?」 「確かに……不思議だ」 卯月の言葉に続いたのは、白い髪の駆逐艦だ。卯月とよく似た濃紺色の制服で、表情が硬い睦月型三番艦、弥生。睦月同様、ドラム缶を引っ張っている。 「これくらいの大きさの荷物なら、陸路でも十分運べるし。海を使うなら普通の輸送船を使った方が効率もいい」 と、ドラム缶を見る。 沖縄の国防海軍工廠から百里浜基地まで。ドラム缶程度の荷物を運ぶのなら、陸路で十分だ。荷物が多ければ海路でもいい。主要海路の安全は完全に保証されているため、荷物を運ぶには陸路も海路も普通に使用できる。 「私たち艦娘が運ぶ必要性は薄いということか。それでも運んでいるということは何かしらの意味があるということだな」 腕組みをしながら、呟く少女。黒い制服に身を包んだ、銀髪の駆逐艦。睦月型九番艦、菊月である。重々しい口調を使う事が多い。 「一艦娘である私たちが、任務の内容をあれこれ詮索する必要はないが……言われてみれば気になるな……」 黒い制服に身を包んだ、緑色の髪の駆逐艦がドラム缶を見る。睦月型八番艦、長月。菊月と似ているが、こちらが堅苦しい言い方を好む。 天龍を旗艦とした、合計五人が今回の遠征メンバーだった。 「天龍さんなら何か知ってるはずぴょん!」 元気よく挙手しながら、卯月は赤い目を輝かせている。 ドラム缶の中身。工廠では密閉した状態で渡されるため、輸送している艦娘は中身を見ることもなく、中身を知らされることもない。基地に戻って開封する所も見ることはないので、中身が何なのか知らない者は多い。 「うーん、俺は全部知ってるけど、コレどこまで言っていいものかな? 機密情報ってわけでもないけど、そうべらべら喋るのもよくないぞ……」 首を捻りつつ、天龍は呻く。ドラム缶の中身は機密とされているわけではない。が、あまりおおっぴらにするようなものでもない。喋るべきか否か、少し考える。 潮風が頬を撫でた。山や森、建物など遮るもののない海上は、風が強い。卯月と弥生のの髪の毛が踊っている。長月や菊月の髪の毛は毛質が固いのか、あまりなびかない。 じっと見つめてくる四対の瞳。 「そうだな――」 天龍は手元に引き寄せたドラム缶をぺしぺしと叩いた。 百里浜基地にて建造されそれなりに時間が経ち、練度も経験も積んでいる四人。半分くらい話しても問題無いと、天龍は判断した。 「こいつはちょっと特殊な『資材』が入ってるんだよ。俺たち用の燃料や弾薬みたいな、燃料だけど燃料じゃない、弾薬だけど弾薬じゃない、そんな資材の一種だ」 四人の目が好奇心の輝きを帯びる。 燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト――と名前は付いているが、実際の石油や鋼鉄、弾丸ではない。艦娘という存在を動かすための、特殊な材料。ドラム缶の中身もそのような資材だった。 「で、俺たちがこうして海上輸送している理由なんだが、至って単純だ。こいつは特にナマモノで品質維持が面倒臭い」 天龍はため息ひとつ吐き出す。 卯月が首を傾げた。 「ナマモノ、ぴょん?」 「例えば、連続で十五分、海面から二メートル以上離すと『効果』が無くなる。さらに同質のもの――ようするに俺たちが半径十メートル以内に存在しないと、これまた約三十分で効果が無くなる。他にもいくつか品質維持条件がある。つまり、陸路輸送は無理、普通の貨物船でも無理」 「それは、奇っ怪な性質だな」 菊月が顎に手を当て、ドラム缶を見る。海から離れることを極端に拒むような特性。 普通の資材は陸路でも海路でも輸送できるし、実際に輸送しているが、このドラム缶の中身は艦娘でないと移動させることができない。面倒くさい性質だと思う。しかし、そういうものなのだから仕方がない。 「名前は一応言うのは止めておくわ。知りたきゃ提督に訊け。答えるかどうかは、俺は保証しないけどな。用途は、そうだな――主に特殊な装備作る時にも使われる資材だ」 天龍は腰に差した剣の柄を撫で、 「こいつの材料も今輸送してるドラム缶の中身なんだぜ」 「え?」 それは誰の呟きか。 四人は眉をひそめ、引っ張っているドラム缶を見る。好奇心の度合いが一段下がった。そんな、そこはかとなく冷めた眼差しである。 「……他にも、神通の刀もな」 天龍は付け足す。神通が持っている白樫拵えの刀。標準艤装とは別に作られたもので、侍じみた出で立ちの神通によく似合う。また、かなりの業物で切れ味も高い。 「おお……」 四人の瞳に驚きの光が灯った。 天龍はジト目で四人を見る。 「その反応はかなーり腑に落ちないのだが……。開けるなよ、くれぐれも」 「わっかりましたぁ! ぴょん!」 びしっと敬礼をする卯月。 色々はっちゃけた性格の多い艦娘たちだが、根は真面目である。開けるなと言われているものを開けることはない。それでも一応釘を刺しておく。 ふと、脳裏に弾ける何か。 「おっと。定時連絡の時間だ」 太陽の位置を見上げてから、天龍はポケットから時計を取り出した。短針は九を差している。艦娘としての特性なのか、時間はかなりはっきりと分かるものだ。 随伴艦の四人を順番に眺め、 「そういえば、通信機持ってるのは――」 「うーちゃんですぴょん!」 勢いよく挙手する卯月。遠征や出撃に必要なものは、それぞれが分担して持つことになっている。鞄などに入れることもあるが、艤装に組み込めるものは、組み込んでしまうことが多い。通信機は卯月の担当だった。 「え……っと。大丈夫か?」 頬に一筋汗を流しつつ、天龍は卯月を見る。自分の記憶が確かなら、卯月が通信機を持って定時連絡を行うのは、これが初めてだった。 他の三人も不安そうな顔で卯月を見ている。 「お任せ下さいっぴょん!」 自信満々に言い切ってから、卯月は艤装から通信機を取り出した。見た目はゴツイ電話の受話器である。ボタンを操作し、卯月は軽く咳払いをした。 それから通信機を起動させる。 「司令官。第八艦隊の卯月です。サンキュウマルマル時の定時連絡を行います」 普段とはまるで違う、固い口調で話し始める卯月。 独特の喋り方の多い艦娘だが、その気になれば普通に話すこともできる。通信などの場合は、普通に喋る事が決まりとなっている。素の口調で話されたら、何を言っているのか分からない事があるからだ。 「はい。通信係は卯月です」 卯月は提督との会話を続ける。 「現在、紀伊半島潮岬を越えました。安全海域ということもあり、深海棲艦との交戦はありません。また天候も良好であるため、特筆すべき事故も起こっていません」 「…………」 無言のままじっと卯月の様子を眺める天龍。その顔に浮かぶのは不安だった。普段は弾けた喋り方をしている卯月も、普通に喋ることができる。それは天龍も知っている。知っているが、その先の事も知っているのだ。 「はい。分かりました」 提督と話している卯月。頬に汗が滲んでいる。 「お、おい……」 「大丈夫か、卯月――?」 菊月と長月が心配そうに声を掛けている。 「はい。気をつけます」 通信機に向かい報告を続けている卯月。普段とは違う真面目な顔付きである。しかし、それだけではない。空いた左手の指がわきわきと蠢いている。ぴょこぴょこと、髪の毛が逆立つように跳ねていた。 「いえ、大丈夫です」 あくまで落ち着いた口調で会話を続けている。しかし、声と身体があっていない。額や頬に汗が滲み、視線も不規則に泳いでいた。嫌いな食べ物を無理に食べたら、このような反応をするかもしれない。卯月の頭から薄く白い湯気が立ち上っていた。 「それでは引き続き輸送任務を続けます」 無線を切り、受信を艤装にしまい込む卯月。 「………」 何も言わぬまま、天龍たちは卯月を見つめていた。 はぁぁぁ……。 と、卯月が息を吐き出す。薄い白煙の混じった吐息を。 笑っているような怒っているような奇っ怪な表情で、手足や指など身体のあちこちが不規則に蠢いている。普段とはまるで別人のようだった。ピンク色の髪は逆立つように跳ね上がり、全身から薄い白煙を立ち上らせている。 数秒して。 「ぷぅっぷくぷー!」 糸が切れたように、卯月が叫んだ。両目をきつく閉じ、思い切り声を吐き出す。 海面を思い切り蹴って、空中で一回転。見た目は少女でも、海上ならば宙返りくらいは造作もない。着水と同時に、両手を頭の上にかざした。兎の耳のように。 「ぴょんぴょんぴょぉん! うーっちゃんはぁ、うっうー、うーぴょんぴょん!」 騒ぎながら、跳ね回る卯月。 「これは、一体――何が……」 「う、卯月……大丈夫か?」 「天龍さん、司令官に連絡した方が――」 明らかに異常な様子に、弥生たちはおののいている。このような艦娘の姿は始めて目にするだろう。そう見るものではない。何か壊れてしまったと不安になるのも当然だ。 「でぇっす、でえっす! ぴょんぴょん、ぷっぷくぷっぷっぷー!」 「いや、安心しろ。卯月は大丈夫だ。でも、落ち着くまでそっとしておいてやれ……」 三人を少し離れた場所に移しながら、天龍は跳ね回る卯月を眺める。今は混乱状態だが、数分すれば元に戻るだろう。 「変わった喋り方の艦娘が普通に喋るのって、凄く疲れるらしいんだ。俺たちが思ってる以上にな。球磨も多摩も愚痴ってたし」 「…………」 説明する天龍に、弥生たちが何とも言えない眼差しを向けてきた。 艦娘の癖のある喋り方は、根本的な気質である。変わっていても本人はその喋り方が一番落ち着くのだ。無理に普通に喋るのは、大きな負担となる。比較的普通の喋り方をする天龍などは負担が少ない。逆に、元々かなり弾けた卯月は、人一倍負担が大きい。 結果が、この大騒ぎである。 「金剛は――」 顎に手を添え、天龍が続ける。独り言のように。 「デースデース鳴きながら、ブリッジしてかさかさ虫みたいに動き回ってたし。正直あれは怖かったぞ。比叡のやつ、ちょっと泣いてたし」 その呟きに答える者はいなかった。 |
卯月 睦月型 4番艦 駆逐艦 レベルは20くらい。はっちゃけた性格と喋り方の元気な少女。普通の喋り方をすることもできるが、かなりの負担になる様子。 弥生 睦月型 3番艦 駆逐艦 レベルは20くらい。表情と口調が固い。 菊月改 睦月型 9番艦 駆逐艦 レベルは25くらい。重々しい口調で話すことが多い。 長月改 睦月型 10番艦 駆逐艦 レベルは25くらい。堅苦しい口調で話すことが多い。 ドラム缶 資源輸送用のドラム缶。高品質の鋼鉄を使ったり、二重構造になっていたりと、強度を優先して作られている。中身は基本四種の資源とは別の特殊な資材らしい。天龍の剣や神通の刀は、この資材で作られている。詳細は提督に訊くように。 |
14/10/2 |