Index Top 艦隊これくしょんSS 進め、百里浜艦娘艦隊

第12話 ヤセンカッコ――


 あーあ、どうしようこれ?
 東側の壁が半分無くなっちゃった。修理代いくらになるんだろう。でも一応、壁を壊したのは寮長と提督なのであたしは一切悪くありません。
 あたしはもぞもぞと起き上がり、壊れた壁の外を見る。
 艦娘寮横の第三広場で繰り広げられる決闘。
 バババッ!
 ドッ、ゴォーン!
 巨大な十字架を構え、提督めがけて重機関砲を乱射している寮長。一発でコンクリートの壁を貫き、並の防御物すら無視し、人間を文字取り粉砕する大口径銃弾。
 しかし、提督は飛来する弾丸を見切り、避け、手で弾いている。
 うーん、こんなの絶対におかしいよね。おかしいよね! おかしいよねェ!
 足音もなく。
 提督が一気に間合いを詰める。
 ガァンッ!
 小細工なしの正拳突きを、寮長は引き戻した十字架で受け止めた。それでも威力を殺しきれず、寮長の足がアスファルトを一メートル近く削っている。
 やっぱり、この人たちそこらの艦娘より強いわ!
 ガッガッ、ガァン!
 続けて放たれる拳打を十字架で受け止め、
「こん、クソ司令官ンッ! 人間辞めるのも大概にしろやァァァッ!」
 ドゥ!
 寮長の蹴りが、提督を吹っ飛ばした。つま先がみぞおちに突き刺さり、そのまま大人一人を空中へと蹴り上げる。提督ほどじゃないけど、こっちも非常識な馬鹿力!
 宙を舞う提督に、寮長は十字架を担ぎ。
 ゴッ、ガァンッ!
 榴弾が爆裂する。赤い炎が燃え上がり、熱風が吹き抜ける。
 騒ぎを聞きつけた人が、遠巻きに寮長と提督の私闘を眺めていた。
「いいなぁ、夜戦……」
 ため息とともに、あたしは呟く。
 夜戦いいよねぇ。夜戦。夜の闇に紛れて、大火力で殴り合い。砲撃力の弱い駆逐艦や軽巡でも、戦艦や空母を一撃で沈める、あたしたち軽巡の最大の見せ場! あー、重巡の方が夜戦強くない? とか言っちゃダメだよ。
 あたし、現実逃避中。
 ん?
 そういえば、あたしたちを止めるって言ってた寮長は今、外で提督とケンカ中。
「これは、チャンスかも!」
 寮長は提督に全意識を向けている。今なら、好きなだけ夜戦タイムを満喫できるよね! 生真面目な神通はいないし、寮長もあたしたちを完全に忘れ去ってるし。この機を逃しちゃ川内の名が廃る!
「那珂、一緒に夜戦行こう!」
 部屋の隅で丸くなってる那珂に声を掛ける。
 しかし、那珂は白旗マイクスタンドを持ったまま、気の抜けた笑みを浮かべた。
「那珂ちゃんはとーっても嫌な予感がするので、このままお休みします」
「ま、ムリには誘わないけどね」
 12.7mm弾で撃たれかけたり、目の前で寮長が十字架振り回して暴れたり、壁ぶち抜いたり、提督と寮長が決闘始めたりしちゃ、夜戦する気力も無くなるかもね。
 しかーし、あたしは川内。川内と書いてヤセンと読むくらいに夜戦大好きです。
「というわけで、レッツ夜――」
 ばたん。
 入り口のドアが開く。
「ッ!」
 あたしは慌てて後ろに飛び退いた。
 コレハ、ヤバイカモ。
「て、提督……」
 提督が入り口に立っている。きれいな白い制服は見る影もなく破れ、焦げ、まさに大破状態。帽子も半分焼け切れている。むき出しの皮膚からはあちこち出血してるみたいだけど、本人は気にしていないみたい。右肩には気絶した寮長を担ぎ、どこからか持ってきたロープで寮長の十字架を背中に縛り付けている。
 提督が勝ったみたい。
 あれ……?
 もしかして――
 寮長に足止め食らった時より状況悪化してない、コレ!?
 落ち着いた提督の瞳が、あたしに向けられる。
「ちょうど人手が足りなかったところだ。これから朝まで夜戦をするから、川内も私と一緒に来てくれないか? 元気が有り余っているなら丁度いい」
「え、えと……その夜戦って――」
 夜戦という響きは魅力的だけど、それ絶対あたしの好きな夜戦じゃないよね!
「ヤセンカッコショルイ」
 無情に提督が告げてくる。
 つまり、現在執務室で修羅場しているみんなのお手伝いデスカ……。
 コレハ、ニゲナイト――
「って!」
 逃げようとした時は既に手遅れだった。あたしの身体は、提督の左脇に抱え上げられている。さながらバックか何かの荷物のように。身体に腕を回してるだけだっていうのに、まるで鋼鉄製の高速具をはめ込まれたみたい。提督の腕を引っ張っても身体を叩いてもびくともしない。
「いやああああ! カッコショルイはイヤああああ! 那珂、助けてええ!」
 あたしの助けを求める悲鳴に。
 しかし。
 那珂の姿は無くなっていた、
 寝室のドアに『那珂ちゃんお休みCHU』と書かれた札が掛けられている。下手に起きてると巻き込まれると思って、さっさと寝ちゃったみたいだ。さすが、回避には自信のある那珂ちゃん。我が妹ながら、できる!
 提督が歩き出す。
「この裏切り者おおおおぉ……」
 あたしは泣きながら寝室のドアを見つめていた。


「朝……か……」
 時計を見ると午前六時。
 提督執務室では、提督に吹雪、球磨に筑摩さん、霧島さんが書類相手に修羅場してた。逃げることもできず、あたしはその一員に加わった。というよりも強制参加です。
 艦娘が作れる書類はあらかた作り終わり、今はみんな片付けをしている。
「もう限界、クマ……」
「ふぁ、眠いです……」
 眠そうにしている吹雪や球磨。意識は半分夢の世界に行っちゃってるみたい。
 一方、筑摩さんや霧島さんは、まだ目に意識と気合いの光を灯している。うーん、大型艦は強いねぇ。でも、一番最初参加していた金剛さんは、途中で思いっ切り居眠りして、またどこかに吊されているらしい。
 さすが、百里浜基地の面白い担当……。
 寮長はアタシの隣ですんすんと泣きながら始末書を書いていた。始末書に加えて大量の修理養成書類……。ご愁傷様です。
 ふと――
 提督を見る。
 予備の制服に着替え、執務机に向かい、書類にペンを走らせ、パソコンのキーボードに指を走らせている。あたしが見る限り、六時間以上ぶっ続けて事務処理をしているというのに、全く勢いは衰えていない。こういう所は素直に感心できるよね。
「ふぁ……」
 眠い。凄く眠い。ヤセンカッコショルイは予想以上の強敵だったわ、うん。もう二度とやりたくないね。普通の夜戦なら大歓迎なんだけど。
 あたしは目を擦り、書類の一枚を眺める。
『百里浜基地、戦艦武蔵建造指令書』
 どうやら、近々うちで武蔵建造するみたいだね。

Back Top Next

14/10/2