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第14話 深海棲艦を討伐せよ! |
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深海棲艦はどれくらい強いか? 単純な火力だけを言うなら、大口径銃を持った人間くらいかしら。実はそれほど強くはない。いや、十分に強いけど、実物の艦ほどの攻撃力はない。ただ、無茶苦茶固い。幽霊みたいなものだから、物理攻撃がまともに通じないし、レーダーにもほとんど映らない。 護衛艦あちこち走らせて、目視で深海棲艦探して、対艦ミサイル撃ち込む――というのはあまりにも効率が悪いので、私たち艦娘が深海棲艦と戦っているのよね。そもそも私たちも、私たちの装備も、深海棲艦を止めるために存在しているようなものだし。 大きな時代の変化の後に現れる怨念の具現と、それを止めるために現れる意志の具現。この国でも、余所の国でも、過去何度も繰り返されたこと。ここまで大規模なのは初めてみたいだけどね。 犬吠埼から東に八十海里。 深海棲艦出没海域として進入禁止海域として指定されている場所である。その海域に出る深海棲艦を撃沈し、海域を安全化させるのが、艦娘の仕事だ。 瑞鶴旗艦の百里浜基地第一艦隊は、海域鎮圧に向かっていた。 「海域危険度4……ね」 私は周囲を眺めながら、海域を進む。危険海域として指定されているので、他の船の影もない。静かな海ね。天気は晴れ。雲は多いけど、雨が降るという予報はない。雨が降ると艦載機飛ばしにくくなるから、晴天はありがたいわ。 それはともかく――。 「って割には、静かよね? いつもなら深海棲艦の一隊くらいは出会ってるはずなのに。羅針盤の調子が悪いのかしら?」 ポケットから取り出した羅針盤を見る。 ふっと空中から現れた魔法使いっぽい妖精さんが、びしっと前方を指差した。 こっちに進めって事ね。 深海棲艦の出現する海域は決まっている。深海棲艦は地縛霊みたいなものだから、海域から動くことが出来ないみたい。そして、出現海域は防衛省の特殊なレーダーか探知機か何かで、かなり正確に把握されてる。そこの仕組みはよく分からないんだけど。 さらに正確な深海棲艦探知機がこの羅針盤。有効範囲はそんなに広くないんだけど。海域内で深海棲艦の艦隊を探すには、この羅針盤と妖精の力が必要になる。……回すのは使い方としておかしいと思うけど。 「そういう事もありマース」 インチキ外国人みたいな声。 かき消えるように、羅針盤の妖精が消えた。 羅針盤をしまい、眼を移した先にいたのは、白衣に黒いスカートの戦艦金剛だった。百里浜基地の面白い担当とか言われてたりする。余所の金剛よりも少し背が低くて、アホ毛が二本あるのが特徴。艦娘の個体差ってものね。 「もしかしたら海域が変化してしまったのかもしれないネー。そういう事は時々あるようデース。危険海域の再調査と情報の書き換えが必要になるので、帰ったら提督に報告しておく必要がありマス」 人差し指を動かし片目を瞑る。 人差し指に嵌められた銀色の指輪が、薄く光った。飾り気のない銀色の輪。昔提督に貰ったものみたい。何か特殊な指輪みたいだけど、何の指輪かは聞いたことがない。ケッコンの契約指輪じゃないみたいだけど。 かなり長く百里浜基地にいるから、この人も色々秘密や謎が多いのよね……。 「何もないのに越したことはないねぇ。さって、帰ったら何飲もうかな?」 大きな巻物を指の上で回しながら、隼鷹がにやけている。少年漫画みたいな紫色のツンツンヘアーと、洋服と巫女服を混ぜたような白赤緑の服装。隼鷹改二。 ノリは軽いけど、軽空母で一番の実力者と言われているわ。焼き鳥空母の突貫鍛錬で強くなった私とは対照的に、地道な実戦で練度を上げていったタイプね。 「何は無くとも、紅茶は大事ネー!」 ばっと右腕を上げ、金剛が騒ぐ。 金剛は紅茶好きって言うけど、紅茶中毒って言わないかしら……? 「任務中に帰った後の食事の話をするな。気を引き締めろ」 「そうよ。何も無い場所から潜水艦でドーン!なんてこともあるからね。今のところそういう気配は無いけど、油断は禁物よ」 二人に声を掛けたのは、長門と五十鈴だった。 SF風な露出多めの白い上着とスカート。大型の砲を装備した戦艦ね。正攻法な戦い方では百里浜基地で最強の戦闘力を誇る実力者。 そして大きなツインテールに白い上着と赤いスカートの五十鈴改二。三式ソナー二機に三式爆雷という完全対潜装備で固めている。私たち空母、戦艦は潜水艦苦手だしね。対潜要員は大事よ。 「我が輩の索敵機が、何か発見したぞ!」 大きな声が上がった。 少し離れた所に立っている、深緑色のワンピースを纏った小柄な重巡。利根だった。さっきから水上機を飛ばして周囲を偵察していたようだけど、何か見つけたみたい。 「木製コンテナかしら?」 利根が見つけたモノを見上げ、私は首を傾げる。 ゆらゆらと海面を流れる大きな箱だった。かなり古ぼけた木箱で、あちこち欠けたり変色したりしている。元々何に使われていたのかは分からないし、興味も無い。 「こういうの不法投棄する人いるのよね……。まったく迷惑な話よね」 腰に手を当て、私は愚痴った。 海を移動しているとこういう投棄物を見かけることがある。捨てられたものか落ちたものかは知らないけど、迷惑な話よね。私は体験したことないけど……水死体見かける事もあるみたい。 どうしようかしら? このゴミ。持って帰るわけにもいかないし、ここで解体するわけにもいかないし、放置なんだろうけど。まったく―― パンパン。 と手で叩いてみる。 木箱は少し揺れて。 バシャン。 と何かが水面に落ちる音がした。木箱の向こう側。 「ん?」 多分、木箱の上に乗ってたものか、横に引っかかってたものか。何かが落っこちたんだと思うけど、一応確認しておかないとね。 そう考えて木箱の横に回り込んで。 「………!」 私は動きを止めた。 これは……! すっと背筋が冷える。 そこにあったのは小柄な少女――のようなモノ。 灰色の肌と黒いフード付きコート、首には縞模様のストールを巻いている。コートは前を開いて、控えめな胸とビキニトップが露わになっていた。背中から伸びた尻尾には、装甲で覆われた獣のような頭がついている。 「――?」 それは目を開け、私を見た。眠そうな青い瞳。 「戦艦レ級……!」 その名を鋭く囁き、私は後ろに跳び退る。 艤装内で妖精たちに戦闘準備を命じながら、私はレ級から距離を取った。 さすがにこの距離は戦闘するには近すぎるわ。航空戦にも砲雷撃戦にも適切な間合いというものがある。最低でも数十メートルの距離は欲しいところ。 他のみんなも気付いたようで、距離を取りつつ陣形を組み直す。 「ビンゴ! オオモノが来ましたネェ!」 「こんなバケモノが。何故この海域に……?」 私と一緒に距離を取りながら、金剛と長門が緊張した言葉を口にしている。 危険度5の海域深部で本当に稀に見かける、規格外の深海棲艦。危険度4のこの場所で見かけるのはおかしいけど、いるんだから仕方ない! 「我が輩の索敵機も、えらいものを見つけてしまったの! これは帰ったら筑摩に自慢してやらねばいかんな!」 連装砲を構えながら、微かに震えた声で利根が叫ぶ。 利根が見つけたのは木箱だけみたいだけど、レ級が一緒に出てきたのは予想外ね。 「どうすんだい? 瑞鶴。逃げる? 戦う? 相手は一匹、こっちは無傷で六人。燃料も弾も十分。相手がレ級でも、さすがに負けるとは思わないけどね――」 飛行甲板の巻物を広げながら、隼鷹が訊いてくる。深海棲艦は大抵隊を組んでるけど、このレ級は一人みたい。六対一。普通に考えれば、私たちが圧倒的に有利…… 「眼が青くなければ……ね? あれ、フラグシップ改よ……おそらく」 五十鈴が指差すレ級の目。 もぞもぞと寝ぼけたように身体を起こしているレ級。私たちに向けられた瞳は鮮やかな青色。あれはフラグシップ改の特徴ね。現在レ級はエリートまでしか確認されていないけど、それ以上がいたって何もおかしくはないわ。 グガァァァァ! 私たちに向かって威嚇するように吼える尻尾。 「――。―――? ――?」 一方身体の方は眠そうに目を擦りながら、何かを呟いている。 何を言っているかは分からない。深海棲艦は思考も言葉もあるけど、私たちとはかなり違う構造をしている。意味を聞き取るのは無理だし、翻訳も極めて困難。 こいつ寝ぼけてる? というか、そこの木箱の影で寝てた? 深海棲艦が海上で昼寝なんて聞いたことないけど、現実は目の前にある! 私たちに牙を剥いていた尻尾が、おもむろに頭に向き直り。 がぶっ! あ。噛まれた。 「――、――! ……?」 いきなり頭を噛まれ、レ級が尻尾に文句を言っている。頭と尻尾で別々の意識があるみたいね。ひとつの身体に複数の意識を持つ深海棲艦はいるみたい。 「――――!」 「……。―――!」 二言、三言言い合ってから、レ級はその場に跳ね起き私たちに向き直った。にまりと壊れたような笑みを浮かべながら、身構える。 ただ、すぐには攻撃してこない。艦娘であれ深海棲艦であれ、戦闘準備には若干の時間がかかるもの。普通は戦闘態勢を整えながら双方接触なんだけど、今回は急過ぎた。 矢立から屋を抜き、私は弓につがえる。威嚇の意味を込めて。まだ艤装の妖精たちの準備は終わっていないけどね。無理矢理艦載機飛ばすことは、可能だけどしたくはない。 「ここで沈めるわよ。あいつは危険な気配がするわ」 「了解……」 静かに答える長門。 レ級はにやりと笑い、私たちを順番に眺めてから―― 「――?」 不意に笑みを消した。 横の空に目を向けたまま、ぴたりと動きを止めてしまっている。ぱちぱちと瞬きをしながら、惚けたような表情を見せていた。何、これ? 「うん?」 一瞬、意識を逸らす振りをするフェイクかとも思ったけど、多分違う。レ級は本気でそっちに意識を向けていた。攻撃するべきか否か? 私は長門にハンドサインを出して、レ級の視線を追った。 「何?」 思わず声が漏れる。 遙か空の向こうから、何かが飛んでくる。レ級が見ていたものもこれだ。 重力に引かれて落ちてくる何か。最初は白い点だったその物体も、こちらに落ちてくるに従い、はっきりと見えるようになっていた。 「どうした、瑞鶴?」 困惑した長門の声に、私は正直に答えた。多分レ級と同じような顔をしたまま、 「人が……飛んでくる……」 「はい?」 気の抜けた長門の声。 だって事実だもん! しょうがないじゃない! その姿はもうはっきりと見えていた。白い詰め襟と白いズボン。いわゆる提督の制服を纏った男が一人。くるくると周りながら落ちてくる。ただし、その提督の頭はTだった。首に黄色いTの字が刺さったような頭―― ドッバアァンッ! 「―――!」 爆音を立て、提督が海面に激突する。 ちょうどレ級が立っていた場所だが、レ級は素早く横に飛んで避けていた。 「いやいやいや……」 私は冷や汗を流しながら、否定の言葉を口にする。 周囲に雨のように降り注ぐ、無数の水しぶき。 いや、どうしろってよ、これ……! 落下の衝撃で、提督は再び空中に舞い上がっていた。高速で移動する物体に対し、水面はコンクリートの堅さを発揮する。跳ね返るのは当然だ。両手両足を明後日の方向に投げ出した、壊れた人形のような体勢で飛んでいく。 バッ、バシャッ! 何度か海面を跳ねてから、 ばしゃん。 止まった。 「あれって……」 私はおずおずと左手を上げる。突然すぎて色々と意味不明だけど、分かる部分から解決していかないといけないわね。 人差し指を向けた前、五百メートルほど前にうつぶせに浮かんでいるT頭の提督。 「目立基地のTノ字提督――よね?」 「あんな不思議な頭は、そうそういるものではないぞ」 長門が、頷きながら、視線を動かす。 「―――……」 私たちと同じように呆然と、Tノ字提督を見つめているレ級。 百里浜基地の北隣にある目立基地。そこの提督さんね。Tノ字提督と呼ばれているけど、本名かどうかは不明。昔はアイドルのプロデュースをやってたみたい。そのプロデューサーが何で国防海軍で提督を務めているのかは知らないけど、人生紆余曲折というし。 あと、変態大人。スケベ大魔王、歩くセクハラ野郎、憲兵隊ブラックリスト最筆頭、少年誌のエロ漫画の主人公、などなど。悪い噂が絶えない人でもあったり……。平たく言ってしまえばただのスケベ野郎なんだけど。 金剛がアホ毛を指で弄りながら、浮かんでいるTノ字提督を眺めている。ジト目で。 「そもそもお隣の提督が、どうしてこんな所に降ってくるんデスカ? ファフロツキーズの一種、ってわけじゃないよネェ? まぁ、提督は空を飛ぶものだけどサー」 蛙や魚が降る怪雨現象。提督が振るのも、怪雨に含まれるのかしら? でも提督は空を飛ぶものって認識はどうなのよ? うちの鈴木一郎提督も、時々空飛んでるけどね。主に爆発に巻き込まれて。 ばしゃっ。 「あ。起きた」 五十鈴が声を上げる。 うつぶせの体勢から、Tノ字提督が上半身を持ち上げた。目も鼻も口も無いけど、この人どういう構造してるのかしら? 仮面じゃないわよね。 ゆっくりと周囲に視線を動かし。 「!」 びくっ。 レ級の肩が跳ねた。 目があったみたい……。 そして、Tノ字提督が動いた。 バンッ! 爆裂するような音を立て、海面を叩き空中へと飛び上がる。身体を丸めて空中で一回転してから、両足を海面につき――そのまま間髪容れず海面を走り始めた。両手両足を凄まじい勢いで動かし、レ級めがけて海面を突き進む。 「ふおおおおおおおお! レ級ちゃん、お腹ぺろぺろさせろおおおお!」 欲望駄々漏れの台詞を叫びながら。 うわぁ、キモい……。 |
瑞鶴改 レベル95くらい。 深海棲艦討伐部隊旗艦 装備 烈風/紫電改二/彗星一二甲/流星改 金剛改 レベル80くらい。 装備 41cm連装砲/試製36.6cm三連装砲/水上観測機/三式弾 提督に貰った銀色の指輪を右手人差し指に付けている。その指輪がどのようなものなのかは不明。百里浜基地にかなり昔からいるから謎が多いとは瑞鶴の弁。 隼鷹改二 飛鷹型 2番艦 軽空母 レベルは85くらい。 酒好きでノリも軽いが、堅実な仕事をすることに定評がある。軽空母一番の実力者。無茶苦茶な訓練で鍛えた瑞鶴とは対照的に、地道な実戦と鍛錬で鍛えたタイプ。結構古参。 装備 烈風/紫電改二/彗星一二甲/彩雲 利根改 利根型 1番艦 重巡洋艦 百里浜基地では中堅。レベルは60くらいで、妹の筑摩よりいくらか練度が高い。索敵と得意としており、よく索敵機を飛ばしている。 装備 20.3cm連装砲/20.3cm連装砲/水上偵察機/水上観測機 長門改 長門型 1番艦 戦艦 レベルは90くらい。 正攻法では百里浜基地で最強と言われる戦艦。性格は真面目。砲撃の威力、精度ともに非常に高い。危険度の高い海域の調査や深海棲艦討伐によく駆り出される。 装備 46cm三連装砲/試製41cm三連装砲/水上観測機/91式徹甲弾 五十鈴改二 長良型 2番艦 軽巡洋艦 レベルは55くらい。百里浜基地の対潜番長。百里浜基地の対潜番長。潜水艦が出そうな場所には、対潜装備を持って随伴することが多い。やや皮肉屋。 装備 三式水中探信儀/三式水中探信儀/三式爆雷投射機 戦艦レ級 縦横無尽に多数の大火力攻撃をばらまく、規格外深海棲艦。本来なら危険度5の海域の深部にしか現れない。 大きな木箱の影で寝ていたらしく、偶然瑞鶴たちと接触し戦闘に入る。瞳は鮮やかな青であり、確認されていないフラグシップ改ではないかと瑞鶴は予想している。 身体と尻尾は個別の人格を持っている。尻尾の方がしっかり者らしい。 Tノ字提督 百里浜基地の北にある目立基地の提督。頭が黄色いTの字になっている。原理や構造は不明。難しく考えてはいけない。以前はアイドルのプロデューサーをやっていたが、色々あって現在は国防海軍の提督を務めている。 変態だのセクハラ野郎だの、かなり酷い噂が立っている。なお、大体事実。瑞鶴曰くただのスケベ野郎。 |
14/10/2 |