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第11話 流れ弾は突然に |
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時は少しさかのぼる。 本部棟二階の東にある提督執務室。 落ち着いた雰囲気の大きな部屋だ。窓からは、夜の海が見える。執務机に着き、黙々と書類を書き込んでいる鈴木提督。時折顔を上げ、傍らのキーボードを叩いていた。机の上には大量の書類とファイルが山のようにそびえている。 「司令官、終わりました」 吹雪は声を上げ、提督の前に移動した。白いセーラー服と紺色のスカートという普通の中学生のような少女。吹雪型一番艦吹雪。艤装は付けていないが、ベルトを付けた12.7cm連装砲を肩から提げている。 「ご苦労」 提督は顔を上げ、吹雪の差し出した書類を受け取った。 紙をめくり、書かれている内容を大雑把に確認してから、判子を押す。 それから、机に積んであった書類の一束を吹雪に差し出した。 「次はこれを頼む」 「分かりました」 ため息は呑み込み、吹雪は書類を受け取る。 普段は提督と秘書艦一人から三人が仕事をしているのだが、今日は普段の二倍の艦娘が集まっていた。執務室に置いてある机に加え、組み立て式の簡易机を置き、さながら締め切り間際の漫画家のような修羅場が繰り広げられていた。 「こんな時こそ天龍の出番クマ……。何やってるクマ、事務処理の帝王……」 「天龍さんなら、一昨日から沖縄まで遠征に行っています。帰ってくるのは、明日のお昼過ぎの予定ですね。援軍は見込めません」 泣きそうな顔で書類にペンを走らせている大きなアホ毛の軽巡。隣では深緑の制服を着た長い黒髪の重巡がパソコンのキーボードに指を走らせていた。 軽巡球磨と、重巡利根。このような事務仕事になると呼ばれる二人だ。 (天龍さんがいれば助かるんですけど――) 二人と同じ感想を心中で呟く。 困った時の天龍――事務仕事だけでなく、料理洗濯裁縫、機械の故障から兵站の管理、人生相談、その他諸々。何かしら困った時は、天龍に助けを求めればとりあえず何とかしてもらえる。百里浜基地の天龍はそんな万能薬だった。現在は遠征中だが。 「吹雪」 声を掛けられ、いったん立ち止まる。 「何でしょう、霧島さん」 背の高い女性。黒髪に眼鏡と、巫女服のような白衣と黒いスカート。金剛四番艦、霧島だった。他の艦娘同様、修羅場の時は引っ張り出される一人である。 流れるように書類にデータを書き込みながら、視線で提督の机を示す。 「提督、ちゃんといるかしら? また行方不明になったりしてない?」 「大丈夫です」 頷いて、吹雪は提督を見た。 さきほどと変わらぬ姿で、机に向かっている。いつもと変わらぬ真面目に仕事をする姿だった。何も変わったところはない。今のところは。 「君たちは人を何だと思っているんだ。行方不明って……」 顔を上げ、提督がぼやく。 吹雪はジト目で提督を見つめた。 「いえ、本当の事を言っているまでです。仕事片付けていたはずなのに気がつくと気配もなく居なくなってたり、姿を探したらやはり気配もなく戻ってたり。そういうのは非情に心臓に悪いです。せめてドア開ける音くらい立てて下さい」 百里浜基地の提督は、割とよく消える。執務室で仕事をしていたはずなのに、脈絡も無く、前触れも無く、気配もなく、いなくなる。しばらくするとまた唐突に元の場所に戻っているのだ。別に仕掛けなどはない。ただ普通に資料を探しに行っていたり、単純にトイレに行っていたり、そんな理由である。 しかし、足音も立てずに歩いたり、無音でドアを開けたりする癖があるため、居なくなる時も戻る時もまともに認識できないのだ。 誰が言ったか、提督の不在証明〈パーフェクトプラン〉! 一度目を閉じてから、提督が反論してくる。 「一応声は掛けているはずなの――」 ガァン! 突如、爆音が轟いた。 鉄鋼を巨大なハンマーで殴りつけたような、轟音。 「!」 吹雪は息を止める。あまりの事に何が起こったのか、すぐには理解できなかった。 しかし、思考とは別に身体は速やかに動いている。腰に下げていた連装砲を構え、安全装置を外した。周囲を見る。北側の壁に大きな穴が空き、壁やガラスの破片が部屋に散乱していた。何かが北西側から飛び込んできたようだ。 球磨も筑摩も厳しい顔を見せている。 壁の穴から「何か」の機動を予想し、そちらに視線を移す。提督の席。 「司令官――?」 椅子に座っていたはずの提督がいない。 視線を移すと、穴が空いた壁と反対側の壁にめりこんでいた。制服の右半分が吹き込んで、壁にいくつもの亀裂が走っている。壁を貫通してものが直撃したのだろう。 「敵襲ですか……。誰かは知りませんけど、いい度胸ですねぇ」 静かに囁き、霧島がどこからとなく巨大なリボルバーを取り出している。室内では大型の艤装を使えないため、通常の武器を持っているらしい。 「いや、違うようだ……」 霧島の言葉を否定しつつ、むくりと提督が起き上がる。 身体に張り付いた木の破片や埃を手で払いながら、立ち上がる。その動きに淀みや遅滞はない。まるでちょっと転んだだけとでもいうような気楽さだった。 「司令官、大丈夫――です、か?」 何かが飛んできた穴へと警戒は解かぬまま、吹雪は提督に声をかける。壁を貫通して飛んできたものが直撃したのだ。正体がなんであれ、生身の人間がそんなものを食らってら無事であるはずがない。 提督は破けた制服を眺め、ため息をつく。 「あまり大丈夫ではないな。一週間前に新調した制服が破れてしまった……。直すにしろ新しく買うにしろ、痛い出費だ。この辺りは経費で落ちないからな」 「いえ、そちらではなくて――」 脱力しそうになりつつも、気合いで緊張を維持しつつ、吹雪は提督を観察する。服は破けているものの、身体にケガらしいケガはない。 普段から鍛えているおかげで頑丈――というのは提督の弁であるが。 「相変わらず頑丈ってレベルじゃねークマ……」 あきれ顔で提督を眺め、球磨がぼやいている。 提督が右手を持ち上げた。手を開く。 潰れた弾丸が手の平に乗っていた。拳銃などに使われる小さなものではない。長さのあるライフル弾である。しかもかなり大口径の。 「.50口径弾だ。この辺りでこの弾を使う輩は、寮長しかないない。で、そこの壁を貫通して私に命中したということは、撃ったのは――巡洋艦寮二階東の角部屋。つまり川内姉妹の部屋だ」 と、壁に空いた穴を見る。 「あらあら……」 口元を押さえ、筑摩が冷や汗を流している。 吹雪は無言で連装砲を下ろした。何が起こったのかは大体分かった。寮長が川内姉妹の部屋でパニッシャーくんを発砲し、流れ弾が提督を直撃したようである。 「三十分で戻る。片付け頼む」 言うなり、提督は壁に空いた穴から外へと飛び出した。 あたしはその場にへたりこんだまま、提督を見上げていた。 白旗を持ったまま、那珂も呆然と提督を見つめている。 いきなり現れた提督。あたしめがけて振り下ろされた十字架を受け止めた。内部の重火器と外装、合わせて数百キロはある十字架を、無造作に素手で掴んでいる。 常日頃から鍛えてるって言ってたけど、こうして見ると凄いね、うちの提督……。 「どういうつもりだ。提督ゥ?」 凶暴な笑みを見せつつ、寮長が提督を睨み付けている。でも、頬には薄く冷や汗が浮かんでいた。さすがの寮長でも提督と対峙するのは分が悪いみたい。 提督が十字架を横に払いのける。 「重要な仕事を片付けていたら、流れ弾が飛んできて私に直撃した。何があったかは大体想像が付くが――ここで実弾をぶっ放すのはさすがに感心できないな。始末書はきっちり出して貰うから、一緒に来なさい。今すぐに」 淡泊な眼差しで寮長に最後通牒を突きつけた。 「うぅ」 顔を引きつらせて、寮長が一歩後退る。 アレだね。一番最初に那珂めがけてぶっ放したアレ。壁貫通した後のことは気にしてなかったけど、よりによって提督に直撃していたみたい。ま、どこかの人間なり艦娘なりに当たるよりは、提督で良かったと思うよ。あたしは。あの人凄く頑丈だから、12.7mm弾くらいじゃびくともしないしね。 ……提督って人間かな? かなり本気で人間じゃないと思うんだけど。 「しゃあねぇ」 寮長は十字架を下ろし、左手でがしがしと頭を掻いた。 ドゥ。 提督の腹に、十字架が押しつけられた。 え? 唐突な行動に、あたしは瞬きをする。寮長が口にした台詞、そして居合いよろしく下ろしていた十字架を提督に突きつけたという現実。それらが導くのは―― 「35mmパイルバンカー!」 ドゴォゥ! 躊躇無く攻撃仕掛けたッ! 爆音と爆炎が部屋を埋め、提督の姿がかき消える。壁の砕ける破壊音。一瞬だけ見た光景を信じるなら、十字架の脚の先端から撃ち出された白い杭が、提督に突き刺さり、そのまま外へと吹き飛ばした。壊れかけた壁をさらに破壊して。 十字架の先端下側には、丸い穴が空いている。そこが射出口らしい。こういう武器も仕込んであるんだ……。あたしも初めて知ったわ。 「せっかくだ! ここでくたばれええええええっ!」 うわっ、もの凄く嬉しそうに叫んでるよ! この人! 前へと突き出していた十字架を、寮著は引き戻しざまに振り上げた。縦に一回転させてから、肩に担ぐ。ロケットランチャーのように。銃握を操作すると、頭部分の外装が上下に分かれ、40mmの砲口が現れた。全ては流れるように速やかに行われる。 「40mmグレネェェド!」 引き金を引くと同時、爆音とともに撃ち出される榴弾。十字架の頭部分は、榴弾砲をかなりコンパクトに収めているみたい。こういう兵器って誰が作ってるんだろう? あたし気になります。……工廠のエロ博士かな? あたしがちょっぴり現実逃避している間に。 榴弾は空を裂いて突き進み、空中を舞う提督を直撃する。 ゴガァァン! 轟音とともに赤い炎の花が咲いた。月明かりとライトが照らす基地が、爆炎に赤く照らされる。昼間のように明るく染まる第三広場。もう無茶苦茶――。 赤い炎を巻かれて地面に落ちていく人影。 寮長は肩に構えていた十字架を下ろした、前後を入れ替え、銃握を掴む。 ガシャリ。 十字架の脚の外装が上下に開き、重機関砲が姿を現した。弾数は知らないが、コンクリートの壁くらいならたやすく貫く12.7mm弾である。 見ると、地面に降り立つ白い人影。提督。静かに寮長を見上げている。あれだけ食らって普通に着地する余裕あるみたい。 「まぁ、死なねぇわなぁ? これくらいじゃあ」 壊れた壁の縁に脚をかけ、寮長は銃口を提督に向けた。吹き抜ける風に、濃い灰色の髪の毛が跳ねる。猛獣のような凶暴な笑みを口元に貼り付け、声なき哄笑を上げながら。火の付いてない葉巻が揺れている。 明らかに殺意全開だよね……。 そして、迷わず引き金を引く。 ドガガガガゴゴゴゴゴゴ! 爆裂音とともに、大量の銃弾が撃ち出される。提督めがけて。 提督に降り注ぐ大量の重機関砲弾。着弾したコンクリートの地面が砕け、土煙が巻き上がり、弾ける衝撃派に空気が渦を巻く。身体全体を叩く爆音。薬莢が床にこぼれる。 生身の人間がこんな攻撃食らったら、挽肉どころか肉片すらのこらない。 「いやー、これはやり過ぎってレベルじゃないですよ」 床に伏せ、近くに落ちていたクッションで頭を守りながら、あたしは寮長を見上げる。絶対に殺す気で攻撃を仕掛けている寮長。普通に考えれば、銃刀法違反に殺人罪、器物破損にその他諸々で逮捕だよね。 でもねぇ、あたしもそれなりに長くここにいるから分かっちゃうんだよねぇ。 うちの提督はこれくらいで死ぬような常識人じゃないって。 「全然足りないねェ!」 高々と言い切り、寮長は半壊した壁から外へと身を躍らせていた。 |
登場人物 吹雪改 吹雪型 1番艦 駆逐艦 かなり前から百里浜基地にいる駆逐艦。レベルは50くらい。 実戦に出ることは少なく、普段は提督の秘書のような事をしている。連装砲は室内でも持ち運びできる大きさであるため、ベルトで肩から提げていることが多い。 時々唐突に姿をくらます提督が悩みの種。 筑摩改 利根型 2番艦 重巡洋艦 中堅の重巡洋艦。レベルは50くらい。事務仕事の修羅場になるとよく呼ばれる。 霧島改 金剛型 4番艦 戦艦 艦隊の頭脳を自称する眼鏡戦艦。レベルは65くらい。筑摩同様事務仕事の修羅場によく呼ばれる。艤装が大型であるため、秘書艦の仕事をする時などは外している。その代わり、護身用にスミス&ウェッソンM500を携帯している。 |
14/10/2 |