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第7話 加賀さん頑張る |
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もっ、もっ、もっ。 むしゃむしゃむしゃ。 「外で食べるご飯は美味しいわ」 「身体を動かした後の食事も、最高です」 お弁当箱の中のおにぎりを、満面の笑顔で食べている赤城と、無表情のまま静かにだが確実に胃に収めている加賀。三十個入っていたおにぎりは、既に二十個になっている。 「あんたたち、本当によく食べるわね……」 サンドイッチを齧りながら、瑞鶴は二人を眺めた。 理由はよく分からないが、赤城、加賀の二人は大食いである。元気に食べる姿から赤城は有名だが、加賀は静かにだが着実に食事を進める。 「食事は基本です」 「だって、料理長の作るご飯は美味しいじゃないですか!」 二人して顔を向け、それぞれ言ってくる。 ため息をつき、瑞鶴は呟いた。 「大鳳……」 咀嚼していた卵焼きを飲み込んでから、小柄な少女が眼を向けてくる。 「何でしょう? 瑞鶴さん」 「自分の分は早めに確保しておかないと、無くなるわよ……。本当に。一航戦の食欲ははっきり言って異常よ。空母のくせに、長門型以上に食べるし、少しは節制というものを理解してほしいものね……」 動くために大量のエネルギーを消費する戦艦勢は、大食いである。艦娘用の燃料弾薬だけでなく、人の肉体を維持するために大量に食べるのだ。空母も戦艦ほどではないが、大食いである。もっとも、普通は戦艦ほど食べる必要はない。 「はぁ」 困ったような顔の大鳳に、瑞鶴は皿を差し出した。 「それに料理長もちゃんと、こういう取り分け皿用意してくれてるしね」 「では、遠慮無く」 大鳳は弁当箱に箸を伸ばした。 用意された弁当を全て食べ終わった頃。 ガッ! 赤城の箸と、加賀の箸がぶつかる。 「赤城さん……。これは譲れません」 「加賀。一航戦の誇りは――甘くありませんよ?」 瞳に暑い炎を燃やしながら、赤城と加賀が睨み合っていた。箸と箸が微かに軋んだ音を立てている。殺気を纏った視線が絡み合い火花を散らしていた。 弁当箱に残っていた卵焼きが一切れ。それが火種である。 「とぅっ!」 先に動いたのは、赤城だった。 素早く箸を翻し、加賀の箸を払いのけ卵焼きを掴み上げる。 だが、加賀も引かない。巧みな箸裁きで、赤城の箸から卵焼きを奪い取る。 一瞬二人の顔に壮絶な笑みが映った。 ガッ、カカカカカカカッ 空を走る四本の箸、そして中を舞う卵焼き。 残像を画いて箸が踊り、卵焼きが跳ねる。箸の激突する固い音。しかし、卵焼きは傷ひとつ無く柔らかな形を維持していた。 「楽しそうですね」 麦茶を飲みながら、大鳳が笑っている。 デザートのパイナップルを口に入れながら、瑞鶴は半眼で一航戦を眺めていた。 「そうかしら……?」 いつの間にか両手に箸を構え、椅子の上に立ち、目にも留まらぬ勢いで箸を振り回している。まるで紙吹雪のように舞っている卵焼き。決着はしばらく付かないだろう。 「でも、卵焼き相手に箸で空中戦するって、そう見られる光景じゃないわよね」 麦茶を一口飲みながら、瑞鶴がぼやいた。 「ん?」 眼を開けると白い天井が見えた。 鼻をくすぐる消毒液の匂い。 加賀は自分の置かれている状況を確認する。白い天井と周囲を覆う白いカーテン。清潔そうなベッド。自分はそこに寝かされていた。船渠棟にある医務室である。服は入院服に着替えさせられていた。 カーテンに映る小柄な影。 「電……?」 その呟きが聞こえたのだろう。 少女が入ってきた。 十代前半くらいのどこか気弱そうな女の子。長い茶色の髪をアップヘアーにしている。服装は暁型のセーラー服だった。右腕に『看護係』と記された腕章を付けている。 暁型4番艦駆逐艦、電。 艦娘は深海棲艦討伐だけではなく、基地内での仕事を持っていることもある。電の場合は従軍医師である間先生の手伝いだった。 電は加賀の姿を見つめ、 「あっ。加賀さん、起きました? 無理に起き上がらないで下さい。まだ、体力は完全に回復していないのです」 「分かったわ」 加賀は淡泊に返事をする。言われてみると、確かに身体が鉛のように重い。腕を動かすだけでも、骨や筋肉が軋むような感覚がある。酷く消耗しているようだった。 「先生ー」 電がカーテンの隙間から出て行く。 そして、十数秒。 「お目覚めかね。加賀くん」 カーテンの隙間から入ってきた男。 顔を斜めに走る大きな縫い跡。その左右で肌の色が違っている。髪の毛も半分が黒髪で半分が白髪だった。服装は普通の白衣と医師のそれである。 百里浜基地従軍医師の間玄男。皆からは間先生と呼ばれている。 「私は一体……」 加賀の問いに、先生は応えた。苦笑いとともに。 「演習場で倒れているのを、提督が発見して連れてきたんだ」 「この程度で気絶してしまうとは、私も未熟ですね」 乾いた笑みとともに、加賀は吐息する。思い出した。 演習場で一人で訓練を続けていたのだが、途中から記憶がない。身体が動かなくなるまで訓練を続けて、そのあと一線を突き抜けナチュラルハイ状態になった。さらに続けていたのだが、そのまま限界を超えてしまったらしい。 額を抑える間先生。 「君らしい台詞だ。しかし、過剰な鍛錬は逆に身体を壊してしまう。お勧めはできない。強くなるために鍛えて、戦うことすらできなくなっては意味は無いのだよ」 「そうですか……」 両目を閉じ、答える。 にやりと間先生が笑うのが分かった。 「しかし、だ。この百里浜基地には私がいる。この間玄男がね。気絶しても血を吐いても、骨が折れても心臓が止まっても、元通りに治してあげよう。私はそれができる」 右手を持ち上げ、不吉な笑顔で言い切る。百里浜基地での従軍医になる以前、どこで何をしていたのかは知らない。しかし、その腕は超一流だ。絶対に助からないと言われた人間を蘇生させたのは、一度や二度ではない。 「だから気が済むまで鍛えなさい」 「ありがとうございます」 加賀は頭を下げた。 これは間先生なりの優しさなのだろう。どんなに無茶をしても自分が治すから、好きなだけ無茶をしなさいという、奇妙な方向を向いた優しさ。支えてくれる者がいるということは、安心できるものだ。 緩く腕を組み、間先生が横を向く。 「ただし、他人への強要は禁止だ。肉体の回復は私の感覚だけど、削れ落ちた精神の回復はさすがに管轄外だ。人に無理矢理鍛えられて強くなっても、心が付いていかなければ、真に強くなることはないのだからね」 「………」 おそらく、先代加賀と瑞鶴の事だろう。 一拍置いてから、加賀は答えた。 「分かりました」 「あと、身体を鍛える前には、これを飲むといい」 すっ。 と、ジョッキを差し出してくる。何故か得意顔で。 「……なんですか、これは?」 眉を寄せ、加賀は出された液体を凝視する。 謎の液体。そうとしか表現できないものだった。色は青緑で、薄く向こう側が透けている。発泡成分でも入っているのか、時々小さく泡の弾ける音がしていた。 本能が告げる。身体に入れるな、と。 「間玄男特性栄養ドリンク、間汁――!」 ジョッキを掲げ、間先生は断言した。何故か勝ち誇ったように。 加賀の瞳を見据え、朗々と説明する。 「数々の薬草と食材、各種栄養素とその他諸々を絶妙なバランスで配合し、じっくりことこと煮込んで濾過した栄養ドリンクだ。滋養強壮に効果的で、新陳代謝を高め、疲労回復や持久力強化の効果もある。単純に栄養価も高いから、緊急時の食事代わりにもなる。さあ、飲んでみなさい。ああ、違法薬剤は入れていないから安心していい」 「し、失礼します」 気圧されるがままに、加賀はジョッキを受け取った。 匂いはそれほどでもない――と思う。青汁のような生臭さに、薬品臭を足したくらいだろう。もっとも、それで十分危険と理解できる匂いだった。 しかし。 一度大きく深呼吸してから、 (南無三――!) 加賀はジョッキの中身を一気に喉に流し込んだ。 「……ぐっ!」 強烈な不味さが舌をえぐり、喉を削り胃まで落ちていく。薬品やら何やらをごちゃ混ぜにしたような味だ。他に表現方法も浮かばない。そんな凄まじい不味さである。およそ身体に入れていいようなものではない。 目元から涙が一筋こぼれ落ちた。 「くはっ……! はっ……はぁ……」 軽い吐き気を抑えるように、何度か呼吸を繰り返す。 しかし、効果はすぐに現れた。身体の奥が熱くなっている。体温が上がり、心拍数が微かに上がっている。手足に指に、乾いた土に水が染み込むように力が満ちていった。 身体に溜まった疲労が、血液に乗って流されていくような感覚。 「言い飲みっぷりだ。さすがは一航戦」 腕組みをしながら、間先生は満足げに頷いていた。 「これは、効きますね。いただきます」 先生を見上げ、加賀は不敵に笑った。 |
電改 暁型 4番艦 駆逐艦 レベルは30くらい。 前線で戦うことは少なく、主に医務室で間先生の手伝いをしている。 間玄男 オリキャラカッコカリ。 百里浜基地従軍医師。通称間先生。 顔を斜めに走る縫い跡。その左右で皮膚の色が違う。髪の毛も半分が黒髪で半分は白髪。 百里浜基地に来る前は何をしていたのかは不明。医者としての腕は超一流。絶対に助からないと言われた人間を蘇生させたのは一度や二度ではないらしい。 謎の栄養ドリンク間汁を加賀に渡す。 |
14/7/20 |