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第6話 百里浜正規空母部隊 |
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百里浜基地沖合、海上演習場。 黒髪をサイドテールにした、淡々とした表情の女が立っている。大きな弓を持ち、白衣に青い袴風のスカートで、胸当てを付け、左肩に飛行甲板を装備していた。 百里浜基地所属の正規空母、加賀。 水上を走り、弓を構えながら加賀は静かに呟いた。 「まずい――」 青い空を切り裂き、飛翔する艦戦。 加賀の操る数十の艦載機が、次々と落とされていく。撃墜された艦載機は、海面に落ちる前に消えていった。矢や紙などを媒介にして艦娘の力で実体化されたものなので、支えを失えば消えてしまう。 視線の先に佇む一人の空母。 「なかなかいい動き。でも甘いわ」 黒髪のツインテールに、藤色の上着と柿渋色のスカートを纏った正規空母。左肩に迷彩模様の飛行甲板を装備している。五航戦の瑞鶴だった。 三本の矢を弓に番え、放つ。邪道とも言える三本撃ち。しかし、効果は本物だった。三本の矢が艦戦へと姿を変え、空中へと飛び上がっていた。 瑞鶴操る艦戦が加賀の艦戦を圧倒している。 「そんな……」 静かに、加賀は息を呑んだ。 強い。 最近建造された自分と、練度の高い瑞鶴。 普通に考えれば瑞鶴の方が強い。しかし、その強さは予想以上だった。 「くっ」 飛来する艦爆、艦攻。 艦爆は大きく上昇し、一転急降下してくる。艦攻は海面すれすれを飛びながら、魚雷投下のタイミングを狙っていた。上下から撃ち込まれる攻撃。 避けるしかない。 加賀は弓を下ろし、走る。 だが、無駄だった。 急降下から放たれる爆撃、そして水面下を走る雷撃。 「馬鹿な――」 ドッ! 爆発に飲み込まれ、加賀は吹き飛ばされた。 意識が吹き飛び、視界が白く染まる。重力が消え音も消えた世界で、空の青と海の青が入れ替わり、何度か衝撃を受けた。他人事のようにそれを実感する。 音が戻り、重力が戻る。 加賀は水面に倒れていた。 (訓練弾だから多少痛いだけだけど、実戦だったら大変ね……。よくて大破かしら?) 冷静に自身のダメージを判断する。 ふと瑞鶴を見ると、満面の笑顔で飛び跳ねていた。 「見た! これが五航戦の本当の力なのよ!」 「大丈夫、加賀?」 陸に移動した加賀を迎えたのは、そんな言葉だった。 長い黒髪、白衣と赤いスカートという出で立ちの女。右肩に飛行甲板を装備し、背中に矢筒を背負っている。正規空母、赤城。 「問題ありません」 背筋を伸ばし、加賀は答える。多少身体が痛むが、模擬弾なので大したことはない。 基地の北側にある演習場。艦娘用桟橋が並んでいる。艤装があれば水面を歩ける艦娘用のため、海面に続く坂道のような見た目だ。陸上にはグラウンドなども作られている。 加賀たちがいるのは、東屋のような休憩所だった。屋根と柱、木の長椅子と机。休憩だけでなく簡単な食事もできる。 「あなた、強いのね。思っていた以上だわ」 椅子に腰掛けたまま、加賀は向かいの瑞鶴を見つめる。 きっかけは単純だった。新米空母とは別行動をしている五航戦がどれほどの実力なのか知りたかったのだ。結果は予想以上である。手も足も出ずに倒されてしまった。 「当然よ――」 両手を腰に当て、瑞鶴が頷く。 おもむろに椅子から立ち上がった。口を三日月型に歪め、目蓋を半分下ろす。瞳からハイライトが消え、全身を黒い凶暴なオーラが包み込んだ。息が詰まるほどの気迫。 どこか壊れたように肩を震わせながら、瑞鶴は怨嗟の言葉を吐き出す。 「あのサディスト空母に、もう笑えるくらいに扱き倒されましたからねェ! いや、本当に。もう冗談のようにね。吐いても泣いても気絶しても、叩き起こされてバケツぶっかけられて次の無理難題……! フフフ……。お前はどこの鬼軍曹だってーの!」 がしっ! 振り抜いた拳が、木の柱に叩き付けられる。拳を引くと、柱に拳の後がくっきりと残っていた。一方拳の方は無傷である。 加賀は無表情のまま、赤城は苦笑いをして、瑞鶴を眺めていた。 両腕を持ち上げ、十指をわきわきと蠢かせながら、 「あァ、あの焼き鳥製造器ィ! 思い出しただけではらわたが煮えくりかえるわ!」 茅葺きの天井に向かって吼える。 それから腕を下ろし、大きく息を吐いた。両目を閉じ、燃え上がった怒りを収めるように深呼吸を繰り返している。 「先代に相当に鍛えられたらしいわね。手紙に書いてあったわ」 淡々と、加賀は告げる。 大規模更新の際、加賀が建造された直後に先代加賀は解体されたらしい。時間や予定の都合で顔は合わせていないが。自分が解体される前に後継者ができたと知った先代は、加賀宛に簡単な手紙を残していた。 そこには瑞鶴を鍛えまくっておいたとも書かれていた。 「加賀さんてば自分がもう限界だからって、やり過ぎなくらいに鍛えたのよ。私がいなくなったら、あなたがこの基地を支えるんだって」 赤城が瑞鶴を見る。先代加賀は百里浜基地最強の空母だった。しかし、寿命を迎え、最強空母としての力を維持できなくなると悟り、伸び代のある瑞鶴を鍛え上げた。文字通り、最強空母の後継者を作るために。 「でも、瑞鶴。あなたが加賀さんを沈める気になれば、沈められたわ。あなたにはそれだけの力と技術がある。加賀さんが限界を迎えていた事を差し引いても、あなたは加賀さんより強くなってるわ」 「そうね。確かに、その事には感謝してるわ……!」 額を拭うような動作をしつつ、瑞鶴は頷いた。ジト目で。 先代加賀によって無茶苦茶な鍛え方をされた瑞鶴は、既に先代加賀の全盛期を超える力を得ていた。名実ともに百里浜基地最強の空母となっている。 わきわきと五指を蠢かせながら、 「だからこそ、この手で沈められなかった事が心残りなのよ――!」 青黒いオーラを纏いつつ、不吉な笑みを浮かべていた。眼に映る本気の殺意。非常識な鍛え方をした代償として、先代は相応の恨みを買っているようだった。 その様子を眺め、加賀は静かに決心する。 「なら、私は瑞鶴を超えなければなりませんね」 「ほほう。言ってくれるじゃない。ひよっこが」 瑞鶴が不敵な眼差しを向けてきた。 その目を真正面から見つめ返し、加賀は宣言する。 「私は先代と同じ加賀として、あなたの恨みや憎しみは受け止める義務があります。今はまだ無理ですが、首を洗って待っていて下さい。いずれ決着は付けます」 「楽しみに待ってるわ」 にやりと凶暴な笑みを見せる瑞鶴。 唐突に。 「ご飯の匂いがする」 赤城が呟いた。 「みなさーん。お昼持って来ましたよ」 手を振りながら歩いてくるのは、小柄な少女だった。 腋の開いた白い上着と、黒い胴当て。赤いスカートと黒いスパッツという格好だ。装甲空母の大鳳である。ボウガンを腰に差しているだけで、他の艤装は装備していない。 そして、その横を歩いている背の高い男。 「お嬢様方、少々遅めのランチをお持ちしました」 黒い高級スーツに身を包んだ男。中分けにされた明るい色の髪の毛。長く伸ばした左前髪が、左目を隠している。右目の上にある眉毛は、どういう構造なのか先端がくるんと丸まっていた。 「山路さん! お待ちしていました」 きらきらと光を纏いながら、赤城が声を上げる。 山路料理長。それがこの男の肩書きだった。間宮さんの上司と言えば、その実力はわかりやすいだろう。艦娘、および職員の食事を一手に引き受ける男である。 料理長は両手で風呂敷に包まれた大きな弁当箱を抱えている。演習前に注文したものだった。二十人前くらいに見えるが、加賀たち四人ならば普通に全部食べてしまう。 「演習で疲れた後に、こう暖かい海辺で食べるお弁当は最高っすよ」 東屋の机に、料理長は慣れた手つきで料理を広げていく。 大きなランチ用マットを机に広げ、弁当箱を空け、並べていく。大量のおにぎり、卵焼き、ウインナーソーセージ、漬け物、サンドイッチ、食べやすく切った果物。高級品は無いものの、まさにお弁当だった。 さらに小型のウォーターサーバーを机に乗せた。中身は麦茶である。ガラスのコップに麦茶を注いでから、それぞれの前に並べる。 「すごい……」 並べられた料理と手際の良さに、加賀は息を呑んでいた。 「料理長。いつもありがとうございます」 大鳳が料理長に一礼する。 「可愛いお嬢さん方のために精一杯美味しい料理を作るのは、俺たち料理人の義務であり権利であり喜びですよぅ! はーはっはー!」 恥ずかしいのか頬を染めながら、料理長は明後日の方向に笑っていた。 |
加賀 加賀型 1番艦 正規空母 四ヶ月ほど前に建造された。レベルは大体15くらい。 見習い期間は終わり、現在は主に赤城と一緒に深海棲艦の討伐を行っている。 瑞鶴改 翔鶴型 2番艦 正規空母 百里浜基地最強の正規空母。レベルは大体95くらい。 先代加賀によって行われた地獄の鍛錬によって、百里浜基地最強の空母の力と技術を得る。自分を強くしてくれた事には感謝しているが、恨みはそれ以上。先代加賀の事を思い出すと、殺気と怨念が駄々漏れになる。この手で沈められなかった事が心残りらしい。 先代加賀 四ヶ月ほど前に解体された。 レベルは大体80くらい。元百里浜基地の最強空母、艦娘としての寿命を迎え、自分の戦力が落ちる前に、伸び代の大きい瑞鶴を徹底的に鍛え上げた。相当に無茶な事をやったらしく、瑞鶴には殺したいほどに恨まれている。 赤城改 赤城型 1番艦 正規空母 かなり昔から百里浜基地で正規空母を勤めている。レベルは65くらい。 空母たちのまとめ役であり、今は加賀の先輩として戦闘を教えている。 食べ物には敏感。 大鳳 大鳳型 1番艦 装甲空母 一年ほど前に建造された装甲空母。レベルは30くらい。 普段は瑞鶴とともに行動している。 礼儀正しく真面目な性格。爆発は嫌い。 山路料理長 オリキャラカッコカリ 基地の食堂を仕切る料理長。山路を何と読むかは人によってそれぞれ。長い前髪隠した左目と、くるんと巻いた眉毛がチャームポイント。 |
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