Index Top 第4話 我ら野良猫! |
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第4章 戦線復活の代償 |
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風が耳を撫でる。 住宅街の隅にある雑木林。大きな公園の一部である。その奥にある小さな草地がギゴの隠れ家だった。北側に見える倉庫の白い壁と、雑木林に囲まれた芝生。草地は姿をくらます結界の魔法で覆ってあった。 「ふあぁ」 芝生に置かれた座布団の上。ハチべぇが欠伸とともに目を開けた。狐のような尻尾を動かし、猫のような耳を立てる。 「起きたかゴルァ」 「あっ、ギゴ先生――」 声をかえられ、ハチべぇが目を向けてくる。 ギゴは地面に腰を下ろしたまま、ハチべぇを眺めていた。 芝生の隅に作られた小屋。木の板を組み合わせた簡素なものである。ギゴの住み家であるが、倉庫としての意味合いの方が強い。作る気になればもっと立派なものが作れるが、立派にしすぎると引っ越しに手間取るため、最低限の形にしてあった。また、精霊なので最低限の居住性があれば住むことができる。 ハチべぇは伏せた状態から立ち上がろうとして。 ぱたりと横に倒れた。 「ぅん?」 首を傾げながら起き上がろうとするものの、今度は仰向けにひっくり返る。じたばたと脚を動かし再び起き上がるものの、顔から地面に突っ伏した。変な踊りを踊っているようにも見えなくもない。 「あれ……? 身体が、上手く――動かない?」 「じっとしてろ。一度分子レベルまで分解されたんだぞ。まだ再生が完全じゃない」 不思議がるハチべぇに、ギゴは告げた。 修復の魔法と治療の魔法を使い、とりあえず外見は再生させたが、内部はまだ直っていない。筋肉や骨格、神経部分が思考と繋がっていないのである。 立つのを諦め、ハチべぇは地面に伏せた。 「ふむ。分子レベルか……。ばらばらになったりぺたんこになったりするのは慣れているけど、そこまで細かくされたのは初めてだよ。さすがはムラサキさんだ」 感慨深く目を閉じている。 「そこから元通りに回復するお前も十分凄いけどな……」 ジト目でギゴは呻いた。まともな生物ならば、分子分解されて元に戻ることはない。肉体の理に縛られない精霊でも限度がある。 目蓋を上げ、ハチべぇは赤い瞳をギゴに向けた。 「ギゴ先生の治療のおかげだよ」 「褒めても何も出ねぇぞ、ゴルァ」 尻尾を丸め、右前足で額を押さえる。 「てか、お前の再生力が異常なんだよ。周りの空気かき集めて修復魔法かけたら核が再生するって、おかしいだろ……。頭目でもここまで非常識じゃないぞ――たぶん……」 普通なら、依代核を破壊されれば、肉体の再生には非常に長い時間が掛かる。だが、ハチべぇは消滅した空気を集めて修復魔法を掛けただけで核が再生した。精霊基準でもおかしな回復速度である。 核が再生すれば、後は失った肉体を魔法や薬品で再構成し、自然回復に任せるだけである。実を言うと、手間的には肉体の再構成が一番面倒くさいのだが。 「なんだか貶されているように聞こえるのだけど」 「呆れてるだけだ、ゴルァ」 頭に乗せた博士帽子を直した。 一度目を閉じ、開く。 「お前が何考えてるかは、なんとなーく分かるけどな、相手選べ……。ムラサキの嬢ちゃんに魔法少女やれってのは無理だし――何だよ、魔法熟女って……」 白龍仮面なる自称ヒーローに対抗するために、力のある魔法少女を捜した結果だろう。この街に住む女で一番強いのは、誰もがムラサキと判断する。魔法に頼らなくても十分に強い。もっとも魔法少女をこなせるかというと否だ。職業柄忙しい身である。 魔法熟女というのは謎だが。 尻尾を持ち上げ、ハチべぇが反論してきた。 「魔法を使える少女だから魔法少女。なら、魔法を使える熟女を魔法熟女と呼ぶのは、当然のことじゃないか? 彼女を魔法少女としたら、少女の定義に反してしまうよ」 「いや、いいけどな……」 尻尾を地面に伏せ、ギゴは頭を下げる。 理解できるようで微妙に理解できない事を言うのは、昔からだった。だが少なくとも、魔法少女になってよ、と言っていたら分子分解されることはなかったはずである。そこを真正直に魔法熟女と言ってしまった結果がこれだ。 「もしかして魔女の婆さんになってよの方が良かったかな? そういう格好になったら似合いそうな気がするんだ。あの人は」 「それはマジで殺されるから、やめておけ」 無邪気に言うハチべぇに、ギゴは本気で忠告する。 本気で言っているのか冗談なのか。おそらく本気だろう。冗談としか思えないような言動をよく取るが、ハチべぇは冗談を言う性格ではない。そのため冗談のような本気の行動から、よく酷い目にあっている。黒髪の少女の時や、今回のように。 「でもなぁお前……時々ワザとやってるんじゃないかって思うことがあるぞ。ゴルァ。明らかに身体ぶっ壊される状況に、自分から飛び込んで」 半眼でハチべぇを見据える。 ギゴが現場に居合わせる事は少ないが、よく斬られたり燃やされたり爆発したりしているらしいハチべぇ。その言動を見ていると自ら進んでそのような状況を作り出しているようにも思える。まるで自身を破壊される事に何かしらの快感を覚えているような。 「………」 「…………」 じっと見返してくるハチべぇ。 赤いガラス玉のような瞳は、思考が読めるようで読めない。 「そんなわけないじゃないか。先生も奇妙なことを言うなぁ」 「何だ、今の間は――」 半歩退きつつ呻く。 風が吹き、ざわざわと木の葉が揺れていた。遠くから聞こえる子供の声や道を走る車の音、何かの機械の音。街の音が妙に大きく聞こえる。 純粋に怖い。 「……ま、いいや」 額をぬぐいつつ、思考を切り替える。 前足の爪をハチべぇに向け、 「お前を直した治療費を貰いたいんだが。複雑な魔法も使ったし、そこそこ貴重な薬品とかも使ったから、その埋め合わせをして貰いたいぞ。タダ働きはキツいぜ」 「治療費と言われても困ったな。ボクはお金は持ってないよ。保険とかにも入っていないから、出せるものはない」 きっぱりとハチべぇが言ってきた。 精霊は金銭を持つことは少ない。基本的に食事は不要であり、人間のように立派な家も必要ない。そもそも精霊にものを売ってくれる人間は少ないのだ。欲しいものがあったら、拾うなり作るなり物々交換するなりしている。 ギゴはコロッケを買うために、人間の元でアルバイトをしてた。精霊を気味悪がらない理解ある総菜屋にもコネを作っている。 「金はいい。出せるとも思ってないしな。治療費はコロッケ山盛りでいい」 「ギゴ先生は本当にコロッケが好きだね」 得心したように頷くハチべぇ。 「当然だゴルァ――!」 瞳に炎を灯し、ギゴは右前足を握りしめる。 さくさくの衣とふわふわの中身。揚げたても冷めていても美味しい。コロッケはこの世でもっとも至高な食べ物であると、ギゴは確信していた。 「でも安心した。コロッケなら何とかなりそうだ」 尻尾を持ち上げるハチべぇに、ギゴは前足を顎に当て、首を少し捻る。 「できれば、ムラサキの嬢ちゃんが作ったコロッケがいいな。あんな格好してるけど、料理は本当に上手いんだよ。俺も三回しか食べたことないけど」 奇抜な格好やら行動が目立つムラサキだが、家事全般の技術は非常に高い。特に料理はプロ級である。かなり前の事だが、ギゴはその味を鮮明に覚えていた。 ハチべぇが首を傾げる。 「それはボクにもう一度分子分解されてこいということかい?」 「冗談だ」 ギゴは前足を振った。 「普通のコロッケでいいぞ、ゴルァ」 ムラサキのコロッケは食べたいが、本当に食べたいと言えばハチべぇはムラサキの所に行っていただろう。それはぞっとしない。 「ふむ。ギゴ先生がコロッケ買っているお店に行けば、少なくともボクにも売ってくれるだろうし、問題はどうやってお金を手に入れるかだね」 ゆっくりと立ち上がり、ハチべぇは頷いた。 ギゴの行きつけの総菜屋に行けば、ハチべぇでもコロッケは売って貰える。精霊でも稼ぐ気になれば、数千サークルくらいはどうにかなるだろう。 具合を確かめるように、ハチべぇは尻尾と耳の触手を動かす。 「一週間以内に用意するよ」 「忘れるなよ、ゴルァ」 ギゴが答えた。 「ボクは約束は守る主義だよ」 ハチべぇはすたすたと木々の隙間へと消えていく。 身体はもう問題なく動かせるようだった。 |
14/3/17 |