Index Top 第4話 我ら野良猫! |
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第3章 続・ボクと契約して―― |
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「ハチべぇのヤツ、また何か無謀なこと考えてるけど、今度は何する気だ?」 南西地区にあるビルの屋上から、ギゴはぼんやりと街の風景を眺める。ギゴの呟きに何かを閃いたハチべぇ。最近はこの辺りで何かしているらしい。 偶然とはいえ関わってしまった以上、無視はできない。 「うん?」 第五高等学校の正面を歩いている女が目に留まる。距離は五十メートルほどか。 瞬きをして、その女を見つめた。 身長百八十センチ近い長身で、白い日傘を差している。ナイトキャップのような白い帽子と、先端をリボンで縛った長い黒髪。紫色のドレスを纏い、腰に巻いた二本のベルトには弾丸のようなものと、小瓶を差している。年齢は四十ほど。奇抜な格好だというのに、さほど違和感なく全てが収まっていた。 西のインダストリアルクラフト社の実質副社長、通称ムラサキだった。 「大学に行く途中かね?」 有名な材料工学の教授でもあり、大学で講義も行っている。日程などは知らないが、大学に用事があるのだろう。この道をまっすぐ進むと、ミンストレル大学がある。 ひょい、と。 白い生き物がムラサキの前に飛び出した。 「やぁ、こんにちは。ムラサキさん」 「あら。あなたは、確か……」 ムラサキは足を止め、現れた猫もどきを見下ろした。驚く様子はない。顔は知っているようだが、名前はすぐに思い出せなかったようである。 「あいつ、もしかして……」 背中の毛が薄く逆立つ感じがした。これから何が起こるのか、考えずとも分かってしまう。だが、意識はその結果を認めようとしない。 ギゴの悪寒を知ることもなく、ハチべぇは背筋を伸ばして自己紹介をする。 「ボクはハチべぇ。野良猫同盟八番。魔法の使者だ」 「思い出したわ。それで、白まんじゅうもどきがアタシに何の用かしら?」 一度頷き、ムラサキはハチべぇを見つめた。探るように目を細め、何かを期待するように小さな笑みを浮かべる。科学者で理術士のムラサキにとって、精霊の頼み事は興味深いものなのだろう。 ハチべぇはきっぱりと言った。 「うん。ボクと契約して魔法熟女になってよ!」 「あっ。死んだ」 ぼそりとギゴは呻く。 「………」 無言のまま。 笑顔もそのままで。 がしっ! ムラサキの右手がハチべぇの頭を鷲掴みにした。 「いきなり、何をするんだい?」 ハチべぇの言葉を無視し、そのまま軽く放り投げる。 ぬいぐるみのように宙を舞うハチべぇに、ムラサキは日傘を畳んで両手で柄を握った。バットでも構えるように。流れるような動きである。 「そいやあああああっ!」 カァァァン! 小気味よい――だが、物理的におかしな音を立て。 ハチべぇが高々と打ち上げられた。ウサギ耳のような触手をなびかせ、ハチべぇが上空へと落ちていく。その状態で元気に声を上げていた。 「なぜだ! なぜいきなり空に打ち上げられないといけないんだ? 一体何が間違っているというんだ。ボクは何も間違った事は言っていないのに。本当に、人間の考える事は、理解できないよ――」 「ソイル、我が力ァ!」 ムラサキが右手を突き出す。 「うぉ!」 ギゴは思わずうなった。 ムラサキの腕を包むように現れる銀色の金属片。部品が組み合う音を響かせながら、金属片が巨大な銃へと組み上げられていく。空間収納の理術と、再構成の理術を組み合わせたものだろう。 「魔銃〈マガン〉、解凍……!」 それは巨大な白銀の銃だった。 砲身長八十センチほどの三角形の砲身。先端にはみっつの砲口が開いていた。砲身後部には横向きの円筒状の薬質部。左側にはシリンダが、右側には円錐状のドリラーが作られている。その後ろには一部が透明な銀色の球体がつながっていた。中では何かの結晶が不気味に輝いている。それらは銀色のフレームでグリップにつながり、数本の管がムラサキの手首に現れた腕輪につながっていた。 通りを歩いていた人間が、ムラサキの姿を見て慌てて距離を取っている。 「何だよ、コレ……。これは――ちと洒落になってなくないか……?」 砲身から覗く凄まじいまでの理力濃度に、ギゴは息を呑んだ。ムラサキがそういう武器を持っている事は聞いたことがあるが、実物を見るのは初めてである。以前中央大学で暴れて多額の借金を作ったという曰く付きの代物だろう。 遙か上空まで飛んだハチべぇを左手で指差し、ムラサキは吼える。 「お前に相応しいソイルは決まった!」 小さな空気音を響かせ、薬室部のみっつのシリンダが開く。 ムラサキは腰のベルトから銃弾をひとつ取り出した。金色の弾頭と抽筒板。薬莢部分は透明な筒で、中に濃い水色の砂のようなものが詰まっている。 「大空を超える無限スカイブルー」 指で弾いた銃弾がシリンダに吸い込まれ、蓋が閉じる。 「大地を貫く完全ガイアブラウン」 続けて茶色い砂が詰まった銃弾が、ふたつめのシリンダに吸い込まれる。 「そして、次元をえぐり出すまやかしマジックバイオレット」 最後に、紫色の砂の詰まった銃弾が、みっつめのシリンダに収まる。 薬室側部のドリラーが激しく回転し、超高密度の理力が渦巻いた。周囲の空気が竜巻のように螺旋を描き、溢れた理力が無数の輝きとなって散る。 幻想的な姿だった。 ムラサキが砲口をハチべぇに向ける。 「削れ、召喚獣テュポーン!」 トリガーを引く。 ゴゥン! 爆音とともに撃ち出される青、茶色、紫の光。凄まじい理力の流れだ。三色の輝きが螺旋を描きながら空を突き進み、ハチべぇに衝突した。光が爆ぜる。 「おい……」 ギゴは両目を見開き、望遠と集音の魔法でハチべぇを見る。 放物線の頂点に近づき、上昇速度が遅くなっていた。 「あれ……?」 現れたのは、小さな顔のようなものだった。人間の手の平に乗るほどの小ささ。顔のようなものというより、顔に見える装飾の付いた筒のような物体。 「ふむ、君が話に聞く召喚獣か。もっと大きなものだと聞いていたのだけど、少し予想外だね。君は一体ボクになにをするつもりなんだい?」 暢気に召喚獣に話しかけているハチべぇ。 それが。 ガゴォンッ! 巨岩を砕くような音を轟かせ――空間が裂けた。 「!」 尻尾を伸ばすギゴ。 「ぎゅっぷぃっ!」 ハチべぇを中心に五十メートル四方の立方体が空間から切り出される。四角い空間の中心でハチべぇが無力に足を振り回していた。そこに固定されてしまったらしい。 展開される術式は、意味不明に近いものだった。かなりの知識を持つと自負するギゴにも一見では理解できないような規模と精度である。 「空間切断、構成干渉……か?」 ぎりぎり読めた効果を口にする。 ゴゴゴゴ…… 四角い空間が縮む。上下に左右に横に、前後に。残った場所には漆黒の闇。 縮んでいく空間の中で、ハチべぇが諸共に圧縮されていた。 「むっ! これはマズいかもしれない!」 ギィィィ! 空間は数十センチの大きさに。 続けて十センチほどに。 「むむむ……! このままだ――と……!」 身動きも取れずハチべぇが慌てている。だが止まらない。 空間は再び縮み、数センチの大きさへ。 一センチにも満たない規模へ。 さらに小さく圧縮され。 シュン……。 光の粒となって消えた。 周囲を埋めていた漆黒の空間も消える。後には何も残っていなかった。 吹き抜ける風に、ムラサキの黒髪が揺れる。右手に持っていた銀色の銃が、無数の金属片へと分解され、どこへとなく消えていく。 「テュポーンは風とともにあり、空間とともに消滅すべき召喚獣」 独り言のように呟き。 視線を動かした。 「ギゴくん」 「うぉ。ばれてたか、ゴルァ」 肩を跳ねさせるギゴ。五十メートルは離れていて、気配も殺していたのに、ムラサキは何の問題もなくギゴを察知していた。察知されていない理由も思いつかないが。 ギゴは床を蹴った。 ビルの屋根を飛び越え、壁を下り、ムラサキの前に着地した。 「久しぶりだな、ムラサキの嬢ちゃん。いやはや何て言ったらいいかな? あー、オレの仲間が変なこと言ってすまん。馬鹿正直なヤツだから――あいつは」 「いいのよ。ちゃんと仕返しはしたから、もう怒ってないわ」 にっこり笑いながら、ムラサキは日傘を広げていた。仕返しとはハチべぇを消滅させたことだろう。相手が精霊であることを考えても、仕返しと言えるレベルではない。 と、その思考が顔に出てたらしい。 ムラサキがぱたぱたと手を振って見せる。 「大丈夫よ。命断の式はかけてないから、何とか復活はできるでしょう。……多分」 横を向いて声を落とす。 命断の式とは精霊を殺す技である。生命力や存在力を破壊する高度な術式であり、命断の式を帯びた攻撃は、精霊にとっては致命傷となる。逆を言えば、命断の式を帯びていない攻撃は、さほど致命傷にはならない。 ならないが、限度はある。 「……ま、でもさすがに分子レベルに分解しちゃったのはマズかったかしら? ちゃんと再生できるかしらね? 構成情報に傷は入ってないと思うけど、依代部分がなくなっちゃったら、さすがに難しいかもしれないわねー」 「そこら辺は、オレが何とかしておく」 ギゴは頭に乗せた学者帽子を持ち上げた。学者のような格好は飾りではない。魔法の知識と技術に関しては、同盟内でも頭目に匹敵すると自負している。もっとも技術系の魔法が主なので、頭目のようにケンカは強くない。 目蓋を少し下ろし、諫めるようにムラサキを見上げる。 「でも、あんたも少し自重して欲しいぞ、ゴルァ……」 「善処するわ」 ムラサキは楽しそうな笑みを見せた。 |
14/2/22 |