Index Top 第4話 我ら野良猫! |
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第5章 ヒーロー見参! |
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「少し遅くなってしまいましたね」 路地裏を歩きながら、アイディは独りごちた。 空を見上げると黄昏色に染まっている。ビルに挟まれた倉庫街。クラウは一緒ではない。書記士だが、四六時中つきまとうわけでもないのだ。今日は区庁舎の端末室を借り、書記士連盟本部との遠距離会議を行っていた。 特に問題もなく会議は終わり、アイディは帰路に付いていた。遠くから聞こえてくる機械の音。紫色の空と黒い建物とも相まって、どこか不気味で幻想的な空気が漂っている。 「ホテルに着くのは七時過ぎでしょうか? あまり遅くなるのは感心できませんね。休める時にはきちっと身体を休めておかないといけないです」 書記士という仕事はかなり過酷である。肉体もそうだが、脳を酷使する仕事だ。休める時はきっちりと休み、体調を整えておかないといけない。 「?」 気配を覚えて、アイディは脚を止めた。 息を吸いながら、身体の向きを変える。 「こんばんは。眼鏡の赤いお嬢さん」 倉庫の壁に、奇妙な生き物が立っていた。 猫のような体格の白い生き物。ビー玉のような無機質な赤い瞳、耳から伸びた兎耳のような長い毛、狐のような長い尻尾をぴんと立てている。それが壁に立っていた。地面と水平になったまま。 「あなた……は? 精霊ですか?」 警戒しながら、確認する。 「うん。ボクはハチべぇ。野良猫同盟八番、魔法の使者さ」 きっぱりと自己紹介をするハチべぇ。 アイディは肩を落とした。 「野良猫同盟――って、頭目のお知り合いですか?」 農林水産基地に現れた自称猫の野菜泥棒。バルトスと戦い退けられた精霊。野良猫同盟の盟主と名乗っていた。その言葉をハチべぇも口にしている。 ハチべぇが意外そうに首を傾げた。 「頭目を知ってるのかい?」 「色々とありまして……」 頭を掻きつつ、眼を逸らす。細かく説明するつもりはなかった。説明してもそう長くはならない。だが、話すと無意味に疲れるのは確実だ。 それで納得したのか、ハチべぇは手早く話を進める。 「本題に入ろう。ボクと契約して魔法少女になってよ」 「契約? 魔法少女?」 意味が分からずアイディは訊き返した。 「うん。キミの願いを叶える代わりに、魔法少女になってこの街のために働いて欲しいんだ。魔法少女になればボクを媒介として魔法を使えるようになる」 尻尾を持ち上げ、ハチべぇが説明する。 「書記士のお嬢さんの理力を、ボクの魔法変換システムに通せば、強力な魔法少女になれるはずだ。悪い話ではないと思うんだけど、どうかな?」 言っている事は理解した。 人間が魔法を使う方法のひとつ。精霊の魔法因子を介する魔法の発現方法だった。人間の持つ理力を魔法力へと変換する仕組みである。安定した理力から、不安定ならがも自由度の高い魔力への変換だ。上手く使いこなせば、大きな力を作り出すことができる。その反面、不安定さという危険要素と常に隣り合わせとなるだろう。 それならば、現在持っている理力をそのまま使った方が安全、確実だ。 さておき、気になった事を口にする。 「魔法少女って、何ですか?」 「魔法を使う少女。だから魔法少女。簡単な論理だ」 胸を反らし、ハチべぇは得意げに宣言した。 アイディは眉を寄せ、自分の胸に手を当てる。 「もしかしたら何か勘違いしてるかもしれませんが、わたしこう見えても二十六歳ですよ。身体は小さいですけど、少女って歳じゃないです。立派に成人しています」 「む!」 ハチべぇがぴんと尻尾を立てた。 「それは問題だ――」 首を捻りつつ、呻く。 だが、あっさりと解決したようだった。 「でも、誰が見てもキミは少女だから、問題は無いよ」 「さらっともの凄く失礼な事言ってますよね!」 勢いよくハチべぇに人差し指を向け、アイディは叫んだ。自分が子供のような体格といいうのは自覚している。しているが、きっぱりと指摘されるのは腹が立つのだ。 「細かい事は気にしないで欲しい」 悪びれる様子もなく、ハチべぇはアイディの怒りを受け流す。 ぱたりと尻尾を振ってから、 「改めてお願いだ。ボクと契約して魔法少女になってよ。とりあえず――半年、いや一年間契約でお願いしたい。今なら契約特典として、惣菜屋マンガンショクのコロッケ十個無個サービス券をどどんと二枚プレゼントするよ!」 「……こう見えても忙しい職業なので、無理です」 肩を落としつつ、アイディは手を動かした。ハチべぇの言葉を拒否するように。ハチべぇの言っている事が怪しいのはもちろんだが、純粋に書記士の仕事は色々と忙しい。副業にかまけている余裕はないのだ。 しかし、ハチべぇも引かない。 「なら、持ってけドロボー! アナザーコスチューム三種類無料追加と、魔法のアイテム二種類無料追加、さらに変身シーンの露出五十パーセントアップも追加するよ!」 「えっと、無理ですから」 アナザーコスチュームやら魔法のアイテムやら、変身シーンの露出アップやら、微妙に気になる事は多いが、無理なものは無理である。 尻尾を伏せ、ハチべぇが目を閉じた。 「キミもワガママだな」 「ワガママじゃないです……」 ぐったりとアイディは言い返す。 話が噛み合っていない。精霊は人間などの生き物とは違う生命構造を持っている。そのため、物事に対する考え方が人間とはズレている事が多い。アイディの知識にはそう記されている。が、ハチべぇの感覚はかなりズレているようだ。 ハチべぇは背筋を伸ばして、 「仕方ない。契約特典の話は後にして、まずはボクと魔法少女になってよ。契約は三秒で終わるから、時間も取らせないし、痛みとかもないよ」 「そういう問題じゃないですけど」 眼鏡を指で持ち上げ、ハチべぇを見る。 遠くから電車の音が聞こえてきた。 「コレは力ずくで追い払った方がいいのでしょうか?」 話が通じないならば、力業で退かせるしかないだろう。精霊という構造上、命断の式を用いなければ殺すことはできない。アイディは命断の式を組むことができる。殺すまでは至らずとも、ダメージを与えることはできるだろう。時には荒事も必要である。 しかし、そこまで手荒な真似に出ることには抵抗があった。 不意に。 デーン、デデデンデデデーン! 前触れ無く流れ出す音楽。 「大丈夫か、小娘」 「へっ?」 背後から声を掛けられ、アイディは振り向いた。 「キミは――!」 ハチべぇが鋭く叫ぶ。 パッパッ、パッ! どこからとも無くスポットライトの白い光が降り注いだ。 「………」 言葉を失うアイディ。 光差す中心に、背の高い男が立っていた。白い龍を模した仮面を被り、裏地の赤い白銀のコートを身に纏っている。仮面の後ろからは長い緋色の髪が伸びていた。コートにはベルトや鋲などの装飾がなされ、何故か派手に翻った形状を維持している。まるでワイヤーでも入っているかのように。 左腕に銀色の小手のようなものを装着していた。 「ふむ。無事なようだな」 現れた男はアイディを眺め頷く。 そしてハチべぇに向き直り、表情を険しくした。 「悪党の匂いに釣られて来てみれば、貴様は確か魔法契約の精霊だったな。それが小娘につきまとい、強引に契約を迫るとは――いつから押売に墜ちた! 恥を知れ!」 「白龍仮面! こんな所で会えるとは思わなかったよ」 ハチべぇが赤いガラス玉のような瞳を男に向ける。 男は白龍仮面と言うらしい。 「失礼しまーす……」 いそいそとアイディは道の隅に移動した。二人の間ではアイディの事は既に過去のものとなっている。ならば大人しく待避しておくのが賢明だろう。ある程度は慣れたが、まだこの街の非常識に付いていく自信はない。 壁を蹴り、ハチべぇが跳んだ。空中で一回転し、地面に下りる。 「キミのような非正規のヒーローの存在は、ヒーローの秩序と調和を乱す原因となるんだ。悪い事は言わない。今すぐヒーロー活動を辞めて欲しい。それができなければ、せめて正規ヒーローとなって秩序ある活動をしてほしい」 「笑止! オレの行動を決めるのはオレだ! オレはオレの意志でオレの正義を貫く! 貴様のような小物の指図など受けぬ!」 噛み合っているような噛み合っていないような会話。 「そして、押売に墜ちた貴様は、ここで排除する!」 白龍仮面が左腕を上げた。 前腕に嵌められた白銀の小手。左右には龍の翼を模した板が取り付けてある。小手の中央には溝が彫り込まれていた。青白い磁力の輝きが小手を走る。 シャキッ。 機械音とともに、左側の翼が展開される。小さな翼が細長い板のような形に変化した。板には四角い部分が五ヶ所作られている。 白龍仮面がベルトのホルスターからカードの束を取り出した。それを小手中央に作られた溝に差し込む。携帯装着式のカードゲームボードなのだろう。 小手を走る理力が、山札に流れ込み、カードが淡い光を帯びる。 「決闘〈デュエル〉ッ!」 白龍仮面は高々と宣言した。 |
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