Index Top 第4話 我ら野良猫! |
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第2章 魔法少女とヒーローと |
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「ギゴ先生!」 ハチべぇが声を上げる。コンクリートブロックに挟まれ鎖で拘束された状態で、じたばたと手足を動かしながら。 その声に誘導されるように、黒髪の少女が目を向けてきた。 「あなた、コレの仲間?」 警戒するように眉を寄せる。 ギゴは頭を掻きながら首を傾げた。明らかに警戒されている。この少女はハチべぇに対し明確な敵意を持っていた。ギゴに同じような感情を持つのは不思議ではない。 「仲間っていういうか、知り合いっていうか……まぁそういうもんだ」 無言のまま少女の眉間のしわが深くなる。 ギゴは置いてきぼりを食らっている二つ結びの少女を示し。 「こいつにはそっちのお嬢ちゃんに関わらないように釘刺しておくから、沈めるのは待ってくれ。オレが見てるんだから、沈めても誰かが引き上げるだろうし、多分引き上げるのはオレだ。手間は増やしたくないんだ」 一応事情を告げる。 ギゴが見ていた以上無視はできない。運河に沈められてもいずれは誰かが引き上げる事になる。それは正直面倒だった。それよりは適当なところで妥協しておくべきだろう。 じっとギゴを見つめ、数秒。 少女は眉間のしわを消し、頷いた。残念そうに。 「ふむ。それなら仕方ないわね」 「ギゴ先生の頼みとあっては仕方ない。その子の勧誘は諦めるよ。なかなかいい素質を持っているのに、残念だ。で、納得したならこの鎖を解いてくれないかい?」 ハチべぇが少女を見上げる。 黒髪の少女はハチべぇを眺めてから、ギゴに向き直った。 「なんか……ムカつくから沈めていいかしら?」 真顔で訊いてくる。 ギゴも一度ハチべぇを見やり、 「いいぞ、ゴルァ。三日くらい経ったら引き上げておくから、引き上げやすいように紐でもつないでおいてくれ」 「分かったわ」 少女はハチべぇを一度地面に下ろし、鞄からロープを取り出した。黄色と黒の作業用ロープ。化学繊維に金属繊維を織り込んだ、頑丈なものである。 それを鎖の端に結びつけ、少女は運河の方へと歩いていった。 「待ってくれ、君たちはいつもそうだ。合理的な判断をするべき時に感情にまかせて不合理な行動を実行する。なぜ手早く最小限で済む選択をしないのか、理解に苦しむ――」 ハチべぇの抗議をさくっと無視する黒髪の少女。 「せーのっ!」 鎖を持ち、剛力の術を用いてハチべぇを放り投げる。 運河の手前に作られた高さ百五十センチほどの柵を越え、ハチべぇが放物線を描いて飛んだ。淡泊な表情のまま、呆れたようにため息をつく。 「まったくわけがわから――」 ぼちゃん。 ぶくぶく……。 コンクリートと鎖の重さで、容赦なく水面下に沈んでいった。 少女は手元に残ったロープを柵の根本に結びつけ、結び目の近くをカッターで切断した。これならば引き上げるのも楽である。 残ったロープを鞄にしまい、長い黒髪を手で払う。 「後は頼んだわよ」 「任せとけって、ゴルァ」 ぐっと腕を上げるギゴ。 「それじゃ学校に行きましょう。あまりのんびりしていると、遅刻してしまうわ」 「う、うん」 困惑気味に二つ結びの少女が頷いている。 平穏な日常に割り込んできた非日常。状況を理解できぬまま事が進み、解決までしてしまえばこんなものだろう。 ギゴに向かって一礼する。 「さようなら」 「ちゃんと勉強するんだぞー」 右前足を動かしながら、ギゴはそう声をかけた。 建物に挟まれた狭い道を、ギゴはハチべぇと共に歩いていた。 「河の底は冷たくて暗くて退屈だったよ」 「そいつは大変だったな」 五階建てのビルの隙間。人間が通るには狭いが、野良猫にとってはごく普通の通り道だった。というよりは、人気のある場所を歩く事自体滅多にない。 愚痴るようにハチべぇが口を開く。 「ギゴ先生も本当に三日放置したね。すぐに助けてくれるかなって期待してたんだけど」 「オレは約束は守る主義だぞ。ゴルァ」 ハチべぇが運河に沈められてから三日後、約束通りギゴはハチべぇを引き上げた。藻が絡んで緑色になっていたが、他は特に問題もない。呼吸をしているわけでもないので、窒息することもないのだ。 思い出すように細い空を見上げ、ハチべぇは吐息した。 「あの子は素質があったんだけど、残念だ。強い魔法の因子を持つ人は貴重なのに」 「ところでな。あの長い黒髪の子は、どういう魔法少女だったんだ?」 ハチべぇを敵視していた少女を思い出す。先日の話しぶりからするに、以前ハチべぇと一緒に魔法少女をやっていたらしい。その最中に何があったか知らないが、魔法少女時代は消し去りたい過去のようである。 「ボクには守秘義務があるから答えられないよ」 「さいですかー」 目蓋を下ろし、ギゴは呻いた。 黒髪の少女の過去には興味があるが、追求するほど興味があるわけでもない。さらに言うなら、ハチべぇが喋らないと言う以上、無理に喋らせるのは不可能だ。拷問しても口を割らないだろうし、そもそも拷問自体通じない。 「でもな、そんな魔法使い作ってどうするんだよ?」 ギゴの問いに、ハチべぇは一度立ち止まり顔を向けてきた。 「ボクとしてはヒーローの一極集中は避けたいんだよ。ましてや非公認のヒーローが幅を利かせているという現状も許し難い。やはり正当派ヒーローを擁立して、この業界の健全化を行わないといけないと思うんだ」 赤い瞳に意志の光を灯し、説明する。 ギゴは何も言えない。いきなり告げられる言葉の羅列。何を言っているのかは分かってもその内容はギゴの理解できる範囲を超えていた。この街はかなり変わった街である。長く済んでいるギゴでも知らない事は多いようだった。 ハチべぇは困ったとばかりに首を左右に振っていた。 「こういう仕事は専門業だからね。しっかりと資質と技術のある人間が行わないといけないんだ。どこの誰とも分からぬ輩がのさばっているのは、業界のためにもならないし、本人のためでもないんだよ」 「なに言ってるかわかんねぇぞ、ゴルァ……」 頬に汗を流しつつ、正直に述べる。 野良猫同盟。ようするに、街に住む精霊の集まりである。だが、統一理念などはなく、基本的に同盟員はお互い深く干渉せず、好き勝手暮らしている。そのため他の同盟員がどう暮らしているのかなどは、あまり興味がない。 それでも、ハチべぇの言っている事はぶっ飛んでいた。 ハチべぇは尻尾を曲げ、右前足を握りしめる。 「最近白龍仮面っていう自称ヒーローが現れて困ってるんだ。いや、ヒーローとしての仕事は真面目にやってるんだけど、なにぶん勝手に行動されるのは感心できない」 「白龍仮面……?」 その単語を呟く。 風の噂でそんな名前を聞いたことがある。何か事件が起こると颯爽と現れ、強引に解決している正体不明の男である。 「そいつを追っ払いたいのか?」 「半分はそういう事だよ。ただ、彼を倒したいわけじゃない」 ハチべぇは答える。 「ヒーローの仕事は、正規ヒーローが行うべきだ。彼を退かせるには、力を持った魔法少女を擁立する必要があるんだけど、魔法少女の素質持ってる子は少ないからね」 「まー。よく分からないけど、別に少女じゃなくてもいいんじゃないか?」 ギゴは適当に言ってみた。 ヒーローの決まりなどは知らないが、別に少女がやる必要もないだろう。そのような荒事に慣れているものなら、この街にはそれなりに存在している。 「ふむ、それもそうだね」 ハチべぇが頷いた。 地面を蹴り、ビルの壁に張り付く。簡単な引力操作の魔法だった。壁や天井などを地面のように歩いたり走ったりと移動する事ができる。 「ありがとう、ギゴ先生。助かったよ」 「あ、ああ……」 壁面を駆け上がっていくハチべぇを見送り、ギゴは腑に落ちないものを感じていた。 |
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