Index Top 第3話 寄り道のお仕事 |
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第5章 見守る猫 |
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クレセント市を囲むように作られた防砂壁。 高さ五十メートル、厚み五メートル。砂漠の砂が都市内に入るのを防ぐために作られたものだ。圧縮鉄筋コンクリート製で、強度は非常に高い。 防砂壁手前は大きな緑地帯となっており、人間が近づくことは少ない。 たったったっ。 白い壁を小さな影が昇っていく。 猫のような生き物。猫のようであるが猫ではない。茶色の毛に包まれた猫のような身体。頭に学者帽子を乗せ、小さな白衣を羽織り、小さな鞄を肩から提げていた。白衣の背には数字の「5」が記されている。 野良猫同盟五番、ギゴ。 ほぼ垂直の壁面を地面を走るように駆け上り、壁の頂上までたどり着く。 「ふぅ」 ギゴは息をついた。 基本的に人が昇る事を想定していないので、柵などはない。遙か南から北まで延びる巨大な白い壁。とことこと壁を横切り、ギゴは外側の縁まで移動した。 白い砂漠と、青い空。遙か遠くに見える地平線。強い風が流れてくる。高さがあるため、砂はほとんど混じっていない。正面には、農林水産基地の防砂壁が見える。何度も見ているが、巨大な施設だ。 そして。 大地から天空へと伸びる巨大な術式。文様と文字で作られた円陣がいくつも、地面から空へと塔のようにそびえている。十キロ以上離れているというのに、全身の毛が逆立つほどの戦慄を覚えた。 この街でここまで巨大な術を作れる人間は数えるほどしかいない。 「畑のおっさん、また派手に暴れてるな、ゴルァ」 後足で首元を書きながら、ギゴは呻いた。 ―――! 閃光が落ちる。 円陣の術式によって加速され強化された稲妻が、柱となって地面へと突き刺さった。おそらくは、そこにいた頭目を狙って。 「頭目は大丈夫かね? そうそう死ぬようなヤワい神経はしてないけど」 ギゴは他人事のように呻く。 頭目が畑に野菜を貰いに行くと言っていたので、気になって見に来たのだ。不用意に近づくと巻き込まれて身体が粉々になりそうなので、あくまでも遠く離れた安全圏から観察するだけだが。 「それはそれとして」 ギゴは鞄を下ろし、蓋を開け、中に手を入れた。丸い猫の手だが、どういう原理か普通にものを掴むことができる。 取り出したのは、小さな弁当箱だった。 蓋を開けると、中にはコロッケがみっつ入っている。潰したジャガイモを挽肉と混ぜ、小判状に丸め、小麦粉、卵、パン粉をまぶしてこんがり揚げた料理である。ギゴの大好物だった。 そのひとつを取り出し、ギゴは口に入れた。もごもごと租借してから、 「コロッケ、ウマー」 満足げな言葉を吐き出す。 気配を感じ、ギゴは視線を動かした。 黄色いぬいぐるみのような物体が、近くに下りてくる。頭目だった。落書きのような風体だが妙な迫力がある。見た限り、損傷はない。 「ハロゥ。我が同胞よ」 右手を挙げ、気楽に言ってくる。 コロッケを飲み込んでから、ギゴは頭目を眺めた。 「思ったよりも元気そうだな、頭目」 「首を刎ねられたり、短冊切りにされたりもしたけど、私は元気です」 きっぱりと言い切る。 バルトスだけでなくクラウ・ソラスも相手にしていたらしい。おそらく頭目対策としてバルトスが呼んだのだろう。頭目と小細工抜きで戦える者は、この街でも多くはない。多くは無いが探せばそれなりにいるのもこのクレセント市なのだが。 「いい加減畑泥棒はやめたらどうだ? いちいち盗んでくる必要はないだろ。買うアテが無いわけでもないし。あのおっさんはオレたちの殺し方知ってるし、次は吹っ飛ばされるだけじゃ済まないぞ?」 ジト眼で告げた。 構造故に高い生命力と再生能力を持つ精霊だが、殺すための理術は普通に存在する。バルトスはその理術を知っているし、使うことができるのだ。 頭目は首を捻り。 「ふぅむ。しかし、あの男をからかうのは面白いのでね」 眉間を押さえ、ギゴは低く呻く。 「本気で殺されても知らんぞ、ゴルァ」 「私が早々殺されるわけがなかろう」 両腕を広げ、頭目は断言した。よく分からない自信を以て。 「いいけどな……」 吐息してから、弁当箱のコロッケをひとつ掴み上げる。 ギゴの見立てではバルトスと頭目とではバルトスの方が強い。だが、頭目はやたらと切り札やら奥の手やらを持っている。バルトスが本気で殺しにかかってきても、何とかはなるだろう。もっとも、バルトスの本気がどれほどであるか、ギゴは知らない。 頭目が口を開いた。 「ギゴくん」 「欲しいって言ってもやらんぞ。これはオレのコロッケだ」 弁当箱とコロッケを身体の陰に隠しながら、頭目を睨み付ける。 「では仕方ない」 頭目は視線を上げ、空を見上げた。 「アディオース!」 パッ! 弾けるような音を立て頭目が空へと飛び上がる。そのまま空の彼方へと消えていった。どこに行くのかは当人のみぞ知る。 「コロッケウマー」 ふたつめのコロッケを齧り、ギゴは至福の吐息を吐き出した。 |
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