Index Top 第3話 寄り道のお仕事

第4章 強さの理由とは


 自称、猫。
 ぬいぐるみのような黄色い身体と、首に巻かれた赤いマフラー。胸に数字の1と記されている。野良猫同盟なる組織の盟主らしい。
 名前はなく、皆から頭目と呼ばれているとか。
 ぼんやりと情報を並べてから、アイディは横に現れた頭目を眺めた。
「大丈夫かね、赤いお嬢さん? ケガは無いかい? さすがに書記士といえど、あれに巻き込まれたら無事では済まないからね。はっはっはっ」
 脳天気に笑ってみせる。
「なら、なぜやったんですか……」
 アイディは半眼で訊いてみる。ゆっくりと地面に向かって落ちながら。両手でトマトの入ったカゴを持ったまま。
 白い炎が砂の大地を焼き、もうもうと白い砂煙を上げている。精霊の持つ魔法による炎だった。立て続けに放たれた破壊光線。アイディが巻き込まれていたら、無事では済まないだろう。バルトスが無事かは考えるまでもない。
 動きの見えない炎の奥を睨みながら、頭目が口を開く。
「あの脳筋堅物男を止めるには、これくらいの破壊力は必要なのだよ。なにせ合成術の使い手だからねぇ。ケンカでこの街の右に出るモノはいないよ?」
「合成術……」
 理力とそれ以外の力を組み合わせ合成し、炸力と呼ばれる大火力を作り出す特殊な術がある。精度は犠牲になるが、単純な火力は二倍から六倍まで跳ね上がると言う。
 知識としては知っているが、実物を見たことはなかった。
 だが、そう考えればバルトスの火力も納得がいく。
 のんびりと頭目が続ける。
「どこで手に入れたのやら、彼は魔法の発動因子を持っている。さらに逆式合成術まで習得しているのだ。まったく私の手には余りすぎる相手だよ」
「凄いですね」
 逆式合成術。合成術の逆の仕組みで、堅力と呼ばれる高精密な力を作り出す技術だ。合成術とは逆に、火力を犠牲にして術の精度と術の構成強度を高める仕組みである。
 斧を構成変換したもの、逆式合成術によるものだろう。
「というか……」
 アイディは首を捻る。
 合成術を使うには、理力とか異なる干渉エネルギーを必要とする。頭目の話が事実なら、バルトスは何らかの方法で魔法の発動因子を取り込み、合成術と逆式合成術の使用を可能したのだろう。その上で桁違いの力と技術を習得している。
 これが軍人か何かなら、納得できたのだが。
「あの人って、研究者ですよね? どうしてあそこまで強いんでしょう?」
 バルトスは軍人などではなく、農業研究者である。
 研究職には、バケモノ退治をするような戦闘能力は必要ない。キマイラが襲撃してくることもあるだろうが、キマイラの退治は都市軍の仕事であるはずだ。本来は。
「んー」
 頭目は少し視線を持ち上げてから。
 あっさり言った。
「趣味ではないか?」
「趣味って――」
 アイディは額を抑える。趣味で怪物じみた強さになれるのか。いや、趣味だからこそ余計な事を抜きに鍛えられるのだろう。
「ところで、赤いお嬢さん」
 ぐぃと顔を近づけてくる頭目。
 ぎゅぅぃぃ……。
 ノイズのような音を響かせ、全身が輝く。赤く青く、緑色に紫色に。波打つように揺らめくように蠢くように。右手を差し出してきた。
「そのトマァトを、私に渡してもらえないかな?」
「拒否します」
 両手でカゴを握りしめ、アイディは答える。
 足の裏に感じる固い感触。丁度地面に下りたところだった。頭目は自分よりも強い。だが、このトマトを渡す気はなかった。
「ほほう。お嬢さん、いい度胸だ……!」
 パッ。
 乾いた音が響いた。
「へ?」
 アイディは目を点にする。
 白い光がきらめいていた。
 褪せた砂色の髪の毛と、同じ色の上着とズボン。両手に持った十字型の大剣。背中には長い鞘を背負っている。クラウだった。いつ現れたのかは分からない。気配もなく前触れもなく、不意に現れ剣を振り抜いた。右から左に。
 弾き飛ばされたように、頭目の頭が宙に舞う。
 ぽて。
 と、緊張感もなく地面に落ちた。
 頭の無くなった頭目。
「へ?」
 意味のない呟きが漏れる。
 丁度口の上あたりだった。
 オレンジ色の断面が顔を覗かせている。生物的なものではなく、フェルトのような見た目である。中身の詰まったぬいぐるみを切ったら、このようになるかもしれない。
 普通の生物なら即死だが。
 シュンッ!
「ひっ!」
 続けて起こったアイディは息を呑む。
 頭目の身体が走った。空中を滑るように。
 一瞬で落ちた頭に駆け寄ると、両手で頭を持ち上げ、それを断面に乗せた。何度から左右に動かしてから、しかし断面が合わないらしい。両手え頭を勢いよく回す。
 そして、数回転してからぴたりと止まった。
「いきなり何という事をしてくれるのだ、守護機士くん!」
 右手をクラウに向け、頭目が叫ぶ。
 切断された頭は元通りにつながっていた。精霊は普通の生物とは違い、生死の基準が曖昧である。生物なら即死するような損傷でも、あっさり回復できるらしい。
「………」
 クラウは右手に剣を持ち、疲れたような目で頭目を見つめている。
 頭目は右手を動かす。切られた部分をなぞるように。
「私だったからこの程度で済んだものを! もし君がっ、もし君がここから上を斬られたら、どうなる! どうなる! ここから上を斬られたら――」
 スパッ。
「あ」
 頭目の声。
 そして、頭目は左右真っ二つになった。
 クラウが振り下ろした剣が、頭目を唐竹割にしている。
 スパパパパパパッ!
 踊るように閃く刃。
「………」
 頭目が短冊切りになり、崩れ落ちった。あっけなく。
 黄色とピンクのスポンジのようなものが散らばっている。
 クラウは両手で剣を構えたまま、後退した。
「大丈夫か? アイディ」
 アイディの隣まで移動し、声を掛けてくる。剣は構えたままで、周囲は頭目に向けていた。それでも、しっかりとアイディに意識を向けている。
「はい。わたしは大丈夫です。でも、これ――大丈夫なのでしょうか?」
 短冊切りになって散らばった頭目。普通なら既に死んでいる状態だ。しかし、死んでいるとは微塵も思えない。生物の理から外れた、異形のもの。
 切先を頭目に向け、クラウが吐息する。
「こいつは精霊だ。本気で殺すには特殊な方法が必要なんだよ。それ以外の方法じゃ、まず死なない。いくらばらばらにしてもすぐに復活してくる」
「その通り!」
 朗々と宣言し。
 頭目の身体が浮き上がった。短冊切りだった身体が次々と組み合わさっていく。元々の形を知っているかのように――実際知っているだろう。知らないはずがない。破片は数秒も経たずに元の姿に組み上がっていた。
「私、復活ぅ!」
 ぐるりとクラウに向き直り、
「君もなかなか失礼な事をしてくれたね守護機士くん?」
 ジジッ!
 空間に走る、白い稲妻。
「天光満つる処に我は在り! 黄泉の門開く処に汝在り!」
「むっ。しまっ――」
 頭目を中心として、地面に幾重にも描かれる円陣。強力な理力――ではない、逆式合成術による堅力だった。凄まじい力場が頭目を拘束する。
「輝く御名の下――地を這う穢れし魂に! 裁きの光を――雨と降らせんン!」
「貴様、この時を狙っていたのか!」
 頭目が叫んだ。
 燃えさかる白い炎を背景に。
 バルトスが歩いてくる。右手に凶悪な形状の斧を持ち、口元に凶悪な笑みを貼り付け。当然のごとく傷ひとつない。一歩足を踏み出すたびに、大地が、大気が、軋んでいる。
 物理的な圧力すら感じるほどの気迫だった。
 組み上げられる巨大な術式。空中に幾重にも描かれる光の円陣。
「バルトスさん、何をするつもりですか……!」
 クラウの背後に隠れながら、アイディは擦れた声を上げた。大気を満たす膨大な炸力、堅力、理力。複数の力を同時に使い、バルトスは巨大な術を作り上げている。何をしようとしているのかは分かる。だが、理解できない。
 無数の円陣が、塔のように遙か上空まで展開されていた。
「安息に眠れ、罪深き者よ……。出でよ、神の雷――!」
 バルトスが斧を振り上げ、振り下ろす。
「インデグネイション・ジャッジメントォゥ!」
 カッ!
 閃光が、爆ぜた。
 遙か上空から放たれた無数の稲妻が、重なり絡まり交わりながら、巨大な柱となって落ちてくる。それは瞬きにも満たないほんの一瞬。空間を引き裂く超高電圧、空気は一瞬にして数万度まで加熱され、膨張し爆音を轟かせる。
「ぬ、ぅぅぅぅぅぅ――」
 巨大な稲妻の柱は、頭目を直撃した。
 黄色いぬいぐるみのような身体が、白い光に呑まれる。
 ォォォォォォ……
 鳴動が、遠くへと波紋のように広がっていった。
 数秒。
 数十秒。
 数分。
「ちっ、逃げられたか……」
 バルトスが舌打ちした。斧を肩に担ぎ、地面に空いた巨大な穴を眺めている。直径およそ五十メートル。深さは分からない。とてつもなく深い事は容易に分かる。
 クラウが穴を指差しながら、
「どうするつもりだ、この穴?」
「ムラサキのヤツに頼んでおく。穴掘り穴埋めはあの小娘の専売特許だかららな」
 あっさりと、バルトスはそう答えた。

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14/1/30