Index Top 第3話 寄り道のお仕事

第3章 激突!


 ドッ!
 地面を蹴り、高く舞い上がるバルトス。
「待ぁてえええええええええ!」
 咆哮とともに、青い理力の炎が燃え上がる。
 アイディを脇に抱えたまま、バルトスは強化術による跳躍で、ひたすら畑を突き進んでいた。作業用道路や建物の屋根などを蹴り、数百メートルもの飛翔を繰り返し。時速にすれば二百キロを軽く超えているだろう。
「待てと言われて待つ者などいないのだよ!」
 頭目が右手を振りながら、逃げていく。
 そうして、農林水産基地の防砂壁を越え、砂漠へと飛び出した。
 青い空と白い砂の大地。遙か先には都市の防砂壁が見える。遙か彼方では、白い砂と青い空がきれいに分かれていた。人のすぐ近くにありながら人の住むことのできない。白い砂漠は生き物を拒絶する。
 バルトスが小声で呟いた。
「壁を越えたか。お嬢さん、少し本気を出すぞ?」
「へ?」
 アイディは間の抜けた声を返す。言われた事の意味が理解できなかった。いや、理解できなかったわけではない。反射的に理解を拒絶した。
 どんっ!
 バルトスが防砂壁の縁を蹴り。
「っ!」
 全身に掛かる加速度に、アイディは息を止める。
 頭目が振り返ってきた。
「はっはっは。この私について来られる――か――」
 メギッ。
 頭目の身体が歪む。
 時間にすれば十分の一秒にも満たない。だが、アイディの目にはしっかりと映っていた。
 頭目の胴体へとめり込む、バルトスの左足。ぬいぐるみのような身体がくの時に折れ曲がる。生物ならば確実に背骨がへし折れている形に。
「すっトロいわあっ!」
 咆哮とともにバルトスが足を振り抜いた。
 ドガァッ! ドッ、ドバッ!
 ボールのように吹き飛ぶ頭目。
 地面を跳ねながら、白い砂煙を巻き上げる。
 防砂壁を蹴り、凄まじい勢いで加速したバルトス。頭目との距離を一拍で詰め、回し蹴りを叩き込んだのだ。無茶苦茶だった。
 バルトスが一回転して地面に着地する。
「お嬢さん、こいつを頼む」
「はい?」
 目の前に差し出されたカゴを、アイディは両手で受け取った。
 中にはトマトが入っている。頭目の持っていたカゴだった。蹴った瞬間に奪い取っていたのだろう。衝撃でぐちゃぐちゃになりそうだが、特に潰れてもいない。
「ぬぅぅぅぅん!」
 風が吹き抜け、砂が舞い上がる。
 砂煙を切り裂き、頭目が飛び上がった。見る限り傷はない。くるくると回転しながら宙を舞い、着地する。バルトスとの距離はおよそ五十メートル。
「さすがは総括官」
 黒い瞳でバルトスを見つめ、口を開く。
 バルトスは獰猛な笑みを見せた。牙のような犬歯を剥き出し、
「我が輩が誰であるか、まさか知らないわけではないだろう? 野良猫一匹に遅れを取るような生ぬるい鍛え方はしてない。市内腕相撲大会五連続優勝を舐めるなよ?」
「市内腕相撲大会……?」
 脇に抱えられたまま、アイディは首を傾げる。
 風が吹き抜けた。
「しかし、私も引くわけにはいかないのだよ。目からビーム!」
 見開いた両目から放たれる、黄色いビーム。
「ぬるいわあああ!」
 バキィン!
 バルトスはそれを腕の一振りで打ち払った。金属の砕けるような音を響かせ、黄色い光の奔流が明後日の方向へと飛んでいき、爆発とともに白い砂煙を舞い上げる。
 頭目が大きく口を開く。
「アァンド、口からバズーカッ!」
「ふんっ!」
 バヂンッ!
 口から放たれた赤い光線を、バルトスは同じく腕の一振りで払い飛ばす。
 目の前で爆ぜる光の破片に、アイディは固まっていた。逃げ出したいのだが、バルトスの腕ががっしりと締められているため、逃げることもできない。
(クラウさん、どこにいるんですかぁ……)
 泣きたい気持ちで基地の防砂壁を見る。
「マトラマジィィィク!」
 がしょん!
 頭目の身体のあちこちが四角く開く。まるで機械のように。
 そして、風斬り音とともに飛び出してくるミサイル。赤い頭と白い胴体、四枚の羽を持つデフォルメされたミサイルが、大量に撃ち出された。どこにどう格納されていたのかは考えても意味のない事なのだろう。
 白い煙の尾を引きながら、雨のように降り注ぐ。
「粉砕の――グランドダッシャー!」
 ドガァゴォン!
 爆音とともに。
 地面から灰色の巨大な岩が突き出した。理術による物質の具現化。数十メートルもある巨大なビルのような岩が、ミサイルをなぎ払う。爆発とともに岩が砕けるが、それを吹き飛ばすように新たな岩が突き出していた。
「ぬぅぅ!」
 細い紐のような腕で、迫る大岩を粉砕している頭目。
 しかし、押されているのは明らかだった。
「さすがに分が悪いか――」
 身を翻し、街の方向へと飛ぶ。
 が。
「逃がすと思うかァ! 断崖のストーンウォール!」
 バルトスが右手を振り上げ。
 轟音を響かせ、地面から岩の壁が現れた。頭目の進路を遮るように、高さ百メートルはあるだろう巨大な壁が作り出される。理力を固めた壁――いや、もはや山だった。
「むぅ――!」
 頭目が動きを止める。
 バルトスが腰に差していた斧を抜いた。木の柄に鋼の刃を取り付けた斧。厳つい代物だが、特別なものではない。それを横に突き出し、
「来い。魔斧ディアボリック・ファング――」
「構成変換ですか……」
 思わずアイディは呟く。
 頭から崩れていく斧。と同時に再構成がなされていく。物体を分解し、別のものへと再構築する構成変換と呼ばれる高度な術だった。普通なら一人で使えるものではないが、どういう仕組みか、バルトスはそれを実行していた。
 牙か爪を思わせる巨大な刃を持つ斧。目や歯を剥いた口のような意匠が施されている。
「ぅおおおおおおおあああああ!」
「ひっ!」
 アイディは息を止めた。
 桁違いな理力が、斧に収束している。いや、理力のようで理力とは違う力。まるで爆発する火薬のような力である。それは漆黒の渦となり、斧を包み込んでいった。
 空気が軋み、大地が揺れる。
 バルトスは斧を振り上げ、大きく踏み込んだ。
「ワールド・デストロイヤァァァ!」
 ボッ……!
 黒い衝撃派が――
 大地をなぎ払う。
 白い砂を削り、大気を引き裂き、バルトスが作り出した巨大な岩の壁を、紙のように切り裂き吹き散らした。壁の前に立っていた頭目ごと。圧倒的な破壊力だ。もはや人間とは思えない。一体何をしたらこれほどの力を作れるのか。
「あああああ……」
 両目から涙を流し、アイディはただ意味のない呻きを漏らしていた。
 黒い輝きが消え、後には何も残っていない。漂う砂煙と、大きくえぐり取られた地面。バルトスが作った岩や壁は跡形もなく消し飛んでいる。
 畑を消し飛ばすとまずいと言っていたが、その言葉は嘘では無かった。
 斧を担ぐバルトスに、掠れ声で抗議をする。
「やり過ぎですよおおおお!」
「む?」
 バルトスが眉を寄せた。視線を動かす。
「エネルギー充填百二十八パーセント」
 聞こえてきた声は頭目のものだった。
 視線を動かすと、空中に頭目が浮かんでいる。所々焦げているが、大きなダメージは見られない。大きく開いた口から、白い輝きが漏れてた。莫大な魔法力が収束する。
「くく。来るぞ」
 バルトスがにやりと笑うのが分かった。
「拡散波動砲――発射!」
 光が、爆ぜる。
 不意に全身に大きな加速度がかかった。
 放り投げられた。そう理解した時は、アイディは空中にいた。
 一拍遅れて。
 ドォォン!
 大爆発が起こる。音が消えたかと思うほどの音圧。何度目かの爆音とともに、白い砂が巻き上げられ、爆風が吹き抜けた。巻き上がる白い炎。もし街中だったら十区画くらいは壊滅しているだろう。
「収束波動砲!」
 バオッ!
 閃光が再び撃ち込まれ、大爆発。
「広角波動砲!」
 ドゥッ!
 閃光、そして大爆発。
「超波動砲!」
 ゴゥッ!
 閃光が大地を切り払い、白い炎が吹き上がる。
「何ですか、これ? 何ですかこれ、何ですかこれえぇええぇ!」
 空中で上下逆さまになりながら、アイディは悲鳴を上げた。吹き抜ける砂を帯びた熱風。立て続けに撃ち込まれた破壊光線。もし自分がこの攻撃を受けていたら、跡形もない事は容易に想像が付く。
 しかし、バルトスは無事なのだろう。さきほど浮かべていた不適な笑みを思い出し、アイディはそう確信していた。
 地面に目を向ける。およそ百メートルの高さ。
「ロックバードマントッ!」
 アイディは手早く術を組み上げ、それを放った。
 赤いマントが白く染まり、肩から羽根飾りが生える。自身にかかる重力加速度をほぼゼロにする理術だ。落下速度が急激に低下し、ゆっくりと地面に落ちていく。
「あぁ。これからどうなっちゃうんでしょう?」
 ため息とともに、燃え上がる白い炎を眺めた。
 視界に入る黄色い影。
「いやぁ」
「はぅ」
 すぐ真横で片手を上げた頭目に、アイディは肩を跳ねさせた。

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14/1/22