Index Top 第3話 寄り道のお仕事 |
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第1章 行き先は東 |
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風が吹き、茶色の髪の毛が揺れる。 「風が気持ちいいです」 助手席に座ったまま、アイディは流れる風を頬で感じていた。 道路を走る灰色の四輪駆動車。全体的に角張った無骨な見た目である。都市軍で使われている軍用車だ。塗装剥げや傷など、使い込まれた跡が目立つ。屋根は格納式で今はオープンカー状態であるため、風が直接顔に触れる。 運転席でハンドルを握っているのは、クラウだった。 「この車、どうしたんです?」 「お前を連れて移動するには、車は持ってた方がいいだろうから、古いの借りてきた。さすがに歩いたり走ったり跳んだりの移動はマズいだろうって」 片手を上げる。砂色の髪の毛が風に吹かれ跳ねていた。 「この道は、農林水産基地ですよね?」 アイディは道を見る。車は東中央道路を第二東門へと向かっていた。遙か先に見える白い巨大な防砂壁。門を抜け、東に十キロほど走った場所には、農林水産基地が作られている。行き先はそこで間違いないだろう。 「フォトゥルナ公社。この街じゃ一番大きな組織だよ。規模的にも面積的も」 正面を眺めながら、クラウが頷く。 農業や林業、漁業、畜産業など、いわゆる一次産業全般を取り扱う組織だ。水源管理局や電力委員会など並ぶ人間の生活の根幹を支える基盤産業である。街の外には、巨大な生産施設が作られている。 アイディは首を傾げた。 「でも、クラウさんが何故農林水産局に? いまいち関連性が分からないのですけど」 魔獣キマイラ退治を主な仕事としているクラウ。それが農林水産基地に行く理由がいまひとつ思い浮かばない。守護機士は非常に広い関係網を持っているので、アイディが知らないだけで何かしらの関わりがあるのかもしれない。 「そこの知り合いから呼ばれてる。理由はまだ聞いてない」 「知り合い……」 その単語に、アイディは背筋が粟立つのを感じていた。 流れてくる土と植物の匂い。 広大な土地に農場や植林場、牧畜場、水産養殖場などが作られている。街で消費される食料や木材の多くはこの場所で作られていた。生産工場で大量生産されるものから、屋外で生産されるものまで種類は多彩である。 農場地区の入り口にて。 「ようやく来たか。待っていたぞ、クラウ・ソラス!」 アイディとクラウの前に現れた厳つい男。 ドン、と持っていた斧を地面に下ろした。木材伐採用のまさかりのようだが、通常のものよりも刃が二回りほど大きい。重量も相応だろうが、それを苦にしている様子もない。 「この人ですか……? ですよね……」 驚き半分諦め半分で、アイディは現れた男を見つめた。 年齢五十ほど。彫りの深い顔立ちと、肩下まで伸びた癖のある髪の毛、ボーダーハットのような天井の平たい麦わら帽子をかぶっている。筋骨隆々な岩のような体躯、デニム地の青い上着と黒いズボンという服装で、前掛けを付けていた。 何に使うのか、右手に大斧を持っている。 「変わらず元気そうだな」 「ふはははは! 当たり前だ。我が輩を誰だと思っているのだ!」 疲れたようなクラウに、笑いながら男は答えた。 視線を向けられ、アイディは息を止める。猛獣のような威圧感。別に敵意を向けられているわけでもないのに、ただ意識を向けられるだけで気圧されてしまう。 「そちらのお嬢さんが噂の書記士か。うむ、なかなか可愛い娘さんだ」 「あ、ありがとうございます」 とりあえず礼を言うアイディ。既に自分の事は噂話としてあちこちに広まっているようだった。噂は千里を走るということわざの通りだろう。 「書記士のアイディ・ライトです。初めまして」 簡単な自己紹介をしてから一礼する。 「おう、よろしく!」 にやりと獰猛に頬笑み、男が頷いた。 「そうだ。自己紹介がまだだったな。我が輩はバルトス。フォトゥルナ公社農業部門統括官だ。この農耕地区全て管理することが、我が輩の仕事だ。普段は畑を耕したり、品種改良の研究をしている。話すと長くなるが、機会があれば色々と説明しよう」 と、畑に目を向けた。 多数の野菜が植えられた緑色の土地が地平線まで続いている。土壌栽培の野菜であり、機械による自動管理がなされていた。白い砂は見えない。茶色の土の多い場所は異星のような印象を受ける。 クラウの声にアイディは意識を戻した。 「それで、僕を呼んだ用件は何だ?」 「用件を言う前にひとつ聞いておくことがある。貴様、その剣は何だ?」 麦わら帽子のツバを指で動かしてから、バルトスがクラウの背に指を向ける。 大きな両手剣を一降り、クラウはベルトで背中に担いでいる。柄も含めた全長は、大人の背丈ほどだ。クラウ・ソラスを一回り小さくしたような見た目で、鈍い砂色の鞘に収められていた。 最近はこの剣を持ち歩いている。 「予備だよ。ムラサキに折られて今修理してる」 ため息混じりにクラウが答える。 四日前、西の鉱山でムラサキと戦った際に、一刀獣の攻撃を受け止め折れてしまった。守護機士の武器とはいえ、通常の物質なので折れることはある。人間に折られるというのは聞いたこともないが。修理には時間がかかるらしい。 自己修理が終わるまでの、予備の剣だとクラウは説明していた。 「あんな小娘に剣を折られるとは。何をやっているのだ、貴様は……」 顔をしかめ、バルトスは左手で額を押さえた。が、すぐに話題を切り替える。 「まあいい。貴様に頼みたい事は簡単だ。野菜泥棒の野良猫を一匹捕まえたい」 「野菜泥棒?」 クラウが訝しげに聞き返す。 農林水産基地は都市区から二十キロ離れている。個人の家庭菜園などではない。野菜泥棒に入ろうとして入れるものではなかった。 「ああ。野菜泥棒だとも、あの野良猫めが!」 ドン! 足を地面に叩き付ける。微かに地面が揺れたような気がした。 右手の指を鉤爪のように曲げ、バルトスは吼える。 「どこからか入り込んできて、我輩たちが手間暇掛けて育てた野菜を盗んで行くのだ! 全くもって腹が立つ! 代金のつもりか金は置いていっているが――ァしかぁし、それで許されるほど世の中甘くはないわ! とっ捕まえて三味線にしてやる!」 軋むような音を立て、拳が握り込まれる。 「それで僕に野良猫を捕まえてほしい、と?」 荒ぶるバルトスに、冷静にクラウが告げた。 「正確には手伝いだ」 バルトスが訂正する。 「我が輩が直接捕まえればいいのだが――野良猫一匹捕まえるのに、長時間仕事をすっぽかすわけにもいかんのでな。なにぶん我が輩もこう見えても忙しい身だ」 「まるで僕が暇人みたいな言い方だな……」 半眼でクラウが指摘した。守護機士の主な仕事はキマイラの破壊である。訓練や会議、書類作成なども行っているが、空いている時間は多い。 腕を組み、バルトスは目を細めた。 「そこそこ手が空いていて、荒事の得意で、なおかつある程度加減の利くヤツは、他に心当たりがないのでな。我が輩が全部やってもいいのだが……我が輩は手加減が苦手だ。畑消し飛ばすのは、マズい」 「この人も――」 乾いた笑みを浮かべ、クラウを見る。 無言でクラウが頷いた。 「やっぱり……」 何度目かの常識の砕ける音を聞きながら、アイディは肩を落とした。つまりはそういう事なのだろう。人の姿をした人間外。この街には多いらしい。 バルトスが、クラウとアイディを順番に見る。 「そういうわけで、野良猫の捕獲をお前たちに頼みたい。今までの経験からすると、大体今日か明日やってくるはずだ。そこを現行犯で捕らえる!」 「あのあの。達って、さらっとわたしも人数に入ってますよね?」 アイディは挙手するように右手を上げた。いつの間にかアイディも野良猫捕獲手伝い要員に含まれている。 「安心しろ。しっかりと金は払う」 きっぱりとバルトスは言い切った。 問題点はそこではないのだが、アイディが口を挟む前に話を進めている。 「クラウ一人では心許ないからな。お嬢さんも一緒に野良猫捕獲の手伝いをしてほしい。書記士の能力ならば十分だろう? なに、難しいことではない。怪しい猫を見つけたら我が輩を呼ぶだけで構わん。あとは我が輩が始末する!」 凶暴な笑みを浮かべ、拳を固めていた。本気で始末する気である。 アイディが目を向けると、クラウは苦笑いをして首を振った。拒否することも逃げることもできない。諦めて手伝いをしなければならないようだった。 仕事と割り切って、アイディは質問をする。 「さきほどから野良猫と言ってますけど、どういう野良猫なんでしょうか?」 さきほどから感じていた疑問。 野菜泥棒の野良猫。それが具体的にどのようなものか、アイディには想像できなかった。猫がやってきて野菜を盗んで、さらにお金を置いていく。その図を想像してみるが、現実味がない。アニメか人形劇のようなものだった。 眉を寄せ、小声で呻く。 「いえ、そもそも猫なんですか?」 「そうだな……」 顎に手を当て、バルトスが首を捻った。片目を閉じ、親指で三度顎を撫でてから、アイディに向き直る。あっさりと言った。 「本人が猫だと言い張っているのだから、猫なのではないか?」 「それ絶対猫じゃないですよね!」 アイディは即座に反論する。 |
14/1/10 |