Index Top 第2話 二日目のお買い物 |
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第7章 ムラサキの秘密 |
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「な、なんで……こんなものが……」 擦れた声でアイディは呟いた。他に言葉が思い浮ばない。 無造作に置かれた大きなガラス細工。地味な見た目だが、ムラサキの言っている事が確かなら、滅多に見られないものだ。キマイラの核部分。普通に生きているなら一生目にすることはない。書記士という職業でも、まず見ることはない。 「研究材料だからね。あたしの本当の本業。キマイラの研究。すごいでしょ?」 ムラサキが微笑む。得意げに。 アンリミテッド一族は、惑星開拓黎明期にキマイラの研究をしていた。あくまでもそれは人間をキマイラから守るための研究である。アイディはそう考えていた。だが、予想以上に深く踏み込んでいたらしい。 「これ、一体どうやって手に入れたんですか?」 こわごわとコアやクリスタルを見つめ、訊く。 「んー。簡単よ。キマイラ見つけたら、外側あらかたぶっ壊して、機能停止状態になった核部分を拾って帰る。以上」 「さらっと言わないで下さい!」 涼しげに言ってのけたムラサキに、アイディは勢いよく人差し指を向けた。買い物にでも出掛けるような気楽さで言っているが、普通の人間には不可能な芸当である。普通の基準も既に曖昧なのだが。 ムラサキは目蓋を下げ、頬に手を添える。黒い髪が揺れた。 「クラウもアルベルも、都市軍の人間も――みーんなコアぶっ壊したがるのよね。これ、色々素材として使えるのに、もったいない……」 机の上のコアを掴み上げる。 濃い紫色の球体。直径は五センチくらい。中心分が外側よりも暗い色合いになっている。大きなビー玉と言えば納得できるような淡泊な外見。 肩を落とし、アイディは口を動かす。 「普通は壊しますよ。災害の魔獣の核なんですから。この状態でも生きてますし、エネルギー加えれば、キマイラが生まれるんですよ?」 キマイラはコアだけになっても生きている。機械で言うなら電源を切られたような状態であり、ここから再起動術式と適当な材料、何かしらのエネルギーを加えれば、それらを取り込んで大型のキマイラにまで一気に変化する。再起動術式などはアイディもそういう仕組みがあると知っているだけで、具体的な方法は知らない。第一級機密である。 口の端を持ち上げ、ムラサキが目を細める。 「でも、その危険性を差し引いても、コアとクリスタルは非常に優秀な材料よ。単純な硬度を利用してもいいし、内部エネルギーを利用してもいいわ。干渉力を理術に応用してもいいわね。取り扱い許可持ってるのは世界中探してもそんなにいないけどね」 コアを机に置く。 危険物である事を除けば、非常に有用な材料だ。極めて高い硬度を持つコア・クリスタル。膨大なエネルギーと現実干渉因子を持つエンド・コア。あくまで非常に危険な代物である事を除けば、であるが。 「たとえば、これ」 ムラサキがベルトから魔弾とボトルを抜き取った。召喚獣、一刀獣。いわゆる必殺技であり、凄まじい破壊力を生み出す大型理術の材料。 「このソイルとミストの主原料ってエンドクリスタルなのよ」 魔弾とボトルが、微かにきらめいた。 ぼんやりとその力の出所を理解する。あれほど膨大なエネルギーを持つ物質が何なのかは気になっていた。キマイラ由来の物質であると考えれば納得が行く。 天井の蛍光灯が照らす室内。機械の音だけが静かに不気味に響く。 「地下大河のキマイラも目付けてたんだけどね……」 頬に手を添え、つまらなそうに眉を下げた。 昨日の一件に関する事だろう。アルベルはクラウを協力に呼んで退治していたが、ムラサキもコア採集のために狙っていたようだ。 キマイラの研究は難しいのだろう。 ただ、結局理解できないことがひとつあった。 「それをわたしに言って、ムラサキさんは何を企んでいるのですか?」 アイディの問いに、ムラサキは頷く。瞳に映る光。この質問を待っていたようだ。 「当たり前だけど、あたしの研究には壊れていないコアが必要なの。でも、みんなキマイラ倒すときはコア壊しちゃうのよ。あたしみたいにコアだけ残して破壊なんて、意外と技術必要だし、コア壊す方が確実なのは分かるんだけどね」 緩く腕を組んで吐息する。 軍隊でも守護機士でも、キマイラとの戦いは核を壊すことを最終目的とする。キマイラの破壊が目的だからだ。普通に戦えばコアを削り出すような戦い方はできない。 「でも、研究材料をみすみす壊されるのは、お姉さんちょっと気に入らないのよ」 薄く微笑み、眉を内側に傾ける。人差し指を動かし、 「クラウの側にいるなら、キマイラの発生情報もすぐ手に入るでしょう? それをあたしに教えて欲しいの。あたしがクラウより先にキマイラ見つけて、コア取るから」 「それは、教えられません。クラウさんの持つ機密情報を外に漏らすことは禁止されています。わたしも天空人ですし書記士です、拷問されても答えません」 口元を引き締め、宣言する。 書記士は記録対象の情報を外に漏らしてはいけない。誰にでも言えるものなら構わないが、機密に関わるものなら、たとえ拷問されても口外してはいけない。キマイラの発生情報は機密に含まれる。 「残念ね」 肩を竦めるムラサキ。 気配を感じ、アイディは視線を動かした。 部屋の入り口に立っているクラウ。所々砂で汚れている。穴に落ちたアイディを追い掛けてて言ったとムラサキから聞いていた。 「アイディ、無事だったか――」 「はい。ムラサキさんに助けてもらいました」 安堵するクラウに、アイディは返す。 「ケガも無さそうだし、よかった」 クラウは身体に付いた砂を手で払う。 それから半分目蓋を下ろし、ムラサキを睨んだ。 「で、お前は何を企んでいるんだ?」 子供の悪戯を諫めるような口調。クラウとムラサキは、ムラサキがまだ子供だった頃から付き合いがあるらしい。その性格は十分に知っているのだろう。昔からムラサキの行動に頭を痛めている様子が伺える。 「キマイラの情報売って貰おうと持って」 「無理だろ」 にっこり答えるムラサキに、クラウが即答した。 笑顔を引っ込め、ムラサキが続ける。 「いや、ほらねぇ。一年で一個くらいってのは効率悪いから、せめて年十個くらいには増やしたいかなーって思って。やりたい事は色々あるのに、材料が少なくてねー」 ぱたぱたと手を動かす。 井戸端会議をしているおばちゃんの姿が脳裏に浮かんだが、アイディは表情を変えぬままムラサキを見つめていた。下手に顔に出すと、埋められるような気がした。 一応言っておく。 「年十個ってのはさすがに無理だと思いますよ」 キマイラの発生頻度はそう高くはない。場所にもよるが半年に一体、多い時でも二ヶ月に一体くらいの割合である。一年に十体以上でることはない。 「余所じゃ無理だけど、この近辺はキマイラの出現率多いから大丈夫よ。年に二十体くらい出てくるし。キマイラ発生の中心核近所にあるっぽいからね」 「はい?」 思わず声が出る。 「待て――」 「あ。これ言っちゃいけなかった?」 ムラサキは瞬きをする。 無言のクラウ。それは肯定だった。 「あら、ごめんな――むにゅうううぅぅ!」 ムラサキの口から漏れるおかしな声。クラウの右手がムラサキの顔を掴んでいた。頬を左右から締め付けられ、くちばしかタコのような顔になっている。慌ててクラウの腕を掴み返しているが、素の腕力ではクラウの方が上らしい。 一度目を閉じ、クラウはアイディに視線を向ける。 「今のは聞かなかった事にしてくれ」 「はい」 頷く。頷くしかない。 「どりゃぁ!」 バオッ! 空を切り裂くムラサキの爪先。 凄まじい勢いで振り抜かれた脚。残像がぎりぎり見えるほどの速度である。クラウの顎を狙ったようだが、クラウは寸前のところで後ろに飛び退いていた。 吹き抜けた風に書類が散り、本のページが跳ねる。 普通の人間が喰らっていたら、頭が首から外れていたかもしれない。 「まったく。デリカシーの無い……」 ムラサキが口を押えている。さすがに痛かったようだ。口を開いて閉じて、顎を左右に動かす。骨などに問題は無いようだ。 唇を軽く舐め、ムラサキはアイディを見た。 「ま、この書記士さんなら平気でしょう? 機密事項は喋らないように教えられてるし、訊く人もいないから。大丈夫よ」 「そういう問題じゃない」 冷静に返すクラウ。 アイディは何も言わず、今起こった事を頭の機密事項フォルダに放り込んだ。キマイラ発生の中心核が近くにある。それが何を意味するのか。この街が特殊である事の理由のひとつだろう。もっとも、アイディが知る事ではないようだ。 誤魔化すように指で頬を掻き、ムラサキはポケットに手を入れた。 「あと、これね? アダマンタイト」 小瓶を取り出す。 オリハルコンが入っていたものと同じような小瓶。中身は銀色の粉だった。 クラウが小瓶を受け取り中身を見る。 それからジト眼をムラサキに向けた。 「最初から持ってただろ、コレ」 「女の子の嗜みよ」 片目を瞑り、ムラサキは人差し指を動かした。 |
13/9/12 |