Index Top 第2話 二日目のお買い物

第6章 再登場!



 ぱたぱたと手を動かしながら、マオは脳天気に言ってきた。
「中層砂の調査をするために地下の研究室を借りていたのですが、うっかり進入禁止の穴に入ってしまったらしく、半日くらい彷徨っております」
「…………」
 アイディは目を閉じる。
 マオが道順を知っているかもしれないと期待したのだが、それは無理そうだ。結局迷子という状況は変わっていない。その割にマオに危機感は見られない。もしかしたら何かしらの解決案を持っているのかもしれない。
「戻れるアテあるんですか?」
 目を開けて訊いてみる。
 マオが顎に手を当て考える仕草を見せた。
「適当に歩き回ってたら戻れるのではないかなーと思っていたのですが、イヤハヤそう上手くは行かないもんですな。はっはっ!」
 と笑う。
 アイディは頭を押えた。単純に楽観的な性格らしい。
「あ、そうだ」
 ぽんと手を打つマオ。そこはかとなく芝居がかった動作である。意図的にやっているものではなく、そういう癖なのだろう。
「何です?」
 アイディの問いに、ぴっと人差し指を立てた。
「さっきのハンマーで壁思い切りぶっ叩いてみて下さい。音に気付いて、こっち来てくれるかもしれません。地下ではよく振動響きますからナ」
「それはいいかもしれません」
 素直に頷く。
 密度の高い地中では空気中よりも振動がはっきりと伝わる。大きな衝撃を打ち込めば、その振動は広範囲に広がる。ムラサキなら振動を拾う技術も持っているだろう。地中では視界は利かないので、音や振動を頼るのが定石である。
「メガトンハンマー」
 理力が収束し、銀色のハンマーを作り上げた。長さは百三十センチほどで、ヘッドの直径は二十センチほど。重量物を破壊するための道具である。
「せーのっ」
 アイディはハンマーを振りかぶり。
 ガゴォンッ!
 ヘッドが床を叩き、坑道が揺れた。砂岩の床から壁、天井まで亀裂が走る。崩れた砂岩の破片や砂が、床に落ちた。坑道が崩れない程度に、理力の出力は落としている。
 衝撃音が坑道の奥へと消えていった。
「これで気付いてくれるといいのですが――」
「どうでしょうナ?」
 アイディの呟きに、マオが応える。
 ひとまず思いついた案を実行してみた。成功すればよし。失敗ならば別の手段を考えないといけない。ムラサキがいくら早く地中を移動できるといっても、来るまでにはそれなりの時間を要するだろう。
 そんな事を考えていると。
 ぼこっ。
「あ。いた」
 穴の空く音と、聞き覚えのある声。
 アイディとマオが同時にそちらに向き直る。
 少し離れた天井に穴が空き、そこからムラサキが逆さまに顔を覗かせていた。黒い髪が真下に向かって垂れているが、何故か帽子はくっついたままである。真上から掘り抜いてきたようだった。
 ムラサキが穴から飛び降りた。空中で一回転し、両足から着地する。
 右手にスコップを持ち、左手にはツルハシを持っていた。傘は腰の後ろに差してある。
「書記士さんはともかく、何でマオさんも一緒にいるのかしら?」
 不思議そうにマオを眺める。
 照れくさそうに頭を掻きつつ、マオは答えた。
「いや、仕事に集中するあまり立入り禁止の坑道に入ってしまい、そのまま道に迷ってしまったようです。半日くらい彷徨ってました」
「まったく、相変わらず仕事熱心ですね……」
 ムラサキはため息をつく。以前に似たようなことがあったのかもしれない。ただ、あまり興味はないようだった。
「クラウは一緒じゃないの?」
 マオとアイディを順番に眺めて、そう訊いてくる。
「ムラサキさんと一緒じゃないんですか?」
「穴に落っこちたあなた探して行っちゃったわよ。あたしの所に手紙飛ばして」
 スコップを床に突き立て、ポケットから折り畳まれたメモ用紙を取り出した。薄い理力が込められている。転送の術。手紙などの小さなものを目的地まで飛ばす理術だ。アイディが穴に落ちた事を手紙でムラサキに知らせ、自分はアイディを探しに向かう。
 しかし、アイディの所に来たのはクラウでなくムラサキだった。
「おお、クラウ殿が来てるのですカ。でも、あの人穴掘りはそんなに得意ではなかったような気がするのですが? キマイラって地下に出ることはないですし」
 マオが腕組みをしている。構造上キマイラは地上に出現するものだ。時折空に、稀に地下大河に現われる。だが、地中に現われたことはない。
「一応掘削用の理術は使えるけど、今どこにいるかしらね?」
 頬に手を添え、ムラサキが首を傾げている。あまり心配しているようには見えない。いや、全く心配してないだろう。クラウは何があっても平気とムラサキは考えている。さきほどの決闘のように。
「でも、大丈夫じゃない? そのうち来るわよ。あいつだって子供じゃないんだし。あたしたちは先に行ってましょう」
 とツルハシを持ち上げる。
 ぱっと手を挙げるマオ。学生が発表する時のように。
「一応言っておきますけど、ワタシ垂直方向に移動とかできないですからネ」
 声には若干の焦りが浮かんでいた。
 変な格好をしているが、マオはただの学者である。数十メートルの跳躍を行ったり、水面を走ったり、数秒で地面に大穴を開けたり、非人間的な機動力は持たない。
「わかってるわよ」
 片目を瞑ってから、ムラサキは手近な壁に向かい。
 ズババッ、ザスッ!
 一瞬で壁が砕かれ、穴があき、ムラサキの姿が奥へと消えていく。砕かれ切られた砂岩が、どこかへと消える。空間格納術を用いた掘削。二メートル四方の四角い穴が、横に伸びていき、ムラサキは穴の奥へと消えていった。
 冗談のような掘削速度に、アイディは乾いた笑みを浮かべた。
「本当に機械真っ青の速度ですよね」
「子供の頃から趣味と聞いています」
 他愛も無い話をしながら、アイディはマオとともに新しく開いた穴へと足を進めた。



「ようこそ、第六地下倉庫へ」
 両腕を広げ、ムラサキが笑顔で出迎える。
 横に進み、螺旋状の坂を上り、また横に進み、坂を上り、下り、別の坑道にたどり着き、そこから三十分ほど歩いた場所だった。
 それなりに拾い空間である。実験器具やら本などが置かれた棚と様々な鉱石。倉庫というよりも小さな研究室だ。中央のテーブルには実験器具や鉱石が無造作に置かれている。電気や水も通っているらしい。天井には蛍光灯があり、部屋の隅には水道もあった。
「倉庫というよろも、研究室ですね」
「昔は倉庫だったんだけどね」
 アイディの呟きに、ムラサキは笑って答えた。
「デハ、ワタシはこれにて失礼します。調査がまだ途中でしたから」
 マオが手を向けた先には、昇降用エレベーター行きと書かれた札がかけてあった。普通にどこからか通じるエレベーターはあるようだ。いちいち穴を掘って移動は無かっただろう。今から言っても仕方ないが。
「じゃあねー」
「お仕事頑張って下さい」
 アイディたちの言葉に送られ、マオはエレベーターの方へと歩いていった。揺れる紫色のマント。それもすぐに見えなくなる。
「色々なものがあるんですね」
 アイディは改めて部屋を見る。
「研究用に持ち込んだものも多いわね。会社の研究室じゃできないような、ちょっと機密な事もしてるから。興味あるかしら?」
 ムラサキが目を細めた。悪戯っぽいような軽さで、どこか底知れぬ不吉さを移す瞳。機密、という単語が意識に引っかかる。公の場で行えないような研究。第二級機密以上のものだろう。
 居心地の悪さを覚え、アイディは視線を逸らし。
 気付く。
「?」
 机の上に置かれているもの。
 透明な石や赤い石。緑色の石。それらの中に置かれている、大きな無色透明の欠片、そして濃い紫色の球体がふたつ。鉱石のように見えるが、石とは雰囲気が違う。
「これって……?」
 大量の記憶から引き出される情報。
 何度か写真と映像で見た。そして、つい昨日、実物を見た。そんな気がする。
 パチと、ムラサキが指を鳴らした。
 目を向けると、楽しそうに微笑んでいる。
「エンド・クリスタルとエンド・コアよ。実物は始めてみるかしら?」
「え?」

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13/9/5