Index Top 第2話 二日目のお買い物 |
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第5章 地下で出会った男 |
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地表から五十メートルほど降りてから、穴は真横に進んでいた。二百メートルほど移動してから、斜めに三百メートルほど。さらに横方向に穴が伸びている。 「クラウさん」 「何だ?」 声をかけられクラウが振り向いてきた。 アイディの傍らに浮かぶ理術の灯り。カンテライト。 穴は四角く横に伸びている。一辺二メートルの四角い穴。縦穴は丸く横穴は四角くしているようだった。灯りに照らされ半砂岩化した砂の断面が白く浮かび上がっている。 壁を手で撫でながら、アイディは感心していた。 「凄いですね、この穴。原理はよく分かりませんけど、きれいに砂岩切ってありますし、表面も崩れないように理術でコーティングしてありますし、空気もきれいですし」 どのような技術か、きれいに四角く掘られた穴。壁は表面に理力の膜が作られており、崩れないようになっている。また、風の術による換気もなされていた。単純に穴を掘るだけでなく、並行して多彩な作業を行っている。 「あいつ、穴掘りが趣味だからな」 苦笑いをしながら、クラウが砂色の髪の毛撫でる。 アイディは正面に目を向けた。灰色の砂の廊下が遙か先まで続いている。現在自分がどこにいるのか、全くわからない。水平方向の座標も、垂直方向の高さも。 「これ、どこまで続くんでしょう?」 「僕も知らん」 言いながらクラウは穴の奥へと進んでいく。 小さく吐息し、アイディは脚を踏みだし。 ぼこっ! 真下からそんな音が聞こえた。 「ふぇ?」 気の抜けた声が漏れる。急に重力が消えた。明るかった空間から、暗い空間へと身体が引きずり込まれる。突然の事に思考が追い付かない。 「おい!」 クラウが走ってくる。 だが、遅かった。 足元から突き抜ける衝撃。 ドドドドド 「ああああああっ! なあああああっ!」 悲鳴を上げながら、アイディはごろごろと坂を転がっていく。坂というよりは傾斜の緩い崖だ。咄嗟に手足を丸め、術で全身を防御する。 ガッ、ガコ、ガガガ…… 壁にぶつかり、垂直に落ちて、また転がり、壁にぶつかって。 「んんんんんっ!」 真っ暗な闇の中、ただ落ちていく。それほど長い時間ではない。一瞬だったような気もする。ただ、時間の感覚はおかしくなっていた。 不意に視界が白くなる。 ドン。 「うぐぅ」 呻き声が漏れた。壁にぶつかって止まる。 アイディは上体を持ち上げ、顔に手を当てた。手に触れる硬く丸い感触、 「あっ。眼鏡は無事ですね」 眼鏡が外れていないことを確認し、身体に意識を向ける。あちこちが痛むが、文句は言っていられない。五指は動く。手足も動く。防御したおかげで骨折などは無かった。 「ここ、どこですか?」 三メートル四方の通路のような穴。大きさこそ違うが、上で歩いていた穴と同じような穴である。壁には数メートルおきに松明のようなものが刺してあり、明かりを生み出していた。 アイディの正面には穴が開いている。 「この壁はムラサキさんが掘った壁ですよね。掘削機械ではこうきれいな壁にはならないですし。とりあえず戻らないといけませんね」 その場に立ち上がり、正面の穴に近付いた。直径一メートル半ほどの丸い穴が斜め上に伸びている。ムラサキが掘った穴だろう。自分はここを通って落ちてきた。 「この穴登っていけば――」 ドバッ。 咄嗟に飛び退くアイディ。 穴から大量の砂があふれ出す。上の方が崩れ、砂が流れてきたようだ。通路を埋めるほどではないものの、アイディが通ってきた穴は完全に埋まってしまってる。 「……登れませんね、どうしましょう?」 肩を落とし、自問した。 地中を移動する理術は使えない。穴を掘る程度である。仕事の流れとして空中を移動するような状況は想定したが、地中を移動することは想定していなかった。 アイディは人差し指を咥え、外に出す。右側がひんやりとした。 「歩いていれば、どこかに着くと思います。灯りも設置してありますから、使われている坑道だとは思いますけど」 自分に言い聞かせるように言ってから、風の来る方向へと歩き出した。 ひたすら歩く。 時折坂になったり左右に曲がったりしているが、基本的に代わり映えのない四角い穴である。作られてから時間が経つのか、所々に壁から崩れた石が落ちていた。 「うーむ」 アイディはノートタブを見つめる。 そもそも今時分がどこにいるのかもわからない。ノートタブの測位システムは機能していない。衛星の電波は地下までは届かない。加速度センサーによる位置測定も穴を転がり落ちたことが原因で大幅にずれてしまっている。 位置測定はあくまでも補助的な機能であるため、あまり高性能ではなかった。 「もしかして、こっちはハズレだったでしょうか?」 ノートタブをマントにしまい、声に出さずに愚痴る。 「!」 アイディは足を止めた。 曲がり角の向こう側に人の気配がある。壁に設置された松明とは色合いの違う光が漏れていた。壁の向こう側に誰かがいる。クラウではない。ムラサキでもない。 音もなく唾を飲み込み、アイディは両手を持ち上げた。 「メガトンハンマー……」 ずしりと腕に掛かる重量。理力を圧縮具現化させ、銀色のハンマーを作り出す。長さは百三十センチほどで、ヘッドの直径は二十センチほど。何かを殴った瞬間に衝撃を撃ち出す構造であり、重量物の破壊だけでなく、単純に攻撃にも使える。 ハンマーを持ったまま、アイディは前に進んだ。 「そこにいるのは誰ですか?」 「オワっ?」 どこかしゃがれたような癖のある声。 壁の向こう側にいたのは、一人の男だった。やせ気味の身体で血色が悪い。身長百六十五センチほどと、男にしては小柄である。年齢は四十代くらいか。逆立つように後ろに伸ばした黒髪と、何故かかけている三角形のサングラス。背広の上に紫色のマントを羽織っていた。昔話に出てくる吸血鬼のような格好である。 傍らにはカンテラ型のライトが置かれていた。 座っていた石から立ち上がり、驚いたようにアイディを凝視する。 「な、何ですか、そのそんな物騒なカナヅチは? ア。言っておきますけど、ワタシお金とか持っていませんよ。それに、食べても美味しくないですよ!」 両腕を上げて必死に主張した。 アイディは慌ててハンマーを消した。 「いえ、あの……。驚かせてしまってすみません。わたし、強盗とかではありません」 「フム。なら安心ですな」 両腕を下ろし、男は腕を組んで頷く。 言葉が途切れた。 壁に突き立てられた松明の光が揺れている。松明と言っても何かが燃えているわけではない。棒の先端に発光石を取り付けたものだった。化学反応によって数ヶ月以上光を放つ物質である。 数秒してから男が口を開いた。 「どうも、ワタシ地質学者のマオと言います」 「えと、書記士のアイディ・ライトといいます。初めまして」 応じるようにアイディも自己紹介をする。 「ホゥ」 マオは驚いたように目を見開いた。楽しそうに笑いながら両手を合わせ、頷く。 「書記士というと、天空人サマですか。天空人サマをこう間近で見るのは、ワタシも始めてですよ。厳格な方々だと思っていたのですが、思っていたよりも気さくそうですな」 天空都市の者を、敬意を込めて天空人様と呼ぶ人もいる。移民船管理者たちの子孫であり、厳格な規律によって自分たちを律し、現在もこの星の人間の生活を守るために働いている。そのため、純粋に尊敬の念を抱く者が多い。 髪の毛を撫でながら、アイディは照れ笑いを見せる。 「そうですね。わたしは感情がはっきりしているって言われます。天空都市には生真面目な人が多いですから、わたしみたいなのは珍しいです」 アイディの知っている天空人は、みな生真面目であまり感情を表に出さない。アイディのように喜怒哀楽がはっきりしている者は少なかった。 「なるほど」 腕組みして頷くマオ。 「時にアイディさん。アナタ、何故こんな所にいるのですか?」 不思議そうに訊いてくる。 何と答えていいのか迷ってから、アイディはアイディはため息をついて口を開いた。起こった事をそのまま話せばいいだろう。 「ムラサキさんの掘った穴通っていたら、床が抜けてしまいまして、落ちた穴を転がってここに来ました。わたしが落ちてきた穴は砂で埋まって帰れないんです……」 「ほほう。それは災難でしたな」 笑いながら、マオは応えた。 「まっ、破壊神サマはこの辺りを好き勝手掘ってますから、時々掘った穴が埋め忘れた穴にぶつかるんですよ。まったく、あなたも災難でしたな! はっはっは」 明後日の方向に向かって笑っている。 意識に引っかかる言葉。 「破壊神サマって――」 クラウが一番最初にムラサキを破壊神サマと呼んでいた事を思い出す。あれはクラウがそう呼んでいるのではなく、誰かが呼び始めたものを聞いたような口振りだった。 「ムラサキさんの事ですよ。地中を自在に掘り進む姿は、まさに破壊神サマ!」 両腕を広げ、高々と言い切る。そのどこが破壊神なのかはわからないが、マオの思考では両者は繋がっているようだ。アイディの及び知らない論理である。 腕を下ろし渋い笑みを浮かべながら、 「そしてやはり、圧倒的な破壊を行えるから、破壊神サマですね。十年前にこの街の中央大学で巨大な理術ぶっ放したのが、そのふたつ名が生まれた始まりです。ワタシもそこにいたのですが、アレは美しかった……」 目を閉じ、しみじみと頷いている。その時の事を思い出しているのだろう。 ムラサキが言っていた借金の話。中央大学で大型理術を使って実験棟を破壊し、壊した建物は術で修復したが、直せなかった機械の修理代を請求された。 アイディは首を傾げる。 「ムラサキさんも何でそんな事をしたんでしょう?」 「息子さんを侮辱されたからと言っていましたな。確か。詳しくはワタシも知らんのですけど、子供が貶されたら怒るのは、親の人情ですよ。ワタシだって娘の事バカにされたら怒りますからね」 真面目な顔で言う。 「そうなんですか」 アイディは短く答えた。あまり深く訊くことではないだろう。 別の話題に映る。 「マオさんはこんな場所で何してるんです?」 「ただの迷子です」 きっぱりと、何故かやたらきっぱりとマオは言い切った。 |
メガトンハンマー 銀色のハンマーを具現化する理術。全長は百三十センチほどでヘッドの直径は二十センチほど。打撃と同時に衝撃を打ち込む構造。 |
13/8/29 |