Index Top 第2話 二日目のお買い物 |
|
第4章 地の底まで進め! |
|
地面が鳴っている。 風に流れて散っていく白い砂煙。目の前に作られた風の壁が砂煙を防いでいた。二十三番研究室と記された建物と煙の壁との間は七、八メートルほど。 砂煙の奥に見える砂の山。土も混じっているが、大半は固まった砂だ。 「大丈夫ですか、クラウさん?」 擦れた声でアイディは呟く。声は届いていないだろうが。 ぱたぱたと手を動かしながら、ムラサキが口を開く。 「大丈夫よ。あいつがこの程度でどうにかなるわけないでしょう? なんてったって守護機士よ。守護機士。この星の災害から人間を守るために作られた超高性能アンドロイドよ。殺しても死なないわよ」 何故か得意げに言い切る。 守護機士は規格外の力を持つ。キマイラを単身で破壊できるほどに。と聞けばその力を大体想像できるのだが――昨日の今日でアイディはキマイラがどれほど危険なのかいまいち分からなくなっていた。おそらくムラサキも単身でキマイラを倒せるだろう。 「その守護機士と互角以上に戦えるって、どういうことなんでしょうか?」 半眼で見上げる。 強化術を使っていたとはいえ守護機士と真正面から斬り合う力。地面を丸ごと陥没させる技。クラウを吹き飛ばした召喚獣と一刀獣。人間とは思えない。 口元に手を当て、ムラサキが笑う。 「そうね。守護機士って人間を守るために作られた兵器だから、人間相手に本気になることは、まず無いわよ。あたしと戦ってる時もかなり手加減していたわ」 「そうです、よね……」 脱力しながらアイディは納得する。 クラウは本気を出していなかった。だからムラサキが勝てた。そう考えればムラサキの強さも理解できるかもしれない。常識から考えれば十分人外であるが。 「当然あたしも本気じゃないけどね」 「………」 付け足された一言に、アイディは無言で頭を抱えた。 ムラサキがベルトを示す。腰に巻かれた二本のベルト。そこに差された銃弾のようなものと小瓶。必殺技とクラウが表現していたもの。召喚獣、一刀獣。その言葉に見合うだけの規模と破壊力を持つ、大規模な理術だった。 銃弾をひとつ、小瓶をひとつ手に取りながら、 「たとえば、魔弾は本来銃で撃つものなのよ? ボトルは本来剣で斬るものよ? 本気じゃない相手に本気を出すのは、あたしの流儀に反するわ。もしアイツが本気を出すって言うなら、その時はちゃんと銃で撃ってあげるし剣で斬ってあげるわね」 得意げに言ってから、銃弾と小瓶を元の場所に戻す。 ぼこっ。 聞こえた音に視線を移した。 「あっ、クラウさん」 砂山と地面との境目から、クラウが上半身を出している。大量の砂に埋められていたが、何らかの理術を使って地上まで移動したようだ。胸に開いた穴は消えている。普通の人間なら即死のような身体破損でも、守護機士はごく短時間で修復してしまう。 「大丈夫です――よね?」 クラウに近付き、アイディは右手を差し出した。 差し出された手を掴むクラウ。大きい手だった。人間とそう変わらない手。野菜を引き抜くような気分で、思い切りクラウを引っ張る。 地上へと引き出されたクラウ。ぱたぱたと服や髪に付いた砂を払いながら、 「ああ、この程度でどうにかなるほど脆くはない。それに、そいつのお遊びに付き合うのは慣れてるよ。もう四十年くらい前からな」 呆れ顔でムラサキを見る。 にっこりと微笑みながら、ムラサキが片手を上げた。 「おつかれさま。なかなか刺激的だったわ」 「それより、これ。どうする気だ?」 クラウが両手を持ち上げる。そこに召喚される、ふたつになった剣。柄側を右手に持ち、切先側を左手に持っている。中程からきれいに折れていた。 「うわ。見事に折れちゃったわね」 楽しそうに、ムラサキは剣の断面を見つめていた。 守護機士の武器。世界最強の武器とも言われるが、普通の物質なので強い力を受ければ破損する。キマイラと戦って折れたり砕けたりという話も時折耳にした。もっとも人間と戦って折られたというのは始めて見る。 「アダマンタイト五十グラム」 クラウが言った。 原子間結合力を高めた鉄をそう呼ぶ。組成改造Fe。強固、無敵という意味の言葉を冠す通り、極めて高い強度を持つ。特殊な設備を用いても少量しか作れないため非常に高価だ。また、旧文明でも同様の性質の鉄は使われていたようで、遺跡を掘っていると時折出てくることがある。 「…………」 半歩退くムラサキ。顔から表情が消えた。 風に吹かれて白い砂煙が消えていく。残ったのは大きな砂の山。ムラサキが掘った砂と砂山。重量こそ同じだが、砂山は中に空気を含んでいるため容積が増している。これほど無茶な事をして、研究室の建物が無事なのは奇跡だろう。もしくはクラウ、ムラサキの双方が周囲の建物を壊さないようにしたのか。 口元を引きつらせながら、人差し指を剣の断面に向ける。 「その剣ってさ、移民船時代の技術で作られたものでしょ? 自己修復機能とか付いてないの? ほら、断面あわせたらぺたっとくっつくとか、そういうの。アダマンタイトってすっごく貴重なのよ?」 この星にたどり着く以前、移民船時代の科学技術の多くは現在では封印されてしまっている。その理由は公にはされていない。アイディも知らない。 クラウは首を振って。 「その自己修復機能にアダマンタイトがいるんだよ。出さないっていうなら、素粒子干渉装置使うことになるから、その稼働費用が十億サークルくらい。キマイラに折られたなら無償修理だが、私闘で壊したなら全額負担になる。修理費は折半な?」 「むぅ」 ムラサキが露骨に顔をしかめる。 素粒子単位で物質を操作し、その性質を書き換える機械だった。動かすだけでも億単位の金銭を消費する。諸経費込みで十億は妥当な金額だ。ムラサキなら五億サークル出すのは不可能ではないが、決して軽い出費ではない。 「分かったわよ。また借金増えるのは困るし、渡すわよ。まったく……」 両腕を広げ、ため息を付く。 クラウが腕を動かした。剣が消える。 ふと気になった単語。 「借金?」 アイディの呟きに、ムラサキが答えた。しれっと。 「いえ、ね。ちょっと六十億サークルくらい」 「何したんです?」 思わず尋ねる。 六十億という金額。およそ個人で作れる金額ではない。 口元に手を添え、ムラサキが空を見上げた。 「あれはあたしが十七歳の頃」 「――いつです?」 「十七歳の頃ね。ちょっと中央大学で暴れて実験棟半壊させちゃったのよ。建物は術で直したんだけど、壊した機械の修理代とか合わせて九十億サークルくらい請求されたわ。ちゃんと返済はしてるのに、時々もさっと増えるのよね。何故かしら?」 腕を組んで首を傾げている。 何を言っているのか理解できないわけではないが、何を言っているのか理解できなかった。おそらく大学の敷地内で今のような事をやったのだろう。 クラウがムラサキに人差し指を向ける。 「こいつはケンカっ早いからな。よく暴れて壊して修理代請求されてるんだよ。稀少鉱石の精製技術とか個人で大量に持ってるから、金額多くても自分だけで処理はできてるようだけど……。でも、時々公共物壊して、借金額増やしてる」 と、ため息。 「あんたの注文ってオリハルコンだったかしら?」 ムラサキが言ってくる。 オリハルコン。原子構造を組み替えた金である。アダマンタイト同様、作るのに非常に手間がかかる人工金属だ。高性能マイクロマシンなどには必要不可欠な触媒である。 「はい」 ポケットから小さな瓶を取り出した。フィルムケースほどの大きさでガラス製。中に少量の金色の粉が入っている。表面に貼られたラベルには『組成改造Au 20g』と記されていた。オリハルコンの正式名称。 「これでいいかしら?」 「ああ」 クラウがカプセルを受け取った。 中身を数秒眺めてから、蓋を開け中身を口に放り込む。ごくりと喉が鳴った。粉薬を飲むように、砂金を呑み込んでしまう。 「確認の書類は後で送る」 「了解」 頷くムラサキ。 それでおしまいようだった。 ベルトに取り付けてあるスコップを抜きながら、ムラサキが続ける。 「次にアダマンタイトだけど、さすがに手元には無いわ。あれは地下の倉庫にしまってあるのよ。というわけで、ちょっと一緒に来てくれないかしら」 ザク。 切先を地面に突き立て、縁に右足を乗せ。 ズバッ! その場に穴が開いた。 スコップに脚を乗せて身体を回転させた途端、地面が切り裂かれ、そのままどこかへ消えていった。あっという間に地下深く潜っていくムラサキ。空間格納系の術の応用とはクラウの言葉だ。理術で削った土を即座に仮想空間に格納しているのだろう。 「あのあの」 アイディは穴を見下ろした。直径は二メートルほど。 光が届かないため、底がどうなっているかは分からない。少なくとも数十メートルは垂直に掘っているようだった。エレベーターなどという気の利いたものはない。 「行くんですか、これ?」 引きつった笑みを浮かべながら、穴を指差す。 ここから飛び降りろということだ。地下の倉庫は地下にある。だからといって、直接地面を掘っていくことはない。しっかりと整備された地下通路はあるはずなのだ。 「地下の倉庫って言ってもどれだか分からないし、あいつ個人で作ってる地下倉庫も二十固くらいあるし、素直についていくしかないだろ」 言うなり、クラウは穴に跳び込んだ。あっという間にその姿が見えなくなる。 「理不尽ですよ……」 泣きたい気分でアイディは理術を組み上げる。 「ロックバードマント」 理力が集束し、羽織っていた赤いマントが白く変わる。肩の辺りから大きな羽根飾りが伸びた。浮遊力を持つマントで、疑似的に体重をほぼゼロにする。高々度への跳躍や、高所からの飛び降りの補助に使うものだ。 「でも、これがわたしのお仕事ですからね」 覚悟を決め、アイディは穴に跳び込んだ。 |
アダマンタイト 原子核内部の素粒子を操作し、硬度と靱性を高めた鉄。正式には組成改造Feと呼ばれる。普通の鉄から作るには特殊な手順を踏まなければならないため、多額の費用がかかる。 守護機士の武器はほとんどがアダマンタイトで作られている。 旧文明でも使われていたため地下の遺跡から時々発掘される。ムラサキは個人的にいくらかを保有している。 素粒子干渉装置 物質の素粒子に干渉する大型装置。稼働させるだけでも数億サークルが必要。 サークル 惑星ファンタジアでの基本通貨。 オリハルコン 原子核内部の素粒子を操作し、性質を組み替えた金。正式には組成改造Auと呼ばれる。高性能な微小機械には不可欠なもので、ある程度量産もされている。 アダマンタイト同様地下の遺跡から時々発掘される。 ロックバードマント 擬似的に体重をほぼゼロにする理術。使用する時は羽飾りのついたマントが具現化させる。アイディの場合は普段から付けているマントと一体化した状態で具現化される。 |
13/8/22 |