Index Top 第2話 二日目のお買い物 |
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第3章 ちょっと遊びましょう? |
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ガッ。 ギギギン! 立て続けに響く金属音。 スコップと傘の二刀流、そして剣が目にも留まらぬ速度で空を切っている。慣れた体捌きからクラウが繰り出す斬撃、それを傘で弾き、スコップを突き出すムラサキ。 無茶な光景である。 二十三番研究室の入り口の脇に立ったまま、アイディは二人を眺めていた。 「守護機士と普通に戦えるって凄いですよね……。この人も人間辞めちゃってる人なんですね。薄々そんな感じはしていましたけど」 独り言が漏れる。 地面を蹴り、ムラサキが踏み込んだ。瞬身の術による加速を得て、弾丸のような速度でクラウとの間合いを詰める。長い黒髪が翻った。身体を沈め、スコップを下げ、 「逆風の太刀ッ!」 ギャィンッ! 真下から振り上げられたスコップを、クラウが剣で受け止めていた。顔をしかめ、半歩退きながら。剣を捻り、スコップを捌き、間髪容れず振り下ろす。 パッ。 閉じた傘で剣を払い、間合いを取るムラサキ。身体を包む薄紫色の理力の輝き。使っているのは普通の強化術だ。生身の人間が理術ありとはいえ、守護機士と真正面から接近戦を繰り広げている。 「でも、理術使ってるから、アルベルさんに比べればマシなんでしょうか? いえ、普通なら理術使っても生身の人間が守護機士並の動きするって無理ですよ……」 投げやりな気分で呻く。理術無しでキマイラを破壊したアルベルよりは人間的だが、ムラサキはそれでも十分に規格外の動きをしていた。 「ちょっと本気で行くわよ?」 ムラサキが両腕を左右に広げ、その場で一回転する。足元から緑色の風が螺旋を画いて地面を走った。理力の形式が変わる。術式が一瞬で組み上げられていた。 「二刀烈風剣!」 スコップと傘が躍る。 バシュッ! 風の術と飛燕の術とを組み合わせ、理力の刃を飛ばす技。本来武器でもないものを剣身として、無数の刃が放たれる。ただ、その数と速度が桁違いだった。 機関砲のような連射音とともに、無数の刃が空を走る。 巻き起こる風に、黒い髪とワンピースのスカートが翻った。 「くっ!」 ひしゃげるよううな音を響かせ、白刃が跳ねる。クラウは飛来する刃を全て剣で弾いていた。機関砲並の連射で、威力は機関砲を遙かに上回る。それを全て見切り、剣で弾いていた。風の刃が明後日の方向へと飛んでいく。 それでもクラウは後退していた。 「む……」 だが、ムラサキが顔をしかめる。理力が限度に来たらしい。 刃が止まった瞬間に、クラウが剣を地面に突き立てた。 「ケガしても恨むなよ?」 剣身に理力を走らせ、両手で握った柄を跳ね上げる。天へと振り抜かれる刃。剣身に込められた膨大な理力が、壁のような刃となって放たれる。対キマイラ用の大技・重断。さらに剣を横薙ぎに一閃。同じく対キマイラ用の大技・豪裂。 「え?」 目を点にするアイディ。 対キマイラ用の大技の十字斬撃。当然だが人間に向ける攻撃ではない。 ガオンッ! 爆音とともに、地面が削れた。重なった大破壊力が一気に爆裂する。地震のように揺れる大地。地表が軋み、剥ぎ取られた。土と砂が消し飛び、巨大な土煙が舞い上がる。巻き上げられた土塊が遅れて地面に落ちた。重い音が轟く。 「いやはや、いつもながら凄い火力ね。羨ましいわ」 正面に向けていた白い日傘を肩に乗せ、ムラサキが笑っていた。 大きく削り取られた地面。ムラサキの立っている場所だけが島のように残ってる。 「何で傘で防げるんですかぁぁっ!」 アイディはムラサキを指差し叫ぶ。人間には絶対に防げないレベルの攻撃。それを盾のように構えた日傘だけで防いでいた。傘から高密度の理力と防御術を展開したのは見て取れたが、納得できるものではない。 「あら知らないの、書記士さん? 傘って防御力凄いのよ」 小首を傾げ、しれっと言ってのける。 クラウは剣を引き戻し、動きを止めた。静かに呼吸を整える。金色の瞳は貫くようにムラサキを見据えていた。隙だらけのように見えて隙がなく、踏み込めないでいる。 視線を落とし、ムラサキがため息をついた。 「でも、可憐な女の子が守護機士と正面から殴り合うのは、さすがに分が悪いわね。あたしも頑張ってるんだけど、やっぱり強いわ。あなたは」 「それなりに戦っておいて可憐とか言わないで下さい……」 否定するように手を振りながら、投げやりにアイディは指摘する。 音もなくクラウが踏み込んだ。 だが、ムラサキの方が早い。グリップを指で操作し傘を閉じ、ベルトの後ろ側に取り付ける。そのまま右手に持っていたスコップを地面に突き立てた。 「奥義・穴を掘る!」 ズボッ。 クラウの剣が空を斬る。 「……え?」 一瞬止まる思考。 ムラサキの立っていた位置には直径一メートルほどの穴が開いていた。見たままを言うならば、穴を掘って地中に逃げたのだろう。しかし、普通はスコップ一本で地中に潜ることはできない。 ――できないが、今更気にするほどのことではないのかもしれない。 クラウがアイディに目を向ける。 「切断術と空間格納術の応用だよ。スコップとツルハシで砂も土も岩も掘り抜くし、地中じゃそこらの採掘機械が裸足で逃げ出す機動力だぞ……」 説明されるが、納得はできなかった。納得はできないが、そういうものなのだろう。世の中には人の理解の及ばぬ領域がある。もはやそう考えるしかない。 ゴッ! 鈍い音が地面から響く。地表に走った亀裂から吹き出す土煙。 「へっ?」 なんとなくこれから起こる事が予想できた。非現実的だが起こるのだろう。 クラウが跳び上がる。 ドゴォン! ゴガガガッ! 次の瞬間、地面が陥没した。 「うえええええぇ?」 アイディは思わず背後の壁に貼り付く。 建物の正面、およそ五十メートル四方が崩れ落ちる。さきほどクラウが吹き飛ばした場所も含めて、小さめの公園ほどの面積が一気に崩れ落ちた。土台などには傷付けないように穴を掘ったのか、建物は無事である。 すぐ目の前にできた崖。剥き出しになった白い砂の穴。深さは三十メートル以上あるだろう。あまりの事に足に力が入らない。 クラウが建物の屋根に着地した。 「何なんですか何なんですか、コレ! 穴掘ってから二十秒も経ってないですよね! それなのに、なんでこんな大穴開けられるんですかあああっ! もう穴掘りとかそういうレベルじゃないですよ! どういう原理なんですか、おかしいですよ!」 全身を震わせながら必死に声を上げる。 「お前に相応しい――ソイルは決まった!」 声は上空から聞こえた。 遙か上空に浮かんでいるムラサキ。右手に持った日傘を広げ、ふわふわと空中を降りてきている。日傘から展開されている浮遊型の理術。青い空を背景に、左手でクラウを指し示し、咆えていた。 「空間転移まで使うんですですか!」 「陥没の瞬間に隙を突いて飛び出しただけだ」 驚くアイディにクラウが説明する。事前準備も無く百メートル以上もの空間転移を使ったかとも思ったが、そこまで非常識ではないらしい。 ムラサキが腰のベルトからひとつ銃弾を取り出す。 「何ですかあれ?」 眼鏡に指を掛け、アイディは術式を組み上げた。テレスコープ。遠くのものを細かく見る理術である。平たく言ってしまえば望遠鏡だ。 ムラサキの手に握られた銃弾――いや銃弾のようなもの。金色の弾頭と抽筒板。薬莢部分は透明な筒で、中に濃い緑色の砂のようなものが詰まっている。 「絆の剣風ソードビリジアン」 宣言とともに、術式が銃弾を貫いた。どのような術式かは読めないが、中身の砂と理力が絡み合い、ただならぬ圧力が生まれる。導火線に火の付いた爆弾のような。 「いわゆる必殺技だよ。さすがの僕でも喰らったらマズい」 タッ。 クラウが建物を蹴り、空中へと飛び上がった。飛跳の術を使い、百メートル以上もの空へと落ちていく。さらに連続で剣を閃かせた。飛燕の術による斬撃が数十。 が、ムラサキは空中を蹴って身を翻し、飛び来る斬撃全てを躱してみせた。 緑砂の銃弾を持ったまま、青い砂の詰まった銃弾を取り出す。 「不屈の疾風キングダムブルー」 再び術式が銃弾を貫いた。さきほどとは違うが、詳細は読めない。 空中のムラサキめがけクラウが突っ込んだ。空断の術を使い空中を蹴り、何度もムラサキへと剣を閃かせる。飛燕の術による遠距離攻撃をも折り込んだ、斬撃の網。 しかし。 「全部躱してますね。凄い回避能力ですよ……」 常人なら反応すら不可能な高速高密度の連続斬撃を、ムラサキは風に舞う葉っぱのようにひらひらと避けている。右手に傘を持ち、左手に銃弾を持ち、空段の術で空中を蹴り、時に剣や斬撃自体を蹴って。 もっとも、ぎりぎりの回避らしい。微妙に笑顔が引きつっていた。 ベルトから三つめの銃弾を取り出す。中身は淡く輝く灰色の砂。 「そして誇りの烈風ウォーリアプラチナ――!」 バッ! 銃弾に術式を通し、ムラサキは勢いよく空中を蹴った。小さな破裂音が走る。旗のように翻る黒い髪、紫色のスカート。一気にクラウから距離を取った。 おもむろに傘を畳み、それを構える。腕と傘の芯が並行になるように。 「銃ですか、これ?」 アイディは眼鏡を動かした。今になって気付く。奇妙な形に曲げられた傘の握り部分。それは、銃のグリップとトリガーのような形である。 「斬り込め!」 放り投げた銃弾がみっつ。傘に巻き付くように螺旋を画き、三色の輝きに変わった。 傘の先端がクラウを狙う。 「召喚獣ナイツオブラウンド!」 鐘のような音が響く。 傘から放たれた輝きが、渦を巻き集束し、まばゆい閃光へと膨れ上がった。 光の中から現われたのは、巨大な鎧の騎士。十メートルほどの巨躯を持ち、白銀の鎧を纏い巨大な剣を携えている。 「召喚獣? 何ですか、これは……」 呆然とアイディは騎士を見上げた。何らかの性質を持った砂を混ぜ合わせ理力を組み込み、合成具現化させる大型の理術だろう。クラウが危険と言っていた意味も分かる。人間には到底作り出せないほどのエネルギーの塊だ。 そして、巨大な騎士が分裂する。十二体の騎士へと。大きさは人間の二倍ほど。剣やら槍やら斧やら、多彩な武器を持った騎士がクラウへと襲いかかった。 「ううおおおおおおぉぉぉぁぁぁあああああぁぁぁッ!」 咆哮とともに、クラウが剣を構えた。燃え上がる白い理力。 真上から降り注ぐ騎士たちの攻撃を剣で受け止め、返す刃で大牙を放つ。巨大な理力の剣身が、騎士を力任せに斬り捨てていく。さすがに騎士一体とクラウではクラウの方が強いようだが、騎士の力は凄まじい。 剣の一振りとともに大量の理力が消耗されていた。 クラウは歯を食い縛って攻撃を防ぎ、大破壊力の理術を叩き込んでいる。それでも捌ききれない刃や槌が身体に突き刺さっていた。しかし、怯まない。 「まだまだ――!」 ムラサキの声が聞こえた。 地上から百五十メートルほどの高さ。頬にいくらか汗を滲ませながらも、目を見開き口元に獰猛な笑みを貼り付けていた。楽しいのだろう。クラウとの戦いが。 ムラサキは傘を畳み、それをベルトの留め具に差した。傘が閉じ自由落下を始めるが、気にしていない。続けて、スコップを外し、剣のように構え、もう一本のベルトに差してある小瓶をよっつ、左手に抜き取る。 五指の間に挟まれた小瓶を空中へと放り投げ、 「ミストが逆巻く業火に焼かれ、消え去るがいい! 奏でよ――」 スコップの刃で両断した。 クラウが最後の騎士を斬り裂く。 「白亜のカルテット!」 瓶から溢れる光の爆発。ガラスの割れるような澄んだ音が響き渡る。 その光から飛び出す、白い輝きを纏った四体の怪物。刀身のような頭と蛇のように長い身体。十対ほどの刃物のような羽。昆虫のような脚。全長およそ十メートル。騎士と同様理術によって具現化されたエネルギーの塊だった。 獣のような咆哮とともに、四体の怪物がクラウへと降り注ぐ。 「一刀獣まで出してきたか!」 空を蹴り、クラウが怪物へと突っ込む。一刀獣。それが名前らしい。 さきほどの召喚獣の数倍の速度で空を走る一刀獣。クラウは剣を両手で構え、一体目を横薙ぎに斬り払い、二体目を縦に両断した。斬られた一刀獣は光の粒となって散る。そのまま三体目の突進を剣で受け止め。 ギィィン! 剣が折れた。 「!」 すぐさま左の裏拳で一刀獣を打ち払うが、四体目が捌き切れずに突き刺さった。白く輝く剣のような頭で、クラウの胸を貫通する。 ドンッ! そのまま、クラウ諸共大穴の底に激突した。 視線を上げると、ムラサキがふわふわと落ちてくる。跳び上がったり落ちたりを繰り返し、およそ地上五十メートルほどの高さへと。右手に広げた傘を持ち、空中で一回転。 「チェスト全解放!」 その言葉とともに、どこからともなく現われる大量の砂。 空間操作の理術。クラウが言った言葉が浮かぶ。つまりこの大量の砂は、穴を開けた時に出たものだろう。クラウの落ちた穴へと、大量の砂が滝のように降り注ぐ。 あっという間に穴が埋まった。クラウごと。 もうもうと舞い上がる砂煙。風系統の術式が一帯に展開されている。砂煙はアイディとは逆の方向に流れていた。まるで目の前に空気の壁があるように。 「ふう……。久しぶりに派手に暴れたわね」 動けないでいるアイディの近くに、ムラサキが着地した。暢気な事を言いながら傘を畳み、ベルトの留め具に差す。もっとも、非常識な規模の理術を連続して使った事は、それなりに響いているようだった。顔に汗が滲み、呼吸も乱れている。 ムラサキが長い黒髪を軽く掻き上げた。 「ま、こんなものかしらね?」 そう微笑んでアイディに片目を瞑ってみせる。 |
逆風の太刀 身体を低くし踏み込みから真上に切り上げる剣技。 二刀烈風剣 飛燕の術と風の術の組み合わせ。二本の剣から連続で風の刃を放つ剣技。ムラサキはスコップと傘を刀身にしてクラウに向けて放った。機関砲並の速度で機関砲以上の破壊力を持つ。最大火力での持続は五秒ほど。 重断 剣を地面に突き立て、切先を跳ね上げ放つ巨大な斬撃。対キマイラ用の大技。 豪裂 剣を横薙ぎに振り抜き放つ、巨大な斬撃。対キマイラ用の大技。 傘の盾 日傘を広げ、防御術を展開する。見掛けは簡素だが、クラウが放った重断と豪裂の十字斬撃を正面から受け止めるほどの防御力を持つ。 本人曰く傘の防御力は凄い。 穴を掘る 切断術と空間格納術の応用。砂も土も石も無節操に掘り抜くムラサキの得意技。クラウ曰く地中では採掘機械が裸足で逃げ出す機動力。十秒ほどの時間で地面を陥没させるなど、非常識な規模の掘削を可能とする。 クァーリー 広範囲を短時間で掘削し、掘った土や砂などを空間収納術で回収する技。理力の消耗は激しいが、数十メートル四方を数秒で掘り抜く規模と速度を持つ。 テレスコープ 遠方のものを見る理術。眼鏡にかけて使用することが多い。 斬り込め、召喚獣ナイツオブラウンド 砂の入った銃弾をみっつ、傘を砲身として撃ち出し、召喚獣を作り出す大型理術。巨大な騎士が十二体の騎士に分裂し、それぞれ攻撃を放つ。 いわゆる必殺技。 奏でよ、白亜のカルテット よっつの小瓶をスコップで切り裂くことにより、四体の一刀獣を作り出す大型理術。四体の一刀獣が高速で突進し、相手を破壊する。 チェスト全解放 空間格納術によって格納しているものを全部吐き出す技。地面を掘って溜まった土や砂で相手を押し潰す。 |
13/8/15 |