Index Top 第6話 赤き教士 |
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第7章 現れるは白い幽霊 |
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ディスペアの横に着地するガルガス。 「当たり、だな?」 右拳を見せつけるように持ち上げ、"相手"に笑いかけた。 倒れたレイスから離れ、ディスペアが向きを変える。 「え?」 「何か出た?」 ディスペアから離れた所に、白い霞が集まっていた。 やがて、それは人の姿を作り上げる。白い半透明の幽霊だった。顔立ちからするに、人間の男だろう。年齢はわからないが、老けてはいない。肩の辺りまで伸びた白髪に、白い長衣を纏っている。身体は半透明で、腰から下は霞となって散っている。 空中に浮かぶ、上半身だけの幽霊。 タレットが立ち上がり、白衣のポケットに手を入れた。取り出したのは、信号銃のような口径の大きな拳銃だった。中折れ式で装填数は一発だろう。以前リアが持っていたデュエルガンに似ている。 「なるほど。そいつが本命だ。レイスの話聞くに、黒曜石がディスペアに渡るのは絶対イヤだってわけでもなかった。絶対に渡したくない相手が他にいるようだったが、それがこいつだろうな。今までのが全部囮か。無茶しやがる」 眼鏡越しに幽霊を睨みながら、呆れたように笑う。 ディスペアが言ってた黒曜石を狙う者。それがこの幽霊だろう。ディスペアとレイスとリア、決闘で消耗し、幽霊が出てくる隙をあえて作ったらしい。この結果が計画通りかは、怪しいものだが。 「亡霊を素手で殴るなんて、やはり君は人外だよ」 立ち上がったレイスが、楽しそうにガルガスに笑いかける。 胸に風穴を開けられ、血塗れの姿だ。教杖を握った右手で胸を押さえている。意味はあまり無い。足元に流れ落ちる鮮血。左腕は動かないようだ。 「大人しく寝ていろ。動ける傷ではない」 レイスを一瞥してから、ディスペアが幽霊に向き直った。 右足を引きずりながら、レイスが前へと出る。右足は動かないようだ。 「ボクを甘く見ないで欲しいね。ちょっと手足の骨が折れて、内蔵潰れて、胸に風穴が空いてるくらいで、寝ているわけにはいかないよ。あ……でも、滅茶苦茶痛い、泣くほど痛い。分かってたとはいえ、手加減しなさすぎだろ!」 両目から涙をこぼしながら文句を言う。 動けるのが不思議な状態で、レイスは立って元気に叫んでいた。強い術力を持つ者は、重傷を負っても無意識に術力が傷の埋め合わせを行う。強い術師が不自然に頑丈なのはそのためだ。それも限度はある。 幽霊を中心に、ガルガス、ディスペア、レイスが三方向を塞いでいる。 「俺を謀ったというわけか。迂闊だったよ。少々急ぎすぎた」 ディスペアを見ながら、幽霊が皮肉げに笑う。 見ているクキィにはよく解らないが、幽霊には幽霊なりの制約があるらしい。姿を現わしてしまった事で、不利になっているようだった。 ディスペアが告げる。 「死人は大人しく死んでいろ」 「死んでも死ねないんだよ。それは――お前が一番分かっているだろう?」 不吉に口を曲げ、幽霊はディスペアを睨み付ける。恨むような妬むような、負の感情を凝縮したような顔だった。見ている者が呼吸を忘れるほどに。 幽霊が手を挙げた。 「空術・虚刃」 手刀を袈裟懸けに振下ろす。クキィ目掛けて。 どのような術かは解らない。だが、クキィの身体が総毛立った。背筋を駆け抜ける悪寒、目を見開き、耳と尻尾を伸ばす。爆ぜるように広がる尻尾の毛。周囲から音が消え、色が消え、感覚が酷く曖昧になっていく。目の前に映る、酷く現実味のない死の匂い。 「神術・神の境界」 ギィィィン! 金属を弾くような音が響いた。 「リア……!」 我に返って見ると、リアが片目を開いていた。光の消えかけた緑色の瞳。右手に持った教杖を掲げ、防御術を放った。それが幽霊の放った術を、防いだようである。 周囲の地面や木に、鋭利な刃物で斬ったような跡が打ち込まれていた。 「わたしは大丈夫ですよ」 擦れた声で、答える。無理矢理口を笑みの形にしながら。焦点の合っていない緑色の瞳に映る、獣のような意志。クキィが息を止めるほどの気迫だった。 「空間ごと物体を切断する攻撃術だ。物質に対してはほぼ無敵の切断力を持つとか持たないとか――。リアが防御しなかったら、クキィ死んでたな。どいつもこいつもバケモノじみて、オレみたいな先生は付いていけないぞ?」 投げやりな台詞とともに、タレットが銃を幽霊に向ける。 幽霊は霞のような白髪を手で掻き上げた。 「その娘を殺せば注意を反らせると思ったのだが、そう上手くもいかんか。さて、どうしたものか? 怪物を三人も相手に勝ち目は無し、と」 三方を囲む、ガルガス、ディスペア、レイス。満身創痍のレイスはともかく、残りの二人を正面突破するのは不可能だろう。 四方の開けた元グラウンド。粉砕器で念入りに砕いたかのように、激しい凹凸が作られている。もはやグラウンドの面影は無く、ここをまともに歩くことさえ大変だろう。空には変わらず星と月が輝いている。 遠くから聞こえてくるパトカーや消防車のサイレンの音。 「ならば、逃げるだけだ」 幽霊の判断は速かった。溶けるようにその場に消えていく。 だが。 ガルガスの拳が幽霊の腹にめり込んだ。 「逃げると言っているのに、逃がすヤツがいるか」 拳が振り抜かれる。 そこから五メートルほど後ろに、再び幽霊が現れる。半分以上消えかけていた霞が、再び集束して人の姿を作り上げていた。本人の意志ではない。ガルガスの拳によって強引に人型へと引き戻されていた。 どのような原理なのかは解らない。 「ガルガス。貴様……!」 幽霊が右手刀を振下ろす。 その腕が止まった。ガルガスが何もない箇所を掴んでいる。幽霊の手とガルガスの手の間には何も見えない。タレットが口にした空間の刃。手刀から伸ばした不可視の刃でガルガスに斬り付け、受け止められたようだ。 理不尽だが、今更驚くことではない。 「バケモノめ……」 忌々しく呻く幽霊。 しかし、ガルガスは落ち着いた様子で応えていた。 「あいつに頼まれたんだ。協力してくれ、って。頷いたからには、約束は守らないといけないだろ。次の手札出すならさっさとしてくれ」 その言葉は、レイスに向けられていた。 「そいつを抑えておいてくれないかい? 君ごと吹き飛ばすから」 「俺ごと?」 ガルガスが言い返すが、聞いていない。 レイスは右手に掴んだ教杖に、法力を込めていく。動けるのが不思議な重傷で、法力もほとんど残っていないだろう。それなのに命を削るように莫大な法力を作り出し、術として組み上げていく。殺意を剥き出しにしたようなおぞましい術式が見えた。 「焼き尽くすは天地。蠢くは地獄の焦熱。全てを染める鮮血――」 幽霊の顔に浮かぶ焦燥。 すぐさま左手を伸ばすが、一息で詰め寄ったガルガスが腕を殴って止める。 「我が名は紅きレイス」 紅い光の塔が生まれた。 地面から一直線に数百メートルの高さまで。血のように赤い光が、ガルガスごと幽霊を呑み込んでいた。熱は無く、音もない。禍々しく美しい、紅い輝き。 紅い光が数秒瞬き、消える。 「終わりか」 後に残っていたのは、ガルガスだけだった。 相手を跡形もなく消滅させるような、高位攻撃法術なのだろう。事実、幽霊を消滅させている。巻添えを受けたガルガスは無傷だった。レイスが対象から外したというわけではないだろう。改めて異様な頑強さだ。 「ぐ、っ」 胸を押さえ、レイスがその場に膝を突く。口から吐き出される大量の血。執念と根性で無理矢理元気に動いているが、瀕死の重傷であることは変わらない。一度胸を貫かれているのだ。満身創痍の身体で、さらに体力は消耗し続け、法術の反動も加わっている。放っておけば死んでしまうだろう。 「お前は休んでいろ。後始末は私が行う」 ディスペアが、右手を出した。 手の平に握られた銀色の金具。長さ四十センチ弱の銀色の棒で、先端からT字のように左右に棒が伸びている。それが何なのか、すぐには解らない。 「剣よ。我が意志に従い硝子の刃を生み出せ」 唱えると同時、刃が生まれた。 それは剣だった。簡素な形状の銀色の柄と鍔。ディスペアが呪文を口にすると同時、柄は刃を生み出す。ガラスのように透明な両刃だった。刃渡り百四十センチはあるだろう、長大で重厚な両刃である。 ディスペアが走った。一瞬で十メートルほど移動。 ガラスの剣の切先が、地面に突き刺さる。 「っ! ぁぁ……!」 硝子の刃に貫かれた小さな霞が、断末魔を残して消滅した。震えるように蠢き、その場で四散する。幽霊が自分の一部を切り離して逃がそうとしたのだろう。ディスペアがそれを見抜き、トドメを刺した。 硝子の剣を引き抜き、ディスペアは蹲ったままのレイスを見る。 「残心を怠るな」 「………」 レイスは答えない。言いたい事は伝わっただろう。 硝子の剣を持ったまま、ディスペアは周囲に視線を跳ばす。今のように逃げ出した幽霊を探しているのだろう。 ひとしきりグラウンドを眺めてから、ガルガスに向き直る。 「もういないか?」 「いないみたいだ」 両手を腰に当てたまま、ガルガスは答えた、 硝子の剣から刃が消える。敵がいなくなったと判断したらしい。銀色の柄を長衣にしまい込み、蹲ったレイスと動けないままのリアに目を向けた。 最後に赤紫色の瞳でクキィを見る。 「迷惑を掛けたな。では、私は行く」 ディスペアが走り出す。足音も立てず、見る間に夜の闇へと溶けて消えた。 「またな」 ガルガスが片手を上げて呟いた。 |
空術・虚刃 手から空間の刃を放つ。空間の刃は目に見えず音も気配もない。また、この世の物質に対しては、ほぼ絶対的な斬撃力を発揮する。 難易度8 神術・神の境界 神聖法術。任意の空間を結界で覆う。結界は内部へ向かう敵意や攻撃に反応し、それを完全無効化する。 焼き尽くすは天地。蠢くは地獄の焦熱。全てを染める鮮血。我が名は紅きレイス レイスが自分の名を入れた、切り札の法術。 標的を呑み込む炎の柱を作り出し、全てを破壊する。肉体や精神だけでなく、術などや物質も何もかもを無差別に消滅させる。炎に熱は無く、音もない。 難易度8 |
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