Index Top 第6話 赤き教士

第6章 殺し屋対教士


 投げ飛ばされたクキィは無視し、リアは魔銃を持ち上げた。
「さて、始めましょうか」
 空弾錬成機構に法力と術式を流し込み、トリガーを引く。口笛のように細い音から撃ち出される、圧縮された術式。防御法術の応用で相手を拘束する、法術弾。
 ディスペアは僅かに身体を動かしただけで、弾丸を回避した。
「捕まえた」
 ガルガスが投げ飛ばされたクキィを捕まえていた。
 リアは法力を魔銃に流し込み、フルオートで法術弾を連射する。機関銃の掃射のような連続射撃を、しかしディスペアはことごとく躱していく。超再生能力を持つ不死身。ただの銃弾なら無視して喰らっただろうが、この法術弾は危険と判断したようだ。
「早く離れろ! お前はともかく、クキィが巻き込まれたら死ぬぞ!」
 グラウンドの端に避難しているタレットが、手を動かしながら叫ぶ。
 ガルガスはリアとレイス、ディスペアを順番に眺め、
「オレは蚊帳の外か。つまらん。しかし、他人のケンカに無理に割り込むのは俺の流儀に反する……これはこれで退屈だ」
 タレットの方へと走り出した。
「あとは当事者同士で頼むぜ」
 タレットが声を掛けてくる。
 深夜三時のグラウンド。夜中に陸上競技を行う物好きはなく、静かな場所だった。かなりの広さがあるため、大規模な術を使っても被害は抑えられるだろう。空に見える星と月は、地上で起こるだろう惨劇を意に介していない。
「いざ――」
 レイスが両手で教杖を掴んだ。静電気が弾けるような音とともに、桁違いな法力が作り出されていく。法力は教杖の頭に飾られた太陽の紋章に集束し、
「凍て付くは風。閉るは鋼氷の監獄。渦巻け踊れ蒼き焔」
 蒼い炎が、吹き上がる。
 燃料もなく、地面から燃え盛る大火炎。しかし、熱くはない。逆に凍て付く空気が吹き抜けた。冷たい炎がグラウンドの半分を埋める規模で燃え上がり――
 一瞬で固まった。高さ二十メートル以上もある巨大な六角柱の結晶がいくつも、小さな結晶が無数に、地面から突きだしている。真冬のような寒さが吹き抜け、白い霜が雪のように降り注いでいた。真冬のような光景へと変化するグラウンド。
 幻想的なまでに美しい。
 蒼く透明な結晶の中に、ディスペアが呑み込まれていた。斬っても撃っても燃やしても復活してくる相手なら、固めて動けなくする。不死者への定石だ。
 もっとも、この程度で無力化できる相手ではない。
「纏え、魔神の光鎧」
 淡い光が、リアの身体を包み込む。手足の関節を繋ぐように作られる、光の枠。パワードスーツの類を身に付けたような見た目だった。身体能力強化の法術。力、速度、防御の強化系術を同時に使った時と同等の強化割合。
「疾れ、我が時。捉えよ、世界」
 さらに、五感と反射力を限界まで高める。
 それでも、足りないのは解っていた。
 氷柱に走る亀裂。
 鋼鉄よりも頑強な法力の氷塊を突き破り、ディスペアが飛び出す。砕けた氷が地面に落ち、法力の支えを失い、溶けるように消えていた。銀色の髪の毛をなびかせ、風のような速度で疾走する。地面から伸びる氷柱を砕きながら。
 リアとレイスは互いに左右に跳ぶ。
「どちらに来ますか?」
 リアの問いに応えるように。
 ディスペアは迷わずリアへと向かってきた。霜の降りた地面を砕きながら、異様な速度を以て。身体強化を行ったリアやレイスを数段上回っている。
 教杖を突き出し、リアは叫んだ。
「断絶せよ、世界。聳え立て、虚空の大境壁」
 莫大な法力が収束具現化し、壁が現れる。幅二百メートル高さ五十メートル、厚さは三メートル。城壁のような防御障壁だった。その規模は自身の制御限界を遙かに上回る。維持できるのは数秒。それで充分だ。
 ディスペアの背後から、レイスが右手を翳す。
「閃く烈光!」
 光が天を衝く。積もった霜が消し飛んだ。光の爆発が大地を揺るがし、大気を軋ませ、地面を剥ぎ取り、グラウンドの三割近くを吹き飛ばす。冷気を切裂く熱風と夜空を照らす爆光。リアの作り出した障壁に何本もの亀裂が走った。
 光と衝撃を撃ち出す攻撃の基本術である。術式が単純で組みやすい。また込める術力で威力の調整もしやすい。それを攻撃特化法術で撃てば、破壊力は桁違いとなる。
 最大防御で足止めし、最大攻撃で挟み撃ち。
 障壁が消え、残光が消え。
 だが、それも届かない。
「くっ!」
 レイスが目を見開き、横を向いた。手の届く位置までディスペアが接近している。音も気配もなく。迎撃のできる距離ではなく、回避のできる距離でもない。レイスが一撃受けるのは決定していた。
 一秒が数分に感じられるような濃密な時間。銀色と黒が躍る。
 ゴッ。
 振り抜かれる拳に、レイスの姿が掻き消えた。
 巨岩の割れるような音を立て吹き飛ぶ。それは拳による砲撃だ。法術による防御を紙のように貫き、レイスに致命的なダメージが打ち込まれる。
 狙い通りでもあった。
 リアの撃った法術弾が、ディスペアの頭と身体に突き刺さる。実体化した正方形の防御壁が、その身体を拘束した。しかし、強度としては明らかに力不足。
 空中で体勢を立て直しながら、レイスが咆えた。
「跳ぶは虚空。跳ねるは漆黒。穿つは百の黒槍」
 虚空から現れる百の黒槍。
 空間転移によって、法力の槍がディスペアに突き刺さる。防御もできず回避することもできない。空中に縫い付けられたかのような有様。黒槍が全身を串刺しにしている。頭から胴体、手足まで無差別に。
「普通なら死んでいるはずなのですが」
 世界に僅かに存在する不死者の一人。この程度で死ぬことはない。法術の拘束も加えて、数秒動きを止めるだけだ。その数秒が必要なのだ。
 リアは魔銃を捨て、両手で教杖を掴む。緑色の両目を開き、
「神術・沈め永久の夢」
 白い輝きが、夜の闇を退けた。
 ディスペアを中心して地面に画かれる円陣。その中にいくつもの三角形や四角形が画かれている。時計を思わせるような法術陣だ。地鳴りが大地を揺らす。法術陣から突き出す光の帯が、動きを止めたディスペアに絡み付いた。
 神聖法術による封印。それが対ディスペアの切り札である。
 ビッ――
 布を引き裂くような音とともに、光の帯が千切れる。
 リアの目に映ったのは、無傷のディスペアだった。
「神聖法術の封印式を力だけで……!」
 防御術を組むが、遅かった。
 反動で上手く法力が組めない。身体が動かない。思考が追い付かない。なによりもディスペアの動きがさらに加速していた。何もかもが間に合わない。
 ディスペアの右腕が横薙ぎに振り抜かれ、リアの意識は途絶えた。


 身体が痛む。痛すぎて痛みの感覚が無いほどに。
「やはり、強いよ。さすがは怪物だ」
 口から血を流しながら、レイスはディスペアの背を見つめる。対魔獣用の封印術を力だけで引き千切っていた。事実、下手な魔獣よりも強い。
 そんな相手に勝つのは不可能に等しい。
「だけど、ボクも引けないんだよね?」
 右手に掴んだ教杖を持ち上げた。さきほどの一撃で左前腕と左肋骨が折れている。肺に骨が突き刺さっているらしい。地面との激突で右足も折れていた。凄まじく重い一撃。法力の防御を紙のように突き破り、背骨や脳髄までダメージが届いている。
 即死しなかったのは、運がいいだろう。ディスペアに明確な殺意が無いためか。
 もうまともには動けない。だが、引く理由は無い。
 リアを手で打ち払い、ディスペアが向かってくる。
「神術・裁くは怒りの天槌」
 石突きが地面を叩き、術式が発動する。
 吹き飛ばされたリアを、ガルガスが受け止めていた。
 轟音を上げて地面が陥没する。レイスを中心におよそ百メートルの範囲に、通常の数百倍の重力を発生させていた。大気そのものが巨大な重量となって地面を押し潰し、砂や小石が自重で砕け、沈んでいく。硬い地面は泥沼のように不安定だった。生物は無論、装甲車や戦車でも自壊する世界。
「それでも――」
 レイスは苦笑いを浮かべた。
 数十トンにも及ぶ自重や、圧縮機のような大気圧、立っているだけで沈む地面。この術の下では移動などできるはずがない。はずがない……だというのに。
 ズッ……!
 ディスペアの左手が、右胸を貫いていた。
 圧倒的に不利な条件を乗り越え、致命打を打ち込んでいる。
 接近した動きと同等の速さで、ディスペアが後退した。
 制御を失い、術が崩壊していく。重さが消え、滅茶苦茶に破壊されたグラウンドだけが残った。吹き抜ける、熱く乾いた風。
 立っていることもできず、レイスは前のめりに倒れた。


 ガルガスに助けられ、地面に寝かされたリア。
 鼻と口から血を流し、苦しげに不規則な呼吸を繰り返していた。水色の聖職衣にどす黒い血が滲んでいる。傷はかなり深い。左腕と肋骨が折れ、激しく出血しているようだった。見える部分以外にも傷を負っているだろう。
「よく生きてるな……。本格的に医術系も覚えた方がいいか、コレ?」
 タレットが薬瓶の蓋を開け、中身の蘇生薬をリアの身体にぶちまける。普通は少量傷口に掛ける薬だが、それでは到底足りない。
「塞傷の術」
 地面に寝かされたリアに、クキィは魔力を注ぎ込む。傷口を塞ぎ、出血を止める応急処置術。外傷には有効に働くが、体内の破損には効果がない。治療術は他にもいくらかあるが、リアの傷が深すぎてこの程度しかできないのだ。
「酷い傷だが、あいつと戦って生きている事は幸運だ」
 リアを見下ろし、ガルガスがそんな事を口にしている。
 使い物にならなくなったグラウンド。主にレイスの放った攻撃法術で無茶苦茶に破壊されていた。ここが公共グラウンドだと言っても、もはや誰も信じないだろう。クキィの常識を遙かに上回る大術の連打。しかし、それでもディスペアを止められない。
 倒したレイスに近付くディスペア。
「約束通り、黒曜石は貰っていく」
「これ、マズいわよね」
 リアに魔力を注ぎながら、クキィはタレットを見る。尻尾を垂らして。
 タレットは無精ヒゲの生えた頬を撫でつつ、首を傾げていた。
「とはいえ、オレたちじゃ手の出しよう無いもんな。リアたちは重傷だけど、生きてるから治療はどうとでもなるだろうし。……それにしても、こいつら何企んでる?」
 リアとレイスは動けず、クキィとタレットは戦闘もできない。唯一の有効戦力であるガルガスは、手を出さないつもりらしい。黒曜石はディスペアの手に渡るだろう。
 動かないレイスに手を伸ばすディスペア。
「そろそろ俺の出番らしい」
 軽く地面を蹴る音に、クキィは振り向く。
 ガルガスが駆け出していた。右手を握り締め、口元に笑みを浮かべながら。この状況で何を考えているのかは解らない。黒いコートをなびかせながら、ディスペア目掛けて加速していく。一度強く地面を蹴って、跳び上がった。
 ディスペアが顔を上げる。
「ガルガス」
「おおらああっ」
 咆えながら、ガルガスは右腕を引き絞り――
 ディスペアの横の何もない空間を拳で打ち抜いた。

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凍て付くは風。閉るは鋼氷の監獄。渦巻け踊れ蒼き焔
蒼い冷気の炎を作り出し、炎から巨大な氷柱を作り出す法術。巨大な氷柱による、相手の完全拘束が目的。また、同時に作り出される極寒の冷気が、相手の体力を削り取る。一度捕まると、脱出は困難。
難易度7

纏え、魔神の光鎧
法力による身体能力の強化。全身を淡い光が包み、油圧パイプのように手足の関節を繋ぐ光の枠が生まれる。力、速度、防御の強化系術を同時に使った時と同等の強化割合。他人に装着させるのが主だが、自分にも使える。
難易度5

断絶せよ、世界。聳え立て、虚空の大境壁
空間に作用する力場によって、相手の攻撃を防ぐ防御壁。城壁並の巨大な規模で発動し、防御壁というよりも破壊困難な障害として機能する。リアの制御できる限界を遙かに超えた規模なので、壁を維持できるのは数秒。
難易度8

閃く烈光
閃光と衝撃波を撃ち出す、攻撃の基本術。効果は単純だが、手早く術式が組め、威力の調整が簡単という理由で、有用性は高い。
レイスは攻撃特化法術で、許容量限界まで法力を引き出し、術を発動。
難易度2

四方盾
リアが魔銃に込めていた法術。本来は四角形の盾を作り出す防御術。着弾した部分から盾が実体化し、相手を拘束するように術式が調整されている。

跳ぶは虚空。跳ねるは漆黒。穿つは百の黒槍
法術による黒い槍を百本生み出し、それを空間転移で標的へと突き刺す術。空術・黒穿を百発同時に放つ術。一点集中から拡散まで、攻撃方向は自由に変えられる。一本一本の位置の制度は低い。
難易度9

神聖法術
法術の上位型。他の術のように術式を覚えることでの習得ではなく、術そのものと契約することで習得することができる法術。効果は非常に大きく、また大量の法力を消費し、身体に掛かる負荷も桁違い。
一部の法術士にしか許可されていないもの。

神術・沈め永久の夢
神聖法術。地面に時計を象った光の紋章を画き、無数の光の帯で相手を絡め取り、その場に封印する簡易封印術。大きな儀式や多数の術師を必要とせず、一人で発動することができる。一人で行う分、封印の強度はそれほど高くはない。
難易度8

神術・裁くは怒りの天槌
神聖法術。自分を中心に、超重力を発生させる。大抵のものは自重で潰れ、地面に沈み込み、沈む。物理法則に干渉する術なので、非常に防御が難しい。自分を中心に半径百メートルほどの効果範囲を持つ。
難易度8

塞傷の術
傷口に魔力を流し込み、出血を止める応急処置術。痛みを抑える効果もある。外傷には効果があるが、体内の傷には効果が無い。
難易度3
11/11/17