Index Top 第6話 赤き教士 |
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第4章 黒い宝石 |
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「立派な部屋だね」 レイスが物珍しそうに部屋を眺めている。 クキィたちが泊まっている中央ホテル。十二階のロイヤルルーム。ちょっとしたマンションのような豪華な部屋だった。街で泊まる時は大抵このような客室である。客室の広さよりも警備の硬さが重要だとタレットは説明していた。 椅子に座ってテーブルに向かっているレイス。 「……トレイサー=レイス」 レイスの正面にはリアがいた。椅子には座らず、テーブルから少し離れた位置に立っている。右手にはいつもの教杖。目蓋を少し下ろし、緑色の瞳をレイスに向けていた。 タレットからクキィを見つけたとメールを受け取り、帰って来たところである。予想はしていたが、知合いらしい。 クキィはおとなしくソファに座って二人を眺めていた。 「久しぶりだね、リア。元気そうでなによりだよ」 親しげに声を掛けるレイス。ポーチから取り出したポテトサンドを食べながら、落ち着いた笑みを浮かべている。余裕の態度だった。 窓から見える街の風景。空は青く、雲は白い。中央区画だが、周囲にはそれほど高い建物は無い。二十五階建てセンタービルの鏡面ガラスが、空を映していた。 一度目を閉じてから、リアがクキィに向き直る。緑色の髪が小さく揺れた。 「クキィさん。無事で何よりです。しかし、軽率な行動は控えてください。誘拐や暗殺、そのような危険に晒されているという自覚を、しっかりと持って下さい。現実味が無いというのはわかりますけど」 ため息混じりに告げてくる。 「気をつけます」 素直に頭を下げるクキィ。耳を伏せ、尻尾を下ろして。 自分が思っていたよりも大事になっていたことを、今になって理解する。ガルガスにリア、タレット全員でクキィを探していたらしい。見つかるのが遅れていたら、大規模な探索が行われていたかもしれないと、タレットに言われた。 「タレット先生」 続けて目を向けた先にはタレットがいた。窓辺で椅子に座って煙草を吸っている。バルコニーに続く窓を少し開け、小さな扇風機で気流を作って煙を逃がしていた。横に置いた小さなテーブルには灰皿とコーヒーが置いてある。 目でレイスを示し、リアが尋ねた。 「何故彼を連れてきたのですか?」 「なーんか連れてくるべきと思ってね。放っておくわけにもいかないし」 タレットの返答は軽い。かくまって欲しいと言ったレイスを連れてきたのはタレットである。詳細も聞かぬまま連れて来た。途中、クキィが事情を訊いたものの、のらりくらりと誤魔化している。 リアは再びレイスに目を向けた。 「それで、レイスさんは何をしたのですか? 教会に行かずにわたしたちに助けを求めるとは、ただごとではないようですけど。話せる事情は話して貰えません?」 問いかけられ、レイスが顔を上げる。ポテトサンドを食べ終わり、暇を潰すように包み紙で器用に鳥を作っていた。折り紙らしい。 折り紙の鳥をテーブルに起き、レイスは得意げに左手を上げる。 「スラッジカンパニーから時価五億リングの宝石を盗んだんだよ。そのせいで追い掛けられているんだ。どうにもボクを惨殺する気らしい。さすがに街の教会に出向ける案件ではないので、こちらを頼ってみたんだ」 「意味が分からないわよ」 頭を押さえ、クキィは呻いた。 スラッジカンパニー。イコール市で歓楽業界を取り仕切っている会社である。このような会社の常として、あまり健全な仕事はしていない。裏ではかなり違法な事なども行っているらしい。 そこから時価五億リングの宝石を盗む。命を狙われるに充分な事だ。 「もっとも、仲間は逃がしたし、後はボクが街から脱出するだけなんだけど。脱出するのが難しくて困っている。君たちが街を出る時に一緒に連れて行ってほしい」 「囮、ですか」 教杖を握りしめ、リアが吐息する。 クキィはソファに座ったまま片目を閉じた。タレットは口から煙の輪を出している。部屋に漂う沈黙。レイスの目的はその宝石なのだろう。スラッジカンパニーに侵入し、逃げる段階で仲間を逃がすために自分が囮となった。 「でも、あんた一人だけなら、街から出るのも簡単そうに思えるけど」 「うん。ボクもそう考えているんだけどね。色々あるんだよ」 クキィの指摘に、曖昧な答えを返してくる。 多くの人手を出しているとはいえ、スラッジカンパニーには警察ほどの展開力は無いだろう。加えて、今までのレイスの動きから考えるに、街から出るのは難しくはない。しかし、それをしない。街から出られない理由があるのかもしれない。 「クキィ、帰ってたのか」 四人の視線が部屋のドアに向いた。 ドアを開け、黒い男が入ってくる。大柄な体躯と獣たてがみのような黒髪、獰猛さと暢気さの同居した顔立ち。黒い上着に黒いコート、黒いズボンと黒一色の出立。一回見たらまず忘れない容姿だろう。 「ガルガス」 クキィは声を上げた。部屋に入ってくるガルガスを眺めながら、 「最近静かね、あんた」 「俺もそう思う。暇で困る」 眉根を寄せてガルガスが同意する。最近は派手な行動を起こしていない。混乱した状況では持ち前の無茶苦茶を駆使して暴れ回るが、平穏な状況では全く役に立たない。今の一応落ち着いている状況は、ガルガスにとって退屈のようだった。 椅子に座っていたレイスに気付き、声を掛ける。 「おう。レイスじゃないか。こんな所で会うとは奇遇な。元気そうだな」 「ガルガス・ディ・ヴァイオン……久しぶりだね。三年ぶりくらいかな? でも、元気そうだなとは失礼だね。ボクがそう簡単に死ぬわけがないじゃないか」 隣の椅子に立て掛けてあった教杖を右手で掴むレイス。微かに皮肉げな微笑を口元に貼り付けていた。ガルガスとは因縁浅からぬ仲のようである。 「昔話はさておいて、君の力を借りたい。協力してくれるとありがたいよ」 「よくわからないが、わかった」 あっさりとガルガスが頷いた。事情を知っているのか深く考えていないのか、詮索はしない。理由はどちらでもありそうなのが、ガルガスの怖いところだ。 「で、お前さん、一体"何"を盗んだんだ?」 煙草を一度口から離し、タレットが目を細める。宝石と言っているが、それが何かはまだ答えていない。軽々しく口に出せる事ではないようだ。 いくらかの黙考を挟んで、レイスが答える。 「……"黒曜石"」 部屋に訪れる冷たい空気。リアとタレットが沈痛な顔で頭を押さえていた。レイスが口にした黒曜石という単語。それに心当たりがあるようだ。ガルガスは壁により掛かって目を擦っている。こちらは興味が無いらしい。 蚊帳の外の気分で、クキィはリアに尋ねる。 「何それ?」 「……天の教会が回収している魔石の一種で、名前通り黒曜石の破片のような見た目をしています。……危険物と言われていますが、どのような力があるかは不明です。管轄外のことなのでわたしは詳細までは知りませんけど」 言葉を選びながら、リアが説明した。 嫌な予感を覚えて、クキィは眉間を押さえる。不快感を示すように尻尾が曲がった。ある程度は面倒な事を覚悟はしていた。どうやら予想以上らしい。クキィ自身何ができるわけでもないが、神経を削るような消耗は避けたい。 「噂話程度には聞いてたが、実際に動いているヤツを見るのは初めてだ」 眼鏡を動かし、タレットが短くなった煙草を灰皿に押し付ける。 「それをボクがスラッジカンパニーから盗み出したわけさ」 右手で自分を示し、レイスは得意げに言った。 「ん――?」 タレットやレイスの説明を頭の中でまとめ、クキィは違和感を覚える。スラッジカンパニーが手に入れた黒曜石を、レイスが仲間とともに盗み出した。しかし、カンパニーは黒曜石の価値は知らないように思える。知っているなら、もっと秘密裏にレイスを捕まえようとするはずだ。しかし、実際は探し方がかなり荒っぽい。 「あと、一緒にあったお金とか貴金属とかを貰えるだけ」 「待て、コラ」 クキィは思わず声を上げた。数秒前の疑問が氷解する。 「そっちは普通に犯罪でしょ。宝石盗むのも犯罪だけど」 少なくとも黒曜石は、窃盗行為を行うに値する理由がある。しかし、他の現金や貴金属は普通に泥棒だ。カンパニーがレイスを追い掛けている理由はそちらだろう。大金や貴金属を盗んで、組織の面子に傷を付けた。 「元々違法な方法で集めたお金だからね。ボクが頂いても問題は無いよ。それに、目眩ましには丁度いいものだし、事が終わったらしかるべき場所に寄進しておくから」 悪びれる様子もない。 「囮になるために大泥棒か。なるほど、有効な作戦だ」 眼鏡を動かし、呆れたように肩を竦めるタレット。 レイスは自分を囮にするため、カンパニーから金目の物を大量に盗んだ。結果、注意は自分に向けられ、仲間を逃がす事は成功している。 「……盗んだお金、ネコババする気満々ね」 クキィの指摘に、レイスは両目を閉じて微笑んだ。 「黒曜石は今どこにあるのですか?」 「ボクが持ってるよ」 リアの問いに、レイスはそう答える。 |
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