Index Top 第4話 白い霧に包まれて |
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第6章 立ちはだかる強敵 |
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微かな風にカラの髪の毛とリボンが揺れていた。 「クキィさん、タレット先生――」 銃を構えた二人を前に、怯むこともない。動きを見切って銃弾を躱せる者は、この世にはそれなりに存在していた。防御術で並の銃弾を受け付けなくすることも。 金色の瞳で二人を順番に見やってから、苦笑いを見せた。 「できれば、余計な事はしてほしくないんだけどネ。ワタシたちはアナタたちには手は出さなイ。だからワタシたちの行動にも干渉してこないデ」 「そういうわけにもいかないだろ」 ため息混じりに答えたのは、タレットだった。当たり前の意見だろう。拳銃をカラに向けたまま、にっと皮肉げに口元を曲げる。 「あいつが簡単に殺されるとも思えんが……世の中万が一ってのがあるからな。こっちはただでさえ手札不足だってのに、ワイルドカード無くなったらどうしろってんだよ」 カラは気まずそうに首を横に動かした。 「アナタたちが大変なのは知ってるし、それは悪いと思ってるヨ。でも、彼を放置しておくわけにもいかないからネ。彼は危険な人だカラ」 夜闇の方角へと目を向ける。そちらでヴィンセントがガルガスと戦っているのだろう。月も星も見えない闇で、何が起こっているかは分からない。 頭のもやもやを吐き出すように、クキィは口を開いた。 「話が読めないんだけど、ガルガスって何者なの?」 最初の頃からの疑問。ガルガスが何者なのか? リアやタレットのように素性がはっきりしているわけでもなく、何故か一緒にいる。そして、常識の通じない行動を取る。異常な頑丈さと怪力、拳銃すら食べてしまう無茶苦茶。 カラから意識を外して、タレットが首を捻る。拳銃はそのままに。 「うーん。何なんだろうな? 人間であって人間じゃないモノ? オレたちも詳細まで知ってるわけじゃないんだよ。気になるなら、当人に訊け」 要領を得ない答えだった。 カラもタレット同様不思議そうに首を傾げている。 「ガルガスさんは何者だろうネ? 先生は"徘徊する混沌"って表現してたけド……ワタシもよく知らないナ。でも、今の内に無効化しておきたいノ」 改めてクキィたちに向き直った。 徘徊する混沌。ディスペアは歩き回る不条理と言っていた。どちらも仰々しい名称で、具体的にどのようなものかは分からない。 「あたしよりも価値あるみたいね、あいつ……」 口先を尖らせ、呻く。胸にある軽い嫉妬。あまり歓迎できるような立場ではないが、他人から注目されるのは、実のところ少し嬉しかった。 「中身の見えない伏せカードとジョーカー。どっちが大事かってのは人によるな」 タレットが慰めの言葉を口にする。 クキィは尻尾を動かし、首を左右に振った。 「さて、お嬢ちゃん、どいてくれないか?」 改めて拳銃の銃口をカラに向ける。 クキィの向ける魔銃も、照準は外していない。込めた魔力は大。威力は大口径弾並で、多少の防御術なら貫ける。当たれば無傷では済まないはずだ。 問題は当てられるかである。銃を向けられているのに、カラは動じていない。ほんの僅かに魔力の揺らぎが見える。強化系の術だろう。しかし、術の気配を消しているため、どのような術なのかは伺い知れない。 「月並みだケド、向こうに行きたかったらワタシを倒し行ってネ。ワタシをどうにかできないなら、先生は止められないヨ」 「クキィ、狙え!」 タレットが指を引いた。 その瞬間、全てが加速する。 トリガーが引かれ、撃鉄が雷管を叩き、火薬が爆発した。その爆圧によって弾頭が発射される。銃身内部に切られた施条によって回転を得た弾丸が、空を切り飛んだ。 だが予想通り、弾丸は瓦礫を爆砕するだけに終わる。 ほんの一瞬で、カラがタレットとの間合いを詰めていた。筋肉の動きから射撃を見切ったのだろう。オレンジ色の髪の毛とスカートの裾が大きくはためく。 右手の一振りで拳銃をはじき飛ばし、左手を伸ばした。 「がふ――!」 顎を掌底で打ち上げられ、タレットが仰け反る。 その結果まで一秒程度しかかかっていない。 そこに魔銃を向けるクキィ。狙いは適当だが、当たれば効果はあるだろう。タレットに当たらない事を祈りつつ、トリガーを引く。螺旋の硝煙を残して飛んでいく魔弾。 だが、やはり当たらない。 伏せるほどに身体を屈め、カラは弾けるように跳んでくる。 尻尾を伸ばし目を見開き、クキィは後ろへと跳んだ。しかし、それを遙かに上回る速度でカラは動いていた。金色の目を開き、オレンジ色の髪と赤いリボンを尾のように引きながら。辛うじて意識に引っかかるほどの俊敏性で。 魔弾に撃ち抜かれる壁と、仰向けに倒ていくタレットが目に入った。 カラの左手が魔銃を弾き飛ばす。 そして、右手の突き。握った拳が顎目掛けて振り抜かれた。 (間に合えェ!) クキィの持ち上げた左腕が、カラの突きを間一髪で受け止める。 ありったけの魔力を注ぎ込み、鉄硬の術を使っての防御だった。身体を硬化させる防御術。本気で発動すれば、銃弾でも防げるものだ。しかし、それを撃ち抜いて衝撃が響く。骨が砕けるかと思う威力を以て。 事実、術を使わなければ、骨が折れていたかもしれない。 そして。 (やっぱり――手加減してる!) 愕然と理解する。 一瞬にしてタレットを倒し、クキィを追い詰めているカラ。その力はかなり手を抜いたものだった。子供を相手にする大人のような、圧倒的な実力差である。もしカラがクキィたちを殺す気になっていれば、文字通り瞬殺だった。 カラが腕を引き、次を撃ってくる。 ドッ。 鈍い音とともに、カラが横に跳んだ。 カラにとっても、それは予想外だったらしい。呆気に取られた顔で二メートルほど宙を舞う。空中で体勢を崩しかけながらも、着地と同時に体勢を立て直した。 「撃たれタ……?」 驚きに口を開き、視線を下ろす。ワンピースの脇腹に小さな穴が開いていた。周りが少し焦げている。まだ血は出ていないが、それは銃創だった。近距離からの狙撃。 「断絶せよ、世界。阻め、虚空の境壁」 声は大きくなかったが、はっきりと聞こえる。 空中から現れる六枚の透明な板。二メートル四方の立方体となってカラを取り囲む。しかし、一拍だけ早くカラがその場から跳び退っていた。ワンピースの裾の一部が切り取られて、立方体の中に落ちる。 それで全てが終わった。 仰向けに倒れたタレット、クキィの射撃によって砕けた壁、床に落ちた魔銃。 「うぅ……」 「痛い……」 クキィは右手で左腕を押える。痺れて感覚の無くなった腕。顎を押えて呻いているタレットを見るに、鉄硬の術を使うことを見越しての攻撃だろう。 空間を切り取るように現れた透明な立方体――リアの法術だった。隙を突いての狙撃から、防御障壁によって捕獲しようとしたようである。 カラの反射速度が僅かにリアの予想を上回っていた。 「今のは危なかったネ。でも失敗だヨ……」 ある程度距離を取ってから、カラは脇腹の傷口を押えた。苦しげに顔をしかめる。術防御をも貫く攻性弾頭だろう。それでも、深手にはなっていないようだった。 「それ以上やるなら、ワタシももう少し本気を出さないといけないネ……。今みたいに無傷で無力化は無理だヨ……。それでも、続ける?」 「そうですね。降りましょう」 床に着地する、軽い音。 リアだった。 水色の法衣と帽子という恰好は変わらず、布のベルトで教杖を背負っている。両手で持っているのは、大型の自動小銃だった。アサルトライフルよりも一回り大きなバトルライフル。狙撃用のスコープと、グレネードランチャーが装着されている。 火器を持つ教士というのは奇妙だが、もう見慣れてしまった。 「それにしても、人外領域に踏み込んでいる人は、やはり頑丈ですね」 「これ……人に向ける銃弾じゃないよネ? 月の教会製の攻性法礼弾だと思うケド。ワタシじゃなかったら、多分バラバラになってたヨ……」 脇腹を押えたまま、カラがリアを見る。金色の瞳に困惑の色を浮かべ、口元に薄い苦笑いを貼り付けたまま。例によって相当に高威力のようだった。 「リア……。治療頼むー……」 仰向けのタレットが、震えながら手を伸ばす。脳震盪を起こしてまともに動けないようだった。しかし、それ以外にダメージは無いようである。 本当に、手加減して無力化させるだけだったのだろう。 カラは脇腹を押えたまま、困ったように笑う。 「これは、ワタシたちの問題だかラ。アナタたちには関わって――ン?」 カラが横を向いた。 ドガァッ! 轟音を響かせ、黒い人影が直撃する。今度は避ける余裕も無かった。クキィもタレットも、リアも動けない。誰も予想していなかった所への不意打ち。 飛んできた人影とともに何度か床を転がってから、うつ伏せに倒れるカラ。 「う……」 その横に倒れているのはヴィンセントだった。目立った傷は無いが、ダメージは大きいようである。消耗しきった様子で、仰向けのまま荒い呼吸を繰り返していた。所々衣服が破け、マントは半分千切れている。ガルガスとの戦闘の結果だろう。 近くには一本の槍が落ちていた。 「どうやら、助けに行く必要は無かったようですね――」 そう呟き、リアが目を移した。 |
強化の魔術 身体能力を高める類の強化魔術。魔力の気配を消しているため、どの部分をどれほど強化しているのか読みにくい。 魔力の穏行 魔力の気配を消し、使っている術を相手に気付かれないようにする。単純に使っている術を隠すことから、奇襲まで用途は幅広い。一定以下の力でないと、気配を消し切れない。 鉄硬の術 魔力を用いて身体を硬化させる防御術。全力で使えば銃弾も防げる。 断絶せよ、世界。阻め、虚空の境壁 空間に作用する力場によって、相手の攻撃を防ぐ防御壁。見た目はガラスの壁。術構成に時間がかかるものの、効果は非常に高い。術発動から障壁出現までの僅かな時間に、障壁の出現位置に物体が置かれると、その物体を切断してしまう。元々ある物体上には障壁を作れない。 相手を捕獲するためにも使える。 難易度7 バトルライフル やや大型の小銃弾を使用する、火力の強い自動小銃。狙撃用スコープやグレネードランチャーを装備している。弾薬は攻性法術を組み込んだ極めて威力の大きなもの。 |
11/6/9 |