Index Top 第4話 白い霧に包まれて |
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第7章 砕けた刃、砕けぬ力 |
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「なかなかの強敵だった」 瓦礫の上に仁王立ちしているガルガス。黒い眼を開き、両腕を組んでいる。口元に満足げな笑みを浮かべ、ヴィンセントを見下ろしていた。 「残念だが、まだ俺には届かなかったようだな」 「元気そうね……」 左腕を押えたまま、クキィは呻いた。 ヴィンセントやカラの態度から、窮地に陥っているかと想像したのだが、そんな様子も無かった。いつもと変わらぬ態度で、傷ひとつ見られない。 「俺はいつだって元気だぞ」 鼻息ひとつ吐いて、得意げに言い切る。初めて会ったから変わらない。とことんマイペースな態度だった。人並みに落ち込んだり悩んだりするガルガスというのも想像できないし、仮に存在したら怖いが。 「あたしたちの努力、無駄だったじゃない……」 そんな徒労感。 感覚の戻ってきた左腕を撫でながら、肩を落とす。骨に異常は無いと思うが、内出血は起こしているかもしれない。幸いリアが無事なので、治療は簡単だろう。クキィも治療系魔術は使えるが、リアの法術には遠く及ばない。 ガルガスが一度頷いてから、人差し指を持ち上げる。 「世の中、頑張ったからと言って必ず上手くいくとは限らない。それでも、努力するという事は大切である。結果だけが運良く転がってくることはまず起こらない」 「何それっぽいこと言って誤魔化してるのよ」 一応ツッコミを入れておく。 続く話題は無さそうなので、とりあえずヴィンセントを見る。 廊下だった場所に倒れていた。見た限り大きな傷などはない。しかし、酷く消耗しているようだった。服も一部破れ、高級そうなマントは半分無くなっている。 「それって……」 その傍らに落ちた槍。黒い柄と鈍色の槍身、その根元から左右に剣身が伸びている。何の変哲も無いように見えるが、違和感があった。 不意にカラが槍を掴む。その姿が、一瞬消えた。 「ィヤああァァァッ!」 咆哮のような叫びとともに、跳ぶ。足元の床を砕きながら。爆発するような魔力の奔流だった。溢れ出る余波が烈風となって吹き荒れる。魔力の気配を隠すつもりはないらしい。手加減などない全力の魔術強化だろう。 カラは槍の石突辺りを両手で握り締め、ガルガスへと斬りかかる。クキィたちを相手にした時を遙かに凌ぐ速度と鋭さで。オレンジ色と赤と白が残像となって視界に残る。 ガルガスが凶暴な笑みを浮かべるのが見えた。 「おらぁ!」 右拳を振り抜く。 澄んだ金属音。 袈裟懸けに振下ろされた槍に、ガルガスが拳を叩き付けた。生身の拳と金属の刃。圧倒的な強度差のある両者が激突し、砕けたのは刃の方だった。 カラが空中を蹴って後退する。 砕けた槍身。三枚の刃といくつかの破片となって、床に散らばる。あっけないくらい簡単に折れていた。 元々立っていた位置に着地するカラ。もう魔力は消えていた。 「あー。壊れタ……」 刃の無くなった柄を見ながら、瞬きをする。根元からきれいに叩き折られた刃。槍としての機能は完全に失っていた。おそらくその槍が切り札だったのだろう。 ガルガスが胸の前で両拳を軽く打ち合わせる。 「久しぶりに歯応えがあって楽しかったぞ。また機会があったら挑戦してくれ。俺はいつでも受けて立つ。次はもっと強力な武器を持って来いよ?」 「そうします……」 上体を起こしながら、ヴィンセントが左手で額を押えた。ヴィンセントは本気で殺す気で挑んだのだろうが、ガルガスにとっては遊びのようなものだったらしい。 カラも残念そうに柄を動かしている。 三人の様子を眺めながら、クキィは尋ねた。 「勝手に解決してない?」 赤い眼を一度クキィに向けてから、ヴィンセントがその場に起き上がった。 「元々僕たちとガルガスさんの問題ですし。干渉しないで欲しいと言ったのに、首を突っ込んできたのは君たちですよ。乱暴な言い方ですけど――殺されなかっただけでも、ありがたいと思って下さい」 怒るでもなく、責めるでもなく、そう告げてくる。 クキィは何も言えず、尻尾を動かした。床に落ちている魔銃を見つめる。圧倒的なカラの実力。さきほどリアが不意打ちで噛み付いたが、カラが本気で殺す気だったら、自分たちはなすすべなく殺されてた。生きているのは幸運と言っていい。 リアが倒れたタレットに左手を翳す。右手にはしっかりとライフルを構えていた。 「癒せ、生命の息吹」 水色の光の粒子がタレットの身体に落ちる。治療法術だった。見える法力の量からして、治癒力を補助する簡易治療らしい。軽い脳震盪には、これで充分だ。 光が身体に吸い込まれ、数秒。タレットが上体を起こした。 「ったっく。殴られ損か……」 顎をさすりながら、近くに落ちていた眼鏡を拾い上げる。レンズに傷が出来ていない事を確かめてから、眼鏡を掛けた。続いて、近くに落ちていた拳銃を拾い上げ、安全装置を留める。拳銃を懐に収めてからその場に立ち上がった。 その隣に立つリアは、ライフルを持ったまま戦闘態勢を崩していない。 ヴィンセントは破れたマントを指で弄ってから、タレットたちに向き直った。 「これから君たちはどうしますか? 泊まっていくというのなら、部屋の用意はしますよ。さすがに使える部屋は少ないですけど」 「いけしゃあしゃあと言うわね」 クキィは目蓋を下ろし、ヴィンセントを見る。罠の類ではないだろうが、どこまで本気なのか推測できない。今の殺し合いを水に流そうと言っているのと同じである。 しかし、クキィの不満をよそに、タレットはてきぱきと話を進めていた。 「そう言ってくれるなら、お言葉に甘えさせてもらう。寝床で眠れる機会ってのは、大事だからな。ここから野宿とか、無茶だろ。寒いし」 「たまには、ベッドで寝たいものだ」 瓦礫の山から下りたガルガスが、したり顔で相づちを打っている。 既に、この館に泊まり直すという流れになっていた。ヴィンセントたちにクキィを攻撃する意志が無く、ガルガスを殺すことも一時諦めたようなので、危険性は無いだろう。それでも、色々腑に落ちない部分は多いが。 クキィは短く呪文を唱え。 「治癒の光」 右手で左腕を撫でる。治療魔術の効果によって、痺れていた左腕に感覚が戻ってくる。怪我の程度は軽いので、クキィの治療魔術でも効果はあった。 見ると、カラが撃たれた傷口から銃弾を抉り出している。深くまでは入っていなかったようだ。血と脂に塗れた弾丸を投げ捨て、傷口を手で押える。 「――クリー……レン」 手から漏れた光が、傷を治療していた。呪文らしいが、その意味は読めない。クキィが使うような主流派の魔術ではないようである。 「うー。やっぱり痛いネ……」 「ところで、これは一体何でしょうか?」 リアの呟き。 右手にライフルを持ったまま、左手で銀色の破片を拾い上げていた。ガルガスが叩き壊した刃の一本だった。魔術の灯りに照らされ、鈍い銀色の光沢を見せている。 「魔力や法力、妖力の気配はありませんし、見た限り普通の鋼ですが、ガルガスさんに向けたということは、並の道具ではありませんね? 幻器物の類でしょうか?」 緑色の瞳をヴィンセントに向ける。瞳に映る、鋭利な光。その刃が常識の枠から外れたものであるとは、すぐに分かっただろう。 カラが落ちた破片を集めている。 ヴィンセントは左手を持ち上げた。その指先が黒い霧となって崩れていく。 「それは言えません。無理に聞き出す気なら、全力で抵抗します」 「期待はしていません」 素っ気なく微笑み、リアは破片をカラに渡した。 |
癒せ、生命の息吹 治癒力を高めて傷などを癒す基本的な治療術。 難易度3 治癒の光 魔力によって治癒力を高める基本治療術。 難易度2 クリーレン カラの使った治療術。撃たれた傷を回復させる。 主流派の魔術ではないらしい。 |
11/6/16 |