Index Top 第4話 白い霧に包まれて |
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第4章 ワイルドカード |
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夕食を食べ終わり、寝室に案内される。 用意された部屋は、やはり古風だった。ベッドがふたつと小さなテーブル。掃除をする前は埃っぽかったが、今はそれなりにきれいだった。窓の外には夜の闇と、変わらぬ霧が立ちこめている。 「お食事、美味しかったですね」 椅子に座ったリアが、静かにそう呟く。杖を壁に立て掛け、帽子を机に置き、椅子の傍らに茶色いトランクを置いていた。ノートパソコンを広げて、キーボードを叩いている。報告書を作っているらしい。以前見た時は日記のような内容だった。 ベッドに腰を下ろし、クキィは右手で魔銃を抱えている。 「いいのかな? 結構無防備に食べちゃったけど」 舌を出し、表面に指を触れさせた。少しザラついた感触である。 出された料理は普通に食べてしまった。今のところ特に症状などは出ていないものの、もしかしたら毒などが盛られていたかもしれない。 キーボードを打つ手を止め、リアが唇を撫でる。 「少なくとも食べてすぐに効果が出るような薬物類は入っていませんでしたし、大丈夫でしょう。ガルガスさんも問題無く食べてましたし。何かあったらその時です」 「あいつなら、猛毒でも普通に食べられると思うけどね。拳銃食べたし……」 ヒゲを撫でながら、クキィは目蓋を下ろした。出された料理の三割ほどを一人で食べてしまったガルガス。それでも、タレットが大量に作っていたおかげで、足りなくなることもなく食事は終わった。 それはさておき。クキィは肩を落としてリアを見据える。 「分かるの? そういう薬物類って……。普通は知らないと思うけど」 「無味無臭は無理ですけど、癖のあるものなら」 笑顔で答えるリア。薬物類の味についてある程度の知識があるらしい。 ヒゲを撫でつつ、訊いてみる。 「月の教会って、その手の軍隊とか持ってたっけ? 退魔騎士団があるのは知ってるけど、それはあくまで対人外用だし。今更秘密裏に存在してたとしても驚かないけどさ」 「細かい事を気にしてはいけませんよ」 優しく微笑み、リアが指を左右に振ってみせた。ごく普通の笑顔で、危なげな気配は感じない。しかし、その事が言いようのない恐怖を生み出している。危険なはずなのに危険性が見えないという不気味。 返す言葉を考えてみるが、適切な言葉が浮かばない。 (リアって絶対軍事訓練受けてるわよね。しかも、かなり特殊なヤツ) そんな事を思うが、口には出せない。 左手に触れる、真新しい布団。新品のようにきれいだった。この山奥の屋敷に訪ねてきて、なおかつ泊まっていく者は多くないのだろう。 「それ、なに?」 クキィは人差し指を伸ばした。勇気を出して訊いてみる。 リアの足元に置いてあるトランク。長方形の革製で、使い込まれた見た目である。本来衣服類を入れるものだが、リアが素直に衣服を入れているとは思えなかった。 「今回は少々大きなものを用意しました。幸いディスペアさんの一件で、高威力の火器の貸し出しも了承されましたし。彼には感謝しないといけませんね」 嬉しそうに頷く。 予想通り火器らしい。おそらく自動小銃の類とクキィは見当を付けた。 それはそれとして。 「あの二人――」 魔銃を手で撫でながら、ヴィンセントとカラを思い浮かべる。物静かな男と元気な少女。自分から常識の少し外にいる者と名乗った。鍵人の事も知っている。しかし、クキィたちに何かする気は無いようである。 「あたしたちに何かすると思う?」 「おそらくは――」 声を抑えて、リアは答えた。 表情から笑みを消し、緑色の瞳を天井に向ける。法術で作った白い光明が蛍光灯のような光を発していた。 「何が目的かしらね? なんとなく、だけど、あたしには興味無いみたいに見えるわ」 初めて会った時から今までのヴィンセントやカラの言動を思い起こす。演技でないとするならば、二人はクキィにはさほど興味が無い。 緑色の髪の毛を指で梳き、リアは首を横に動かす。 「分かりません。ただの様子見かもしれませんし、拉致や暗殺が目的かもしれません。何かの下準備かもしれませんし。迂闊な事は言えませんけど」 「……そういえば、おじさん何してるかしら?」 台所のドアを開けると、タレットの姿があった。 ヴィンセントと二人、テーブルに向かい合ってトランプを持っている。傍らには酒瓶と吸い殻の入った灰皿。小皿に乗せられたハムとチーズ。 灯りは大きめのロウソク一本と薄暗い。 煙草と酒の匂いに顔をしかめつつ、クキィはそちらに足を進めた。近くに浮かんだ魔術の灯りが一緒に付いてくる。 「何してんの? おじさん」 「酒飲みながら煙草吸いつつ、賭けポーカー」 吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、そう言い放つ。謎の自信と迫力を以て。右手にはカードを五枚持ち、頬は赤く染まっていた。目付きも据わっている。 「何、駄目中年の見本みたいなことやってるのよ……」 クキィは右手で額を押える。 知恵が回り手先も器用だが、タレットは四人の中で唯一戦闘技術を持っていない。その事が気になったのだ。ガルガスと一緒なら問題無いと思ったが、タレットのいる客室にいたのはガルガスだけ。ガルガスによると、台所でヴィンセントと何かしているとのこと。それで様子を見に来てみたら、この有様である。 「息抜きってのは大切だぞー」 タレットは新しい煙草を取り出し、ロウソクの火にかざした。揺らめく火の熱が煙草に移り、先端を小さく燃焼させる。火の付いた煙草を引き、吸い口を咥えた。 「とりあえず無事で何よりね」 口には出さず、クキィは小さく安堵の息を吐いた。 改めて二人を観察する。煙草を咥え緩んだ顔を見せるタレットと、何も口にせず落ち着いた表情を保っているヴィンセント。二人の間にトランプの山札があり、山札の隣には表向きでカードが捨ててあった。細かい部分のルールは見ただけでは分からない。 「どっちが勝ってるの?」 「タレットさんですよ。さすがはウィール大学の天才教授だ。手も足も出ずに、六万リングも持って行かれてしまいましたよ。どうやら、引いたカードも捨てたカードも全部を記憶しているらしい……」 タレットは煙草を置き、コップの酒を一気に飲み干した。満足げに酒臭い息を吐き出してから、コップに新しく酒を注ぐ。灰皿に置いた煙草を再び口に咥え、口から紫煙を吐き出す。それからようやくヴィンセントに目を向けた。 「トランプ全部記憶するくらい、カードゲームやるなら当然だろ。あとは確率計算でどの手を出せそうかを考えて、お互いの心理思考の読み合い。最後にイカサマの隠し味」 持っていたトランプから三枚表向きに捨て、山札から三枚取る。 タレットは一度目を閉じ、中程まで残っている煙草を灰皿に押し付けた。火が消え、細い煙が立ち上る。そして、閉じていた目を開くタレット。その双眸には、鋭利な光が映っていた。今まで遊んでいた駄目中年とは思えない、刃物のような輝き。 「遊びはここら辺にしておいて、だ。あんたの本当の狙いは誰なんだ?」 尋ねながら、五枚のトランプをテーブルに広げた。 スペードの10、J、Q、K、A――ロイヤルストレートフラッシュ。ポーカーでは最強の手札だった。偶然で出せるものではない。イカサマをしたのだろう。 「クキィじゃないのは分かる。なら、オレか? リアか? それとも、ガルガスか?」 ヴィンセントを見据えたまま、続ける。 「そうですね――」 持っていた手札を一瞥し、ヴィンセントはそれをテーブルに置いた。 スペード、クラブ、ハート、ダイヤの7とジョーカー。 「ファイブ・オブ・ア・カインド」 「……ひでぇ」 乗り出した体勢から、タレットがテーブルに突っ伏した。糸が切れた人形のように。一緒に意気も挫けてしまったらしい。纏っていた気迫も霧散する。ロイヤルストレートフラッシュを決め、その勢いでヴィンセントを詰問する。そういう演出だったのだろう。 しかし、あっさりと返された。 「僕たちの狙いは、これです」 ヴィンセントがテーブルに置いたカードから一枚を持ち上げる。ジョーカー。トランプの山札の中に一枚含まれる特殊なカード。切り札の比喩などにも使われる一枚だった。 顔だけ持ち上げたタレットと、戦闘態勢の一歩手前のクキィを順番に見つめ、 「僕たちはあなたちには一切手を出しません。それは約束します。ですから、あなたたちも僕たちに干渉しないでください。お願いします」 そう頭を下げる。 「僕たちの目的は、ワイルドカードを止める事です」 ヴィンセントが右手を開いた。支えを失ったことにより、カードが重力に引かれる。空気抵抗によって木の葉のように一回横に揺れて、音もなくテーブルに落ちた。 「え?」 クキィは瞬きをする。ヴィンセントの姿が――無い。 ほんの一瞬。意識が逸れた瞬間に、ヴィンセントの姿は跡形もなく消え去っていた。どのような術なのか、どのような仕掛けなのか、全く分からない。 だが、どこに行ったのかは考える間でもなかった。ワイルドカード。クキィたち四人の中で、その言葉に相応しいのはガルガスしか考えられない。 「さて、オレたちも行くかね。さすがに無視はできんわな」 残った酒を飲み干し、タレットが椅子から立ち上がった。 |
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