Index Top 第4話 白い霧に包まれて |
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第3章 静かな晩餐会 |
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トントン、と小気味よい音を響かせ、包丁がまな板を叩く。 カラが慣れた手付きで野菜やら山菜やらを刻んでいた。左手で野菜やらを押え、右腕を動かしている。腕の動きと一緒にオレンジ色の髪の毛が、微かに揺れていた。 「野菜切り終わったヨー」 まな板の野菜をボウルに移し、挙手するように右手を上げる。 口端を持ち上げ、タレットが眼鏡を光らせた。白衣の上からエプロンを付け、どこから持ち出したのか頭に白いコック帽子を被っている。その姿は、何故か似合っていた。 「なかなかの包丁さばきだな、カラ。こっちも丁度く煮立ってきてるぜ」 大きめの鍋でスープが煮立っている。 右手に持ったお玉で鍋をかき混ぜながら、左手を伸ばす。その手に野菜の入ったボウルを渡すカラ。左手に受け取ったボウルを、手の中でくるりと一回転させる。その動作に意味があるかは、かなり怪しかった。 野菜をまとめて鍋に放り込み、左手で鍋を示す。 「こいつは灰汁取りしながら強火で茹でる。五分経ったらそこに置いてある粉末スープと液体スープを投入しろ。粉末、液体の順番だぞー。間違えるなよ」 「アイサー」 お玉を受け取ったカラが、言われた通りに鍋を見る。 表面の灰汁を取りながら、中身をかき混ぜていた。 屋敷の他の部分と同様古びた台所である。コンロがみっつに、流し台。その他、棚がいくつか。使い込んだ古さというよりも、純粋に長い時間経過を感じさせるような場所だった。電子レンジやオーブントースターの類が無いこともその理由だろう。 カラに鍋を任せ、タレットがフライパンへと移る。 「さって、こっちは大体計算通りか。良い具合に焼けてるな」 鉄製のフライパンの上で焼かれている、肉や魚。香草も一緒に焼かれている。 フライパンの絵を持ちながら、タレットは左手で眼鏡を持ち上げ、酒瓶を掴んだ。四角いガラス便に入った琥珀色の液体。ブランデーである。 タレットは指で瓶の蓋を開けた。 「行くぜ。投入ッ!」 中身をフライパンへと一気に注ぎ込む。 フライパンの熱によって酒が沸騰する音。そして、フライパンからオレンジ色の炎が大きく燃え上がった。熱によって沸騰したアルコール蒸気に、コンロの火が着火したものである。いわゆるフランベと呼ばれる調理法だった。 「おおオー! 本当に燃えてるヨ! おじさん凄いネー!」 金色の目を丸くして、カラが燃え上がる炎に見入っている。普段はこのような過激な料理はしないのだろう。する理由もないだろう。 フライパンを動かし、炎を揺らしながら、タレットが口笛を吹く。 「当たり前だ。オレは天才だからな」 身体を斜めに構え、親指を立てるキザな仕草。 お玉から手を放し、カラが拍手をしている。 「しかし、フランベってのは思ったよりも簡単だったな。料理の教科書には感謝ってところかね? でも、あーれ、ちょっと多く入れすぎたかなー?」 未だに燃える炎を眺めながら、タレットは頭をかいた。 タレットとカラの奮闘を、クキィたちは椅子に座ったまま眺めている。 クキィたちは着いているのは、十人ほどが並んで座れそうな木のテーブルだった。上には清潔な白いテーブルクロスが敷かれ、スプーンやフォークとコップ、そしてワインの瓶が並んでいる。 天井近くでは、リアの作り出した法力の灯りが部屋を照らしていた。節電のため、電球類はほとんど無いらしい。普段はロウソクやランプで灯りを作っているとのこと。 流し台ではタレットとカラがマイペースの料理を作っている。 「楽しそうねー……」 「楽しそうですね」 クキィの呟きに、リアが頷いた。 杖をテーブルに立て掛け、革製の四角い鞄を足元に置いている。その鞄に意識が向かいそうになるのを自制しつつ、クキィは屋敷の外を見た。 「おじさん、車にあった食料好き勝って持ち出してるし」 屋敷内にあった食材が足りないと言い、タレットはキャンピングカーに積んであった食料や道具などを色々と持ち出していた。そして、料理当番であるカラを助手として、一人のコックとして台所を仕切っていた。 椅子に座ったガルガスが、腕組みをして奮闘するタレットとカラを眺めている。 「この様子なら、夕食は期待できそうだな。最近、食い足りないと思っていたところだし、今日は食えるだけ食っておくか。腹が減ってはイクサは出来ぬと言うし」 「あんたは少し遠慮しなさい」 ぱたぱたと手を動かし、一応指摘しておく。 生物離れした頑丈さや怪力を維持するためなのか、ガルガスはやたらと食べる。普段もクキィの二倍から三倍の量を口にしていた。好きに食べさせると、十人分くらいの食事は苦も無く食べてしまう。満腹という概念は無いのかもしれない。 ガルガスが唇を曲げ、不満そうに見返して来る。 「今日はいつになく賑やかですよ。たまには人が多いのも楽しいものです」 目を細めながらクキィたちを眺め、ヴィンセントが口元を緩めた。テーブルの上座に座っている。椅子もクキィ達の使っている椅子より、少し豪華なものだった。 「こういう機会は珍しいですからね」 視線を向けた先には、皿を持ったカラがいた。 大盛りのサラダや肉や魚の香草焼きの乗った大きな皿を両手に持ち歩いてくる。頭には水差しを乗せていた。倒れそうなものだが蹌踉めくこともなく歩いている。 「はい。お待たセー」 てきぱきとそれらをテーブルに並べていった。 カラの動きを観察しながら、リアが首を傾げる。 「なかなか変わった子ですね。身体は小さいのに、力もかなり強いですし、水差し頭に乗せて歩ける平衡感覚も特筆に値します。それに手足の動かし方を見るに、何かしらの格闘術を習っているようですね」 「お姉さン。それは、秘密だヨ」 金色の目を細めて、カラが人差し指を振った。リアの見立ては当たりのようである。カラ本人はその事について喋る気は無いようだった。 頭の水差しを下ろし、カラがテーブルのコップに水を注いでいく。 「スープ持ってきたぞー。おかわりはたっぷりあるから、遠慮せず食えよ」 タレットが大鍋をテーブルまで持ってくる。置いてあった鍋敷きの上に大鍋を置いた。そして、用意されていたスープ用の深皿に順番にスープを注いでいく。 山菜とキノコと肉団子のスープ。何を入れたのかは分からないが、スープの色は薄い緑色だった。珍しい味付けのようだが、美味しそうな匂いもしている。 スープを各自の前に置きながら、タレットがヴィンセントを見る。 「それで――単刀直入に訊くが、あんたらはオレたちが何なのか知ってるのか? このタイミングで現れて、まさか何も無いってことはないだろ?」 真正直な問いに、クキィは息を止めた。耳と尻尾をぴんと立て、目を点にする。いつか言うとは思っていた。あらかじめ前置きしてから慎重に本題へと踏み込むものと考えていたが、回り道はしないようだった。 「一応は」 言い訳すらせず頷くヴィンセント。オールバックの銀髪を指で払う。 クキィ、ガルガス、リア、タレットを順番に眺めてから、 「鍵人とその護衛者たち」 返事は無い。 皿を並べ終わったカラが、場違いに脳天気な口調で続けた。 「アナタたちは有名だからネ。でも、思ったより普通でビックリしたヨ。もっと変わった人たちだと思っテたんだけどネ。ウン」 「あたしたち……いえ、この三人が普通に見える?」 クキィは、ガルガスとリア、タレットを指差した。一瞬、自分を含めそうになったが、よく分からない意地がそれを許さなかった。片手を上げるガルガスと、一度頷くリア、腕組みをして斜めにポーズを取るタレット。 「うん。見えるヨ」 カラもあっけらかんと頷いた。 クキィはコップの水を一口飲み、天井近くに浮かぶ白い灯りを見上げた。 「普通……って何かしら?」 黄昏れるクキィをあっさりと無視して。 リアがヴィンセントに向き直る。黄緑色の眉を微かに傾け、緑色の瞳に強い意志の光を灯す。睨む――とは違う、相手を射貫くような眼差しだった。 「この霧もあなた方の仕業でしょうか? これほどの規模と濃さの霧を作り出して、術の気配が無いというのは不自然ですが、私たちの常識の外にいるような人たちもこの世界には存在していますから」 ヴィンセントはグラスに注がれたワインを一口飲み、宥めるように微笑みかけた。 「いえ。僕たちは何もしていませんよ。あなたたちが想像しているように、僕らは常識の少し外にいる者ですが――そこまで力は強くありません」 微かに自嘲の混じった言葉。常識の外にいる者。以前のディスペアと同種なのだろう。しかし、自分自身の存在を肯定的に捉えてはいないようだった。 「おい。速く食わないと全部食っちまうぞ」 場違いな言葉に目を転じる。 ガルガスがパンや肉をマイペースに口に入れていた。食べ合わせなど考えず、近くにある料理を適当に口に放り込み、ワインをラッパ飲みしている。お世辞にも上品な食べ方とは言えないが、ガルガスにはよく似合っていた。 大量に作られたはずの料理の既に三割が消えている。 「あんたはなんで暢気に食べてるのよ……」 ただそれだけを、クキィは喉から絞り出した。 |
11/5/19 |