Index Top 第4話 白い霧に包まれて |
|
第2章 山中の館 |
|
立ちこめる霧は変わらず。 「あんたって、凄いわね……」 ガルガスを眺めながら、クキィは目蓋を下ろした。耳を伏せ、尻尾を少し下げる。 キャンピングカーの後部に両手を突き、ガルガスが車体を押している。ギアはニュートラルにしてあるが、車体重量は十トンを越え、道は僅かに上り坂。並の腕力なら動かすことも難しいのに、台車でも押すように軽々と動かしている。 「当然だ。これくらいの重さはどうということもない」 胸を張って答えるガルガス。生物離れした頑丈さもさることながら、腕力も生物離れしている。色々と人間ではない男だった。 前を見ると、カンテラを持ったヴィンセントが先頭を行き、続いて、リア。キャンピングカーを押すガルガスと、クキィ、最後をタレットが歩いている。 ヴィンセントの姿は霧に霞んでいるが、カンテラの灯りが浮かび上がっている。 「ねえ、おじさん。あの人の書く小説ってどんなの? 読んだことあるみたいだけど」 後ろを歩くタレットに訊く。 タレットは白衣の内ポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。続いて、ライターを取り出し着火。一息ついて紫煙を吐き出す。休憩らしい。 携帯灰皿を取り出しながら、クキィに眼を向ける。 「ホラー系の推理小説が中心かな。速筆多作で滅茶苦茶売れてるよ。ただ、かなり癖が強いもの書いてるから、絶賛するヤツとボロクソに叩くヤツの両方がいる。オレも読んでみたけど、どうにも合わなかったな」 と、ヴィンセントの後ろ姿を眺めた。 聞こえていないはずはないが、ヴィンセントは何の反応も見せなかった。 車が止まった所から二百メートルほど離れた場所に、ヴィンセントの家がある。霧が出ていなかったら簡単に分かるような位置だった。 キャンピングカーを車庫に入れ、玄関へと移動する。 「ここが、僕の家です」 三角屋根と茶色い壁の屋敷。二階建てで、それなりに広さもあるようだった。作りはしっかりしているようだが、やはりかなりの年期を感じさせる。白い霧に浮かぶ屋敷の姿は、形容しがたい威圧感を持っていた。 石畳の敷かれた庭には、新しめの車庫と物置があった。 「古いお屋敷ですね。建てられてから、百年以上は経っているのではないでしょうか?」 緑色の瞳を大きく開き、リアが屋敷を見つめている。 ガルガスが目の上に右手をかざし、 「なかなか立派な家だな。立ちこめる霧。現れた謎の男。案内された屋敷。時は夜に向かい、全てが闇に呑み込まれる」 嬉しそうに口元を緩め、頷いていた。 「うむ、ホラー小説のような流れだ。幽霊とか殺人鬼とか出てきそうだ」 眼を輝かせながら、右手を握り締める。 肩を落とし、クキィは半眼でガルガスを見つめる。本人自体がバケモノじみているせいだろう。幽霊も殺人鬼も手頃な遊び相手としか考えていないようだった。 「面白い事を言いますね。残念ながら、そういうのは出ませんよ」 「つまらん」 冷静なヴィンセントの台詞に、不満そうに鼻息を吹く。 「ちと不躾な質問をさせてもらうけど、いいか?」 屋敷を眺めていたタレットが軽く右手を持ち上げた。挙手するように。 「こんな所に一人で暮らすってのはさすがに不便すぎやしないか? 風力発電と水力発電があれば、ガスとか無くても何とかなるだろうけどよ。食い物とか色々大変だろ」 街に住んでいれば、街の社会基盤をそのまま使える。電気、ガス、上下水道、電話ネット回線、その他。しかし、この山中にはそのような便利なものはない。 ヴィンセントがにっこりと笑う。 「ご心配なく。その気になれば、かなり何とかなるものですよ。食料は月に一回、日持ちのするものを買い溜めしていますし。取り放題というわけではないですが、山菜も生えていますから。それに、僕は小食ですからね」 「そんなもんかねぇ?」 首を捻るタレット。 そんな事を話していると、玄関の扉が開いた。 「おかえりなさイ。先生」 明るい声とともに、少女が一人出てくる。 十代前半の見た目の妖魔族の少女だった。長いオレンジ色の髪を背中に流し、首の後ろを赤いリボンで留めている。金色の瞳と屈託のない顔立ち。来ているものは、ワンピースに似た服だった。材質は麻に似ている。しかし、大人用のものらしく身体よりも一回りサイズが大きい。両袖を捲り、腰を細い帯で縛っていた。袖や裾には、赤、青、緑の糸で幾何学的な模様が刺繍されている。 少女がクキィたちの方へと歩いてきた。木のサンダルの足音。 「あれ、お客さン? 先生がお客さん連れて来るなんテ、珍しいこともあるネ」 金色の瞳でクキィたちを見回し、そう言ってくる。アクセントを少し外した珍しい喋り方だった。方言かと思ったが、その類ではない。 「あなたは?」 少し身を屈め、リアが尋ねる。 「ワタシ? ワタシはカラ・クライン。よろしクー」 快活に自己紹介をしてから、右手を持ち上げる。仕草や表情は年齢相応――というよりも、年齢よりも幼く見えた。それは、ひどく不自然に思える。もしかしたら演技かもしれないが、これがカラの素の性格なのだろう。 タレットが胡乱げにヴィンセントを眺めた。 「娘……ってわけじゃないよな? 雰囲気違うし、名字も違うし。未成年略取とかだったら、さすがにオレらも黙ってられないんだけど」 「人聞きの悪いこと言わないで下さい……」 ヴィンセントが苦笑いしながら指で頬を掻く。 中年の小説家の男。年端もいかない女の子。それが山奥の山荘に一緒に住んでいる。誤解を招かない理由が思いつかない。その自覚がヴィンセントにもあるのだろう。 「カラは……相棒、ですかね? 彼女は絵描きなんですよ。僕の書いた小説の挿絵を描いたり、他の作家の依頼を受けて書いたりもしていますよ。見たことりません? 少し癖のある角っぽい絵柄」 と、赤い眼でタレットを見る。 「んー? あれか」 緩く腕組みをして、タレットが頷いた。心当たりがあるらしい。 「色々あって僕の家に居候しています」 話が終わったと判断したのか、カラがクキィたちを順番に眺める。金色の瞳に楽しそうな光を映しながら、 「うーン。今日の晩ご飯は六人分カナ? お客サンも来たことだし、今日は腕に寄りをかけてゴハン作るヨ。あと、寝室の準備もしておかないトネ」 「お嬢さん、料理ならオレが手伝うよ。こう見えても、料理は得意だからねィ」 軽く手を挙げながら、タレットが前に出る。理由は不明だが、タレットは料理がやたらと上手い。本人は天才だからと言い張っている。 「ありがとウ、おじさん」 笑顔で礼を言うカラ。一人でクキィたちも含めた六人分の料理を作るのは大変だ。タレットが手伝えば、大分楽になるだろう。 続いてリアが自分の胸に左手を当てる。 「私は寝室の片付け手伝います」 「リアさんでしたか。助かります。客室に案内しますので、付いてきて下さい。ベッドメイクは僕も手伝いますよ」 ヴィンセントがリアに眼を向けた。 カラとタレットは料理。ヴィンセントとリアは部屋の片付け。いつの間にかに決まっていく役割に、クキィは慌てて声を上げた。 「えっと、あたしたちは?」 と、ガルガスを見る。 「……ん?」 瞬きして疑問符を浮かべるガルガス。 タレットやリアほど器用ではなく、手伝いをするといっても力仕事しかできない。何もしないのは仲間はずれにされているようで、良い気分はしなかった。 ガルガスが握り締めた右手を真上に振り上げる。 「掃除。頑張るぞ!」 |
11/5/12 |