Index Top 第3話 野宿 |
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第1章 クキィの実験 |
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草原の道を走るキャンピングカー。 日は沈み、辺りは暗くなっていた。日も沈んだ夜七時過ぎ。西の空には微かな夕日の名残が見える。四車線道路を通るのは、クキィたちの乗ったキャンピングカーだけだった。他の車は見られない。 タレットがブレーキを踏み、車を道の横に停める。 「今日はここら辺で野宿かな?」 運転席のドアを開け、外に出た。 クキィも助手席から降りる。靴越しに触れる土の感触。周りはほとんど草の生えていない更地だった。その周りは五十センチくらいの草が茂っている。空を見れば、濃い紺色の空に無数の星が輝いていた。街中では見られないような、星の輝きだった。 十秒ほど星空に見入ってから、クキィは我に返った。 煙草に火を点けているタレットに声を掛ける。 「前から訊こうと思ってたんだけど、なんで車で移動するのよ? 場所分かってるみたいだから、飛行機でぱーっと行っちゃえばいいんじゃない」 大きな街から街への移動は、普通は飛行機である。クキィたちのように車で道路を走るというのは珍しかった。車の旅行を趣味とする者はいるらしいが、それとは違う。 少なくとも、クキィたちが車で移動するのは不自然だった。 「そういうわけにもいかないんだよ」 紫煙を吹き出しながら、タレットは乾いた笑みを見せる。 煙草の火の赤。微かに立ち上る灰色の煙。漂ってくるヤニの匂いに、クキィは顔をしかめて一歩後退った。昔から煙草の匂いは慣れない。 煙草を咥え、左手の人差し指を向けてくる。 「大雑把な理由としては、まだお前が鍵人として未熟なこと」 「未熟とか成熟とか完熟とか、そういうのあるの?」 クキィは鍵人。それは何度も言われてきた。今のままで大丈夫と考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。 煙草を揺らしながら、タレットが眼鏡を動かす。 「何事も時期と順序ってものがある。いきなり連れていっても、鍵として動くかどうか怪しいってことよ。文献によると鍵人ってのは"鍵としての自覚"ってのを持ってるようだけど、あいにくお前にはその自覚ってのが無い」 と、煙草でクキィを示す。 自覚。それで何も思い当たらないということは、自覚が無いということなのだろう。簡単に事が進むとは思ってはいなかったが、やはり面倒らしい。 「だから、時間をかけてその"自覚"ってのを目覚めさせる」 乾いた風が吹き抜ける。草の揺れるざわめき。 タレットが灰色の髪の毛を手で押さえる。 「薬物や魔術で強引に覚醒させるって方法もあるけど、それはマズいだろうし」 「マズいわね」 半眼で頷く。 強制的な覚醒。潜在能力を引き出すために行われることがあるらしい。しかし、結果に関わらず肉体精神ともに重大なダメージを追うことが多い。クキィが似たようなことをすれば、死なないにしろ死ぬような状態になるのは目に見えていた。 タレットは煙草を揺らしながら、付け足す。 「あと、飛行機だとテロられるのが怖い」 空中に浮かぶ、法術の灯り。 キャンピングカーの傍らに置かれた簡易コンロがふたつ。液体燃料を燃焼させた青い炎が揺れている。工業燃料ではないので、直火調理も可能らしい。 折りたたみ椅子に座ったリアが楽しそうに火を眺めている。 「なんだか、キャンプみたいですね」 青い炎を映す緑色の瞳。炎を見入るように目蓋を下ろしていた。 持ち上げた手の平に映る、白い光の羅針盤。広範囲探知の法術のようだった。ゆっくりと回転しながら、かなりの広範囲を探知している。少なくとも、法術の効果の届く範囲に危険なものはないようだ。 水を入れた鍋をコンロの上に置き、タレットがリアを見る。 「これから、もっとキツい場所で寝泊まりするかもしれないんだ。身体は慣らしておいた方がいいからな。まだまだ旅は始まったばかりだぜ」 にっと笑ってみせた。リア以上に今の状況を楽しんでいるようだった。いい年したおじさんであるが、タレットは子供っぽい部分が多い。 「それで、晩飯は何にするんだ? 肉ぽいものが食べたいと思うのだが」 少し離れた所から火を眺めながら、ガルガスが口を開く。相変わらずのマイペース。腕を組んだまま退屈そうに立っていた。風に吹かれて、コートの裾が揺れている。 「肉なら、ウサギくらいはいると思いますよ」 リアが周囲の草むらに目を向ける。辺りに生い茂っている草。この辺りには大型の草食動物はいないらしいが、兎や鼠など小型の動物はいるだろう。 左手で猟銃を構えるような仕草を見せる。 「捕ってきますか?」 「いや、いいわ――」 ガルガスの返答を待たず、クキィは手を振った。 尻尾を垂らして、リアを見る。かれこれ一週間くらい一緒にいる、月の教会の教士。最初は真面目な優等生に見えたが、どうやらそうでもないようだった。言動は丁寧だが、時折物騒な事を言い出す。 「ま、あるもんで作るさ。適当に」 食料と書かれた箱を物色しながら、タレットが言ってくる。 料理はタレットが行うらしい。リアは周囲の見張り。ガルガスはよく分からない。クキィは今すぐやるような事はないようだった。 「もしかて、あたし手が空く? ちょっと試してみたいことがあるんだけど」 横一列に並べられた五個の石。 その上に置かれた空き缶五つ。 クキィが立っている場所から空き缶まで、距離は二十メートルほどだった。 「こんなもんかしらね?」 ヒゲを揺らしながら、ベルトで肩に担いでいた魔銃を下ろす。 長さ一メートルに幅二センチ、高さ五センチ。左右側面の前方から最後尾まで溝が一本彫られている。一見しただけでは、黒い板か棒だった。しかし、これは棒でも板でもない。先端には十三ミリの銃口が上下に開いている。 後ろを斜めに引っ張ると、グリップとストックが展開した。 ガルガス曰く、魔銃。 クキィはグリップを右手で握り、銃身に左手を添え、ストックを肩に当てた。基本的な小銃を撃つ構え。照準の類は付いていないので、勘で狙いを定める。 一番右の空き缶に銃口を向け、クキィはトリガーを引いた。 ペフン。 響いた音は、思いの外気が抜けていた。 軽い反動とともに、空き缶が石の上から落ちる。 「……なに、これ?」 瞬きして、クキィは銃口を持ち上げた。豆鉄砲のような威力。いや、豆鉄砲の方がまだマシだろう。缶に穴を開けることすらできていない。ガルガスに頼んだとっておきのはずなのだが、まさに予想外である。 「気合いが足りない」 横からの声に顔を動かすと、ガルガスが立っていた。緩く腕を組んで、黒い瞳をクキィに向けている。どこか呆れたように頬の力を抜いていた。 「そいつは持ち主の力を撃つ銃だ。軽い気持ちで撃てば、軽い力しか出ない」 その向こうで不思議そうにクキィを見ている、リアとタレットの姿があった。タレットはお玉で鍋をかき混ぜている。微かに漂う香辛料の匂い。 ガルガスは右手を握り締めてから、勢いよく正面に突き出した。 「それなりの威力を出したければ。もっとぐいーって根性絞り出して、ぐおーっと気合いを込めて、撃つ! 相手を粉砕するように」 「ぐいーって根性絞り出して……ぐおーっと気合い込めて――」 言われた通り、銃身に気合いと根性を注ぎ込む。グリップから銃身へと流れ込む力が微かに見えたような気がした。 「撃つ!」 ッドグォンッ! 音を文字にすれば、そんな感じだろう。大気を打つ轟音。銃口から螺旋を描いて伸びる白い硝煙。周囲の空気が激しく軋み、破裂する。ストックに跳ね返ってきた衝撃に、クキィは思わず息を止めた。 狙ったはずの空き缶が消えている。 空き缶を乗せた石も無くなっていた。 そこには、直径一メートルほどの穴が空いていた。 「おお。なかなか頑張ったな」 目の上に手を翳し、ガルガスが感心している。 飛び散った土片が降ってきた。一緒に立てた空き缶は残らず吹き飛んでいる。大口径銃は撃ったことがないが、十三ミリ弾を撃てば大体こんな様相だろう。 「えー……と」 あまりの威力に、クキィは目を点にした。 |
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