Index Top 第2話 招かれざる来訪者 |
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第6章 得られたもの |
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「なあああああああ――――!」 本気で泣きながら、クキィは絶叫した。 身体を包む浮遊感。ディスペアの肩に担がれたまま、クキィは重力に引っ張られて地面に向かって落ちていく。実際は数秒、体感的には数分の落下。昨日から今日にかけて起こった事が、立て続けに脳裏に閃いた。 ドッ。 鈍い音とともに着地する。 「おぐ……」 凄まじい衝撃に身体を貫かれ、思考が止まった。無意味な呻き声が肺から漏れ出る。ディスペアが全身の関節を使って衝撃を殺したようだが、五十メートルの高さからの落下エネルギーを全て消すことはできなかった。 地面に下ろされるが、立っていることもできずに倒れ伏す。 「死ぬかと思った……」 はらはらと涙をこぼしながら、クキィは呻いた。冷たい石畳の地面が心地よい。 道具や術の助けも無しに飛び降りて生きているということは、凄いことなのだろう。しかし、気絶するかと思うほど痛いのはどうしようもなかった。 「よう。話は終わったか?」 倒れたまま顔を上げると、見知った姿がある。黒い髪に黒いコートの男。 ディスペアが答える。 「丁度終わったところだ」 「……何してるの、あんたは?」 ディスペアと戦って退けられたらしいガルガス。 左手で紙袋を抱え、脳天気に立っていた。紙袋から漂ってくる焼いた肉と野菜の香り。ガルガスは中身を取り出した。三十センチくらいの竹串に、切った肉と野菜を刺して塩胡椒で焼いた串焼きだった。 「公園の近くの屋台で売ってた。通勤通学狙いだと思うのだが、さすがに朝から串焼きというのは匂い残ったりと大変なのではなかろうか?」 肉を食いながら、首を傾げる。 クキィは手足に気合いを入れて、その場に起き上がった。 大時計塔前広場。白い石が敷かれて、噴水なども整備された明るい場所だった。段差やベンチなどに座っていた人たちが、動きを止めてクキィたちを見ている。 身体に突き刺さる好奇の視線は気合いで受け流し。 クキィはガルガスに詰め寄った。 「ディスペアがあたしたちに危害加える気無いのわかってた?」 「うむ。殺意が無かったからな」 「この娘は返す」 とん、とディスペアがクキィの背中を叩いた。 「現在の鍵人出現……。この状況は私にとって無関係というわけでもない。もし、私の力が必要になったら、連絡してくれ。ある程度なら無償で協力する」 と、カードを一枚差し出してくる。 クキィはそれを受け取った。白いカードで細い磁気ストライプが貼り付けてある。裏面には数字が二十桁ほど並んで記されていた。それ以外は何も無い、白いカードである。何に使うものなのかもよくわからない。 ディスペアは横に一歩足を踏み出した。 「では、人が来る前に私は逃げることにする。余計な争いは避けたい」 「お前も一本食うか?」 脈絡無く、ガルガスが串焼きの一本を差し出した。微かに湯気が立ち上る肉と野菜。安物であるが、普通に美味しそうである。 「貰っておく」 あっさりと受け取るディスペア。 (あー。やっぱり、こいつは"あっち側"の人なのね) その姿を眺めながら、クキィは感慨深く理解した。 「今、失礼な事を考えなかったか?」 「気のせいよ」 顔を向けてくるディスペアに、クキィは真顔で白を切る。 追求はせず、ディスペアが地面を蹴った。串焼きを右手に持ったまま。音もなく、風のように走り、数秒もせぬうちにその場から消え去る。後には何も残らなかった。 ガルガスは串焼きをもう一本取り出す。 「お前も食べるか?」 「いや、いいわ……」 クキィは断った。 薄曇りの空を見上げ、クキィはため息をついた。 ログ市に着いてから、今日で七日目。ディスペアに襲撃された事が原因で、クキィたちはホテルに軟禁状態である。警察や軍部、公安からの事情聴取など忙しく、気を休める暇は無かった。それも、一応は今日で終わりである。 客室のベランダで、タレットが椅子に座っていた。小さな一人用ティーテーブルには、ブラックコーヒーと灰皿が置かれている。室内は禁煙なので、ベランダで煙草を吸っているようだった。 「これは、ジョーカークラスの協力者ができたって事かな?」 右手に煙草を持ち、左手でクキィの渡されたカードを眺めている。通常のネット回線から特別回線へ繋ぐためのIDカードらしい。数字はパスワードのようだった。 「ゲート計画ねぇ……」 「おじさん、知ってるの?」 ぼんやりと空を眺めながら、クキィは訊き返す。 タレットは煙草の灰を灰皿に落とした。吸い口を咥え、静かに息を吸い込み、煙を吐き出した。輪っかになった煙が頼りなく飛んでいく。 「都市伝説だけどな……。科学の暗部の詰め合わせとか言われてるわ。疑似鍵人を作り出すために、非人道的な人体実験を行って、かなり死者も出たらしい。一部成功はしたけど、最後は計画に関わった全員が惨殺されて、おしまい。ま、噂だけど」 煙草を灰皿に置き、コーヒーを口に入れる。 ディスペアは成果が得られず予算不足で廃止されたと言っていた。しかし、タレットが言う都市伝説では、非人道的実験から、参加者の惨殺という結末。どちらが正しいのかは推測もできないが、ディスペアの名前である"絶望"は何か由来があるのだろう。 「なんか、後々面倒くさそうね」 「何かあるだろうな。それはそれで面白いけど」 煙草を咥えながら、タレットが皮肉げに呟く。 うっすら漂ってきた紫煙を息で吹き返してから、クキィはベランダから部屋へと戻った。室内靴に履き替え、足を進める。 大きな部屋に置かれたふたつのベッド。タンスやテーブルなどまで用意された豪華な部屋である。寝室は隣にもあった。さらには、キッチンやリビング、浴室やトイレもあり。さながら、マンションの一室である。中央ホテルロイヤルファミリールーム。要人などが家族で泊まるための部屋らしい。 「調子はどう、リア?」 椅子に座って、リアが本を読んでいた。 机の上には、二十冊近い本が積まれている。どれも年期の入った古書で、月の教会の紋章が記さていた。一昨日の夜に届いた本である。それ以降、リアはほとんど休まずに本を読み続けていた。 顔を上げ、リアが力無く微笑む。 「やはり、難しいですね」 「気になってたんだけど、何読んでるの?」 尋ねるクキィに、リアはこともなげに答えた。 「禁止法術ですよ。通常では使わないような、効果や危険性の高い法術です。普通の法術では対処し切れない事態が起こることも充分考えられますから。ディスペアさんの襲撃で私たちの力不足が証明されてしまいましたし」 ディスペアの襲撃に対して、リアの取った行動はことごとく一蹴された。術の防壁は砕かれ、術の補助を用いたデュエルガンの一撃も通じなかった。 「………。頑張ってね」 無責任に言ってから、クキィは部屋を横切る。 隣にある寝室だった。 ガルガスがベッドに横になっている。靴は脱いでいるが、コートは脱いでいない。一緒の部屋で寝ているタレットの話では、寝る時もコートを脱がないようである。それだけ愛着があるのだろう。もしかしたら、身体の一部なのかもしれない。 クキィの気配に気付き、頭だけ持ち上げた。 「どうかしたのか?」 「ねえ、あんた。あたしにも使えそうな武器持ってない?」 ベッドの横で足を止め、そう口にする。 ガルガスに食べられた拳銃。ディスペアに潰された大鉈。それが、クキィの武器だったが、それが武器として無意味なのは、嫌というほど理解していた。 「そうい武器類なら、おっさんかリアに言うべきじゃないか?」 「ま、ね」 一応頷きながらも、クキィは食い下がった。 「でも、あたしが欲しいのは規格外の武器なの。たとえ、相手が怪物でも戦えるような。だから、あんたに頼んでるのよ。リアやおじさんに頼んでも、出てくるのはあくまで強力な通常兵器でしょうしね。だから何か"とっておき"持ってない?」 「うーん……」 ガルガスは上半身を起こした。ベッドにあぐらをかき、腕組みをする。 「この銃は借り物だけど――」 ガルガスはコートに手を入れ、ソレを取り出した。 縦五センチ、横二センチ、長さが一メートルほどの黒い棒のようなものだった。両側には、溝が一本掘られている。見た限りはそれだけだ。お世辞にも銃器には見えない。角材を黒く塗れば、おおむねこんな見た目になるだろう。 クキィは差し出されたその棒を受け取った。 「どう使うの、これ?」 表面は光沢のない黒で、硬い。しかし、金属的な冷たさはない。重さは一キロ程度か。片方の端面には、十ミリほどの穴が上下ふたつ開いていた。銃口らしい。 「まずは、展開だな。後ろから三十センチくらいの所を、斜め後ろに引っ張ると、グリップとストックが展開する」 「後ろから三十センチ。斜めに引っ張る」 ガルガスの言葉を復唱しながら、クキィは棒を改めて観察する。よく見ると、手前三分の一辺りに斜めに細い線あった。そこから変形するらしい。その線の前後を握ってから、後ろ部分を斜め後ろに引っ張る。 カシャンッ! 小気味良い音とともに、グリップが現れ、ストックが展開された。ただの棒だったものが、一瞬でライフル型の銃へと変化している。銃身長はおよそ七十センチ。競技用ライフルを思わせる、洗練された直線と角を含んだライフルだった。 「うわー!」 思わず感動しながら、クキィはグリップを握った。不思議と手に馴染む黒いグリップ。銃身全体も非常にバランス良く作られていて、片手でも両手でも撃てそうである。 そこで、クキィは気付いた。 「弾は?」 「そいつは、魔銃だ。実弾は使わない。持ち主の魔力や生命力を弾丸に具現化する機構が組み込まれている。弾丸の威力や形状は、使い手の魔力の注ぎ具合で大きく変わるし、撃ちまくれば消耗していく。上手く使え」 つらつらと解説する。 それから大欠伸。 「しばらく貸してやるから、適当に撃ったりして覚えてくれ」 そう言い終えてから、再びベッドに倒れるガルガス。静かに寝息を立て始めた。細々と説明する気は無いようだった。 「魔銃、ね?」 クキィは銃身部分を掴み、グリップを少し前に押し込んだ。予想通り、グリップとストックが畳込まれ、元の黒い棒に戻る。この状態ならば、持ち運びに苦労することもない。一目見て銃と疑われることもないだろう。 まだ撃っていないので威力は未知数だが、かなり強力な武器となるだろう。 「まあ、及第点ってところかしらね?」 魔銃を眺めながら、クキィは口端を持ち上げた。 |
ゲート計画 人工的に鍵人を作り出し、封印の扉を開けようとした計画。ディスペアの話では、扉の向こう側の力を少しだけ取り出すことに成功するが、その後進展は無く、消滅する。 都市伝説では、非人道的な人体実験が行われ、何人ものの人間、亜人が人体実験の犠牲となり、その後参加した研究者全員が殺されたと言われている。 真偽のほどは不明。 魔銃 ガルガスがクキィに渡した武器。 厚さ二センチ高さ五センチ、長さ一メートルほどの黒い板のような形状。側面の中央に溝が掘ってある。銃口は上下ふたつある。後ろから三十センチ辺りを斜め下に引くと、グリップとトリガー、ストックが展開される構造。非常に軽く扱いやすい。 使い手の魔力や生命力から、弾丸を錬成して撃ち出す。 |
11/2/17 |