Index Top 第3話 野宿 |
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第2章 男の手料理 |
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魔銃を構えたまま、クキィは唇を舐めた。 「凄いわね……」 背筋が冷たい。口の中が渇き、指先が痺れる。夜の闇に銃声の余韻が響いていた。耳の奥から無機質な異音が鳴っている。知らぬうちに心臓の鼓動が上がっていた。 地面に開いた穴を眺めながら、ガルガスが銃を見る。 「もっと気合い込めれば、もっと威力上がるぞ。その分消耗も大きいが」 クキィは銃口を下ろした。 銃を撃った衝撃とは別に、体力が不自然に減っている。力任せに大きな術を使った後のような疲労だった。銃撃を作り出すために、力を奪われているのだろう。 「確かに凄い銃だけど、あんまり乱射はできないわね。疲れるわ……」 気配を感じて目を移す。 すぐ近くにリアが立っていた。杖は持っていない。緑色の瞳で、じっとクキィの持つ魔銃を見つめている。その表情から思考や感情は読み取れない。 「少し貸していただけませんか?」 言うが早いか、クキィの返事も待たずに、手から魔銃を抜き取った。右手でグリップを握り、左手で銃身を撫でる。薬室のありそうな辺りを指で叩きながら、 「……空弾錬成機構ですか。しかも、かなりの高レベルで」 「くうだん?」 少し首を傾げて尋ねる。聞いた事の無い言葉だった。 リアは法衣のポケットに左手を入れ、フォークを一本取り出す。普通のステンレス製のフォーク。タレットが弄っていた食器入れから持ってきたのだろう。 「持ち主の魔力などから銃弾の精製と爆発力の発生を自動で行う刻印型術式です。実弾を使わず済むことが利点ですが、作成と維持の難しい術式のため、個人用以上で使われることはまずありません」 説明してから、フォークを投げる。 そして、魔銃を持ち上げた。右手だけで狙いを定めてから。 ヒュン……。 薄い口笛のような音。銃口から螺旋の硝煙が細く伸びる。クキィが撃った時とは明らかに雰囲気が違った。威力を的確に調整した、そんな様子だった。 真っ二つになったフォークが地面に落ちる。 魔銃を持ったまま、リアがガルガスに向き直った。 「もしよければ、わたしにもひとつ貸して貰えないでしょうか?」 「無理。俺が貸せるのは、これだけだから」 ガルガスは両手を広げてみせた。 「残念です」 クキィに銃を差し出しながら、リアが肩を落とす。 魔銃を受け取り、クキィはストックを握った。ストック部分を握って斜め上に持ち上げると、グリップとストックが収納され、元の黒い棒へと戻る。 それをベルトで固定して肩に担いだ。 耳の先を指で弄りながら、クキィはリアを見る。 「リアってさ……軍隊的な訓練受けたことあるの? そのナントカ機構の銃を撃った経験あるみたいだし、そっちっぽい事言い出すことあるし。こないだのディスペアの一件でも銃器の扱いに慣れているというか……」 「あまり女性に過去の事を訊くものではありませんよ」 にっこりと微笑み、リアが言い返してきた。緑色の髪が風に微かになびいている。追求するなという無言の圧力があった。 「あたしも女なんだけど……」 消極的に反論してみるも、効果無し。 あまり他人に話したくない過去なのかもしれない。 そう判断してクキィは身体の向きを変える。 「おじさん、何作ってるの?」 携帯用コンロの横に座っているタレット。 鍋で何かを煮込み、フライパンの上では白いパンのようなものが焼かれている。食欲をそそる匂いが漂っていた。自然と涎が湧き出してくる。 「ほうれん草とチーズと鶏肉のやや辛口シチュー」 軽く口端を持ち上げ、タレットが答えた。意図的か偶然か、法術の灯りにきらりと眼鏡が光る。右手に持ったお玉で鍋をかき混ぜながら、左手を顎に当て、 「レトルト肉とほうれん草とタマネギのペーストをベースに、各種香辛料とチーズで味付けした男の料理だ。本当はもっときちっと材料から切ったり焼いたり漬けたりしたかったけど、時間の都合ってヤツだな、我慢してくれ」 それから、フライパンの上で焼かれている白いパンのようなものを目で示し。 「胡麻とニンニクのパンも焼けるから、ちょっと待ってろよ」 「さすがおっさん、美味そうなものを作る」 暢気に笑いながら、ガルガスがそちらへと歩いていく。 芝居がかった動きで、タレットは左手を持ち上げた。 「おっとガルガス、全部食うなよ。クキィやリアやオレだって食べるんだからな。あとまだ出来上がってないから、そこらに座ってろ」 「了解」 素直に頷き、近くの椅子に座るガルガス。 風にざわめく周囲の草原。透き通るような夜空には、無数の星が輝いている。辺りに漂うのは土と草の匂い。虫の鳴き声がどこからとなく聞こえている。まぎれもなく、街の外の風景だった。 リアが撃ち抜いたフォークを拾っている。 クキィは確認するように問いかけた。 「……一応、野宿よね?」 「野宿だな」 素っ気なくタレットが応じる。 クキィは右手でヒゲを撫でてから、尻尾を左右に振った。 「こういう場合って、かなり適当な料理が作られるものじゃないかしら? あたしは乾パンと塩スープでもいいかなーとか考えてたんだけど、そこらの料理屋で売ってるものより美味しそうなんだけど……コレ」 と、タレットの作っている料理を指差す。 あまり高級な店には行ったことはないが、クキィの記憶にある食べ物屋よりも美味しそうな見た目と匂いだった。実際に美味しいだろう。 「おじさんって学者よね?」 クキィの問いに、タレットは大仰に頷いた。 「ウィール大学の旧史学教授だ。正真正銘の超天才だぜ?」 灰色の背広に、何故か着ている白衣。学者っぽい恰好ではある。初めて会った時から胡散臭い男に見えるが、ウィール大学教授という肩書きは嘘ではない。少なくともクキィが調べられる限りでは、本当のようだった。ネットで見たウィール大学の教授名簿にも名前が記されている。 「昔コックのバイトとかやってた?」 続けて訊いてみる。 タレットはシチューからお玉を抜き、くるりと一回転させた。 「やったことね。だが、オレは天才だから、料理くらいお茶の子さいさいなんだよ。それに、何か作るって状況で、手抜きするってのはオレの流儀に反する」 胸を張って言い切った。 その姿を数秒眺めてから、さらにクキィは尋ねた。 「オチは?」 「オチって何だよ……」 タレットの眼鏡がずり落ちる。 |
空弾錬成機構 所持者の体力や魔力から、銃弾と爆発力を作り出す術式と、それを含む機構。非常に複雑な術式で、長期的な維持も難しいため、個人レベルでしか使われることはない。 |
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