Index Top サイハテノマチ

第23話 ロア戻る


 午前十一時半の家の前。
 約束通り、ロアは僕の家へとやってきた。
「ありがとう、ハイロ。助かったよ」
 眼鏡を掛けた青年。砂色の髪の毛に緑色の服とズボン、すっきりした形の鞄を背負い、腰に一振りの県を下げている。昨日見た時と変わらない――ようだけど、心持ち窶れたようにも見えた。教授の所では何をしているか、僕は知らないし。
「どうってことはないですよ。僕も楽しい一日でしたし」
 気付かなかった事にして、続ける。
 僕の横に浮かんでいるイベリスが、外を眺めた。青い空と木々の緑。空気は澄んでいて涼しい。居心地の良い場所だけど、少し寂しいかも。
「ここにいる人たちは皆大人しい。だから、アルニのように賑やかな人はそれだけで珍しい。私も一日楽しかった」
「そう言って貰えると、嬉しいですねー」
 ロアの肩に掴まったアルニが、言葉通り嬉しそうに笑う。
「それで、アルニが何か余計な事言いそうになったりはしなかった?」
「………」
「……えと」
 ロアの口にした言葉に、空気が固まる。
 朝方、アルニが外の事を口にしようとして、イベリスに文字通り口を塞がれた一件。アルニとしては本気で言う気は無かったらしい。しかし、イベリスは容赦しなかった。
 眼鏡を一度持ち上げ、ロアがため息をつく。
 僕は苦笑いをしながら右手を挙げた。
「イベリスが抑えたので大丈夫です」
 声が硬いけど、気にしてはいけない。
 アルニが誤魔化すように乾いた笑みを浮かべていた。その頬には、うっすらと冷や汗が浮かんでいる。イベリスは表情も変えず、空気の変化を眺めていた。
「それならいいけど。アルニも軽率な行動は取らないでくれよ」
「はい……分かりました」
 ロアの言葉に、アルニは小さく頷いた。
「ところで、ロア」
 その様子を眺めながら、僕は話題を変えるように口を開く。このままじゃ居心地の悪い空気が続いてしまう。それに、前々から気になってることもあった。
「何だ?」
 訊き返してくるロア。
 僕は人差し指を持ち上げ、ロアの肩に掴まってるアルニを示した。
「アルニってそう肩に掴まってますけど、揺れたりしないんですか?」
 ロアとアルニに会ってからしばらく立つ。アルニはロアと一緒にいる時は、ロアの肩に掴まってる事が多い。多分居心地がいいんだろう。僕も以前にイベリスをこんな風に肩に乗せてみたけど、揺れて居心地が悪いと言われてしまった。
 ロアは緩く腕を組んでから、
「俺は……見ての通りの剣士だ。子供の頃から剣術の基礎訓練を受けてる。その中には、重心を揺らさずに歩くって移動方もある」
 そう前置きしてから、ロアが横に向かって歩き出した。
 一歩一歩普通に足を動かし、前へと進んでいく。十歩くらい進んでから、身体の前後を入れ換えた。同じような足取りで、僕の前まで戻ってくる。
「こんな具合に」
 なるほど。確かに。
 普通に歩いているように見えるけど、確かに凄く姿勢が安定していた。身体が上下に揺れたり左右に揺れたりせず、無駄なく重心を移動している。剣術って言ってたから、その関係の歩行方法なんだろう。
 アルニが得意げに言ってきた。
「ロアさんの肩は居心地いいですよ。羽で飛ぶ必要無いから楽ですし、そんなに揺れませんし。こうして掴まってると、ここがわたしの居場所なんだなぁ、って」
「ふーむ」
 緩く腕を組んで、ロアの動きを頭で思い返す。
 その動きを真似るように、足を進めた。身体の芯を意識して、腰から背中、肩が安定するように足の動きと全身を連動させる。思ったよりもすっきりと身体が動く。
 すたすたと、今まで立っていた家の前から横に歩いてみた。
 ――なんか、上手く行きそう。
「こんな――感じでどうかな?」
 僕は振り返って、ロアに声を掛けた。
 ロアは無言のまま首を捻る。
「イベリス、ちょっと来てくれ」
「分かった」
 呼ばれて飛んでくるイベリス。
 そのまま、僕の肩に腰を下ろした。掴まっている感じのアルニとは違い、僕の肩に座っている。三角帽子のツバを動かし、杖を膝の上に置く。
 ほとんど重さは感じないけど、乗っかっているのは分かる。
 イベリスを肩に乗せたまま、僕は家の前まで戻ってみた。
「こんなもんでどうだろう?」
「いいかもしれない」
 いつも通りの、淡々とした返事。少しくらい驚いたり感動してくれたりすると僕も嬉しいんだけど。感情の薄い子に期待しても仕方がない。
「前に比べて、身体の揺れが小さくなっている。まだ少し不安定な気もするけど、これならあなたの肩に座ったままでも、私は苦痛を感じない」
 大体大丈夫ってことかな?
 僕らの姿を眺めながら、ロアが乾いた笑いを見せていた。
「……これは、余計な事しちゃったかな?」
「あなたが気にする必要はない。最果ての森の住人が、"過去"の技術を思い出すことは、時々ある。彼もその類だと思う」
 イベリスがそう説明した。

Back Top Next

11/5/12