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第24話 首輪と鎖と


 イベリスを肩に乗せ、僕は煉瓦敷きの道を歩いていく。
 森から街へ向かう歩道。手入れの行き届いた生け垣に挟まれた、僅かに曲がった小道。空を見上げると、今日は珍しく曇り空だった。曇っているけど、湿度は高くないから過ごしやすい。これから、街での仕事だ。
「で――」
 と、隣を見る。
 黒い狼が足音もなく石畳を歩いていた。
 その背に跨った小さな女の子。五十センチほどの小柄な体躯に、薄紫色の髪の毛。左目に眼帯を付け、紫色のコートに白いホットパンツという恰好だ。僕の家の隣に住んでいる森の住人シデン。
「何、それ?」
「首輪」
 僕の問いにクロノが返事をした。
「……それは見て分かるから。いや、クロノが首輪付けてるのは分かるんだけど、どういう理由でシデンまで首輪付けてるんだ? しかも鎖で繋がって」
 クロノとシデンの首に、黒い首輪が嵌められている。材質は金属のようだった。ふたつの首輪は黒い鎖で繋がれていた。どちらかだけに首輪が嵌められていたのなら、納得したかもしれないが、これは変だった。
「似合っていると思うけど」
 三角帽子のつばを指で摘み、イベリスが一人と一匹を見る。
 確かに似合っている。似合ってるけど、さすがに変だ。
「ロアに会いに行ったら、怒られてしまっタ……」
 鎖を手でつまみ上げ、シデンが答えた。黄色い目で黒い鎖を見つめる。
 シデンはロアたちに興味を持っていた。外の事が知りたかったのだろう。その態度に、クロノが不快感を見せていた記憶がある。
「俺も本気を出したってこと」
 横を向いて尻尾を動かすクロノ。シデンが不用意に外の事を尋ねる気なら、本気で捕まえると言っていた。その本気がこの首輪と鎖らしい。
 肩の座ったイベリスが口を開く。
「私があなたと同じ立場だったら、おそらく同じことをしていた」
 視線を僕に向ける。
 イベリスも言葉通りの意味でアルニの口塞いでいた。クロノの鎖もそうだけど、本当に手段は選ばないみたいだし。外の情報が禁忌である理由。なんでだろう?
 石畳を歩く足音。そして、小さく鎖の鳴る音。
 シデンが両手で鎖を引っ張っていた。
「凄く頑丈な鎖……。外れなイ」
「どこから持ってきたんだ、それ?」
 鎖を指差し、訊く。まさか家にあったわけでもないはずだ。
 クロノは鼻を持ち上げ、目を閉じる。
「教授から貰った」
 やっぱり。
 僕は口元を手で押えた。
 でも、素朴な疑問。人間のような手のないクロノが、どうやってシデンに首輪嵌めたんだろう? 教授がやったのかな? でも、狼の姿恰好をした人間みたいなヤツだし、案外手先は器用なのかもしれない。訊くべきか、訊かざるべきか。
 思いついた事を口にしてみる。
「それ、噛み千切れない?」
「うン?」
 黄色い瞳が僕に向けられた。感情の映らぬ瞳に、微かな閃きが見える。
 森の住人は半ば無差別に何でも食べられる。僕はまだ普通の食べ物しか口にしていないけど、イベリスは初めて会ったときにスプーンを食べているし、シデンは本を常食としている。多分、金属でも食べられる。
 カチ。
「硬イ……」
 鎖に噛み付いたシデンだったが、微かに顔をしかめて口を放す。僕の思いつきに迷わず鎖に噛み付いたけど、あえなく弾かれてしまった。
 クロノが呆れたように肩を落とす。
「残念だが、俺たちの歯でどうにかなるもんでもない。そういう代物だ」
「でも、諦めなイ」
 鎖を握り締め、シデンは静かに呟いた。
 クロノが僕の肩に乗ったイベリスを見る。
「お前こそ、イベリス肩に乗っけるようになったけど」
「そういう歩き方できるようになった」
 重心を揺らさずに歩く方法。ロアの歩き方を見て、真似して出来るようになった。ここに来る前に、そういう歩き方をしてたんだろう。
 クロノが無言で視線を明後日に向ける。
 んー。やっぱり過去の記憶思い出すのは、マズいのかな。
 シデンは口を開く。
「あとで、ワタシも乗せて欲しイ。あなたがそうしテ肩に座れるということは、以前よりも安定しているというコト。乗り心地もよくなっているハズ」
「構わない」
 イベリスが返事をする。
 それは、僕がするべき返事じゃないかな?
 肩越しにシデンを眺め、クロノは目蓋を少し下ろした。
「人に乗っかるの好きだよな、お嬢は……」
「うン。何でだろウ?」
 シデンは首を傾げてみせた。

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11/6/14