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第22話 悪戯心


 窓から差し込んでくる朝の光。もう慣れた、心地よい早朝の空気。この最果ての森は、空気がいいから、よく眠れるし、朝の目覚めもよい。
「おはようございます、ハイロさん。朝ですよ、朝」
 そして、元気な声が聞こえてきた。
 僕はベッドに横になったまま、声の主に目を向ける。
 青い髪の妖精の女の子。ショートカットの水色の髪の毛に、青いパジャマ姿である。淡い青色の羽を広げて、空中に浮かんでいた。肩からは、茶色い鞄を提げている。
「おはようアルニ。朝から元気だね」
 身体を起こしながら、僕は声を掛けた。
 ロアから預かっている妖精、アルニ。昨晩は、肩に掛けていた鞄から寝間着と布団一式を取り出して見せた。妖精サイズの小さな肩掛け鞄。どう考えても容積的に無理があるけど、その辺りは気にしてはいけないのだろう。
 アルニは窓の外に一度目を向けてから、
「わたしは朝には強いんです。寝付きのよさと目覚めのよさは、ちょっと自慢なんですよ。朝でもさっと起きられてすぐに行動できるって便利です」
「イベリスは真逆だよ」
 イベリスの寝床の小箱を見つめて、僕は苦笑した。
 寝るときは、イベリスの寝床の横に布団を敷いていたが、もう片付けたらしい。
 アルニは小箱の隣に降りて、眠っているイベリスに声を掛けた。
「イベリスさん。朝ですよ、起きて下さい」
「んー……」
 返ってくるのは気の抜けた返事。
 寝間着の黒いワンピースを身に纏い、イベリスはハンカチのような布団にくるまっている。白い髪の毛に微かな寝癖がついていた。
 微かに目蓋を持ち上げ、イベリスがアルニを見る。
「もう少し……寝かせて」
 力無く告げてから、再び目を閉じて寝息を立て始めた。
「もう六時半ですよ。起きる時間ですよ」
 アルニが肩を揺すっているが、今度は目を開ける事もない。いつもの事だけど、起きるつもりは無いらしい。一度起きたら、夜まで昼寝もしないけど。
「無理無理」
 僕の声にアルニが手を止める。
「イベリスは一時間くらいそんな調子だから。無理に起こすことはないって。いつも朝食出来上がった頃にようやく動き出してるし」
「目覚め悪いのは大変ですね」
 僕に向き直り、アルニが頷いている。
 その反応が気になり、訊いてみた。
「姉妹にそういうのいるの?」
「はい。一日の半分くらい眠っています」
 やっぱり……。しかし、一日の半分って凄いな。
 アルニは腕組みをしたまま、小箱の中のイベリスに目を移した。
「従者は主と一緒にいないといけないって、イベリスさんよく言ってますけど。この調子で大丈夫なんでしょうか? 寝ぼけている間に、ハイロさんがどこかに行っちゃったらどうするんでしょう?」
 確かに……。イベリスは従者としての仕事を忠実に実行しているけど、この時間が一番無防備だろう。僕が起きていて、イベリスが動けない時間というのはちょうど今だ。
「シデンじゃないから、そんな事はしないけど」
 そう言っておく。イベリスが寝ている間にどこかに行くのは一度くらいやってみたいけど、クロノの慌て具合を想像するに、実行はしない方がいいだろう。
「とりあえず、イベリスさんはわたしが連れていきます」
 アルニは箱に両手を入れた。
 眠ったままのイベリスを引っ張り出す。脇の下に両手を差し込まれて、それでも目を閉じて脱力している。背中の羽も下がったままだった。起きる気は無いらしい。
 起きないイベリスを、アルニは背中に乗せた。いわゆるおんぶの姿勢。
 この体勢だと、イベリスが邪魔で飛べないんじゃ?
 僕の疑問を余所に、アルニは青い羽を伸ばした。イベリスを背負ったまま、器用に浮かび上がってみせる。もしかしたら、寝ている相手を運ぶのに慣れているのかもしれない。姉妹に似たように寝起きの悪いのいるみたいだし。
「……なんというか」
 表現しがたい光景に、僕は首を傾げる。
 あくまで起きないイベリス。アルニに背負われたまま、幸せそうに寝息を立てていた。
「本当に起きませんね」
 頬に流れてきた銀色の髪を手でどかし、アルニが寝ているイベリスに目を向ける。感心と驚きの混じった声だった。
 それから、ふと小さく笑う。何かよからぬ事を思いついたらしい。
 おもむろに僕に顔を向け、口を開いた。
「ところでですね、ハイロさん。外の世界の事に興味――ぅぐ」
 言葉が止まる。
 イベリスがアルニの口元を腕で締め付けていた。右肘の内側で口を塞ぎ、左手で右手首を固定している。アルニが慌てて腕を掴み返しているが、外れない。本気の締め付けだった。
「……口を滑らせるなら、口を塞ぐ。言ったはず」
 右目を薄く開け、イベリスが囁く。かなり眠そうだけど、無理矢理身体を動かしたらしい。意識は曖昧だけど、従者としての意志はあるということか。
 でも、今止められなかったら喋ってたんだろうか?
 そんな疑問。
「うぅ――!」
 アルニは目元から涙をこぼしながら、必死にイベリスの腕を外そうと暴れていた。かわいそうだけど、これは自業自得だよねー。

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11/4/26