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第16話 妖精アルニ


 僕が見ているうちに、青い妖精が店内に入ってくる。
「あ。こんにちは」
 僕に気付いて、軽く会釈をした。
 手の平サイズの身体で、背中からから四枚の半透明な羽が生えている。人間の年齢にすると十五、六歳ほどだろうか。ショートカットの水色の髪と、青い瞳。紺色の上着とハーフパンツ、靴という恰好だ。肩から茶色の鞄を提げている。
「……誰?」
 イベリスが棚から降りて、入り口の見える位置に移動した。そして、店に入ってきた女の子に気付いたらしい。感情の見えない赤い瞳で、青い妖精を見つめる。微かに首を傾げたものの表情は変わらず、何を考えたかは僕には分からない。
 青い妖精の女の子が声を上げた。
「姉さん!」
「姉さん?」
 僕は棒読みに繰り返す。姉さん、姉、姉妹、妹……
「って、イベリスって妹いたのか?」
 慌てて、イベリスを見る。僕がこのサイハテで目が覚めた時からいる妖精の女の子。見た目は生き物だけど、もしかしたら機械のようなものかもしれない。僕の従者として常に僕の近くにいる。ただ、僕が眼が覚める前に何をしていたのかは、僕は知らない。
 もしかしたら……
「知らない」
 しかし、イベリスの答えは簡潔だった。
 青い妖精が店を通り抜け、カウンターの前までやってくる。空中に留まったままのイベリスを見つめて、不思議そうに一回瞬きをした。
「……あれ、人違いですね。姉さんに似ているような気がしましたけど、髪の色も目の色も肌の色も違いますし、服装も違いますし、雰囲気も違いますし」
 それを、何で見間違えるんんだろう?
 僕は思わず肩を落とした。
 髪の色、目の色、肌の色、さらに服装も雰囲気も違う。それを見間違えることは無いと思うけど、何か他人には分からない共通点があるのかもしれない。
 とりあえずコンロの火を弱め、根本的な質問を口にする。
「誰、君?」
 この青い妖精は、森の住人や街の住人ではない。ついでに、誰かの従者でもない。具体的にどうとは言えないけど、何でだろう? 雰囲気でそれは分かる。
 妖精の女の子が笑顔で頷いた。
「初めまして。わたしアルニっていいます。ロアさん……ええと、一緒に旅をしている人と、この街にやってきました。それで、しばらくここに用事があるから宿に来たんですけど。ロアさんがいなくなってしまいました。どうしましょう?」
 と、首を傾げる。
 だが、それはどうでもいい。
 心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、僕は静かに尋ねた。
「もしかして、アルニは……外から来たの?」
「はい」
 アルニはあっさりと頷き、
「大雪げ――ん……ン!」
 言いかけた所で無理矢理口を閉じ、言葉を呑み込む。大雪原、と言ったようだけど、そこで自分で台詞を遮った。少し浮かんでいる高さを落とし、肩で息をしている。無理矢理言葉を切ったせいで、苦しいらしい。
 ぶんぶんと首を振ってから、固い表情で何度か頷く。
「と、駄目です……。駄目ですね。外の事は中の人に言っちゃいけないって言われましたから、お兄さんは中の人ですから、外の事を教えちゃいけません」
 なるほど――そういう事か。外から来た者は中の住人に外の事を教えてはいけない。それも、ここに存在するルールなんだろう。何か外の事を知られちゃマズい理由があるのかもしれない。
 思索を遮り、アルニが訊いてくる。
「ところで、お兄さんは誰ですか?」
 青い瞳に好奇心の光を灯し、僕を見ていた。
 イベリスやシデン、クロノ。僕の周りにいるヒトはみんな感情が薄いから、こうして子供みたいな感情を向けられるとちょっと戸惑ってしまう。
「僕はハイロ。ここの森に住んでる。今はここで働いている」
 そう自己紹介をする。
 アルニが続いてイベリスに目を移した。
「私はイベリス。彼の従者」
 杖を持っていない左手で僕を示す。
 アルニは青い眉毛を傾け、じっとイベリスを見つめる。
「やっぱり姉さんじゃないですよね……?」
「私はあなたを知らない。今日初めて出会ったし、妹がいるという記憶も無い」
 表情を変えぬまま、イベリスは答えた。
 僕はなんとなく思った事を口にする。
「それに、君の方が年上に見えるけど」
 アルニの外見は人間で例えると十代半ば。顔立ちに幼さが見えるものの、大人の凛々しさも見える。胸も膨らんでいるし、子供然とした容姿のイベイスよりも年上に見えた。精神年齢はイベリスの方が上っぽいけど。
「妖精に外見の年齢はあんまり関係ありませんよ。わたしの姉さんたち三人の二人は、わたしよりも年下の容姿していますから」
 と、自分を示す。
 アルニの家族関係は知らないけど、妖精の外見が年齢に比例しないことは理解した。まあ、普通の生き物じゃななそうだし、そんなもんかもしれない。
「それにしても、ロアさんどこに行ったのでしょう?」
 そう呟きながら、アルニは店の外を振り返った。

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