Index Top サイハテノマチ

第15話 僕の仕事は


 図書館はそれなりの広さだった。少なくとも、僕の住んでいる家の一階二階の合計面積よりも広いと思う。そこに本棚が並んでいた。本棚の間では、ちらほらと本を選んでいる人の姿がある。全員街の住人で、森の住人はいないようだった。
 壁は白く天井も白い。床には薄い灰色の絨毯が敷いてある。
「ごゆっくりどうゾ。本は貸し出し品なので、食べないで下さイ」
 背の高い椅子にシデンが座っていた。体格的に普通の椅子では足りないため、誰かが作ったのだろう。腕には図書館と記された腕章を付けていた。
 椅子の傍らには、クロノが伏せている。
「一応好きな本選んでくれ、貸し出しカード作ってやるから」
 右前足を上げながら、そう言ってきた。
 傍らにはタイプライターとペンが置かれていた。話によると、この図書館の備品を借りて、文章を書いているらしい。
「物凄い光景……」
 タイプライターで文字を書く狼。普通の環境では見られないものだろう。
 近くに浮かんだイベリスが、杖を本棚のある方向へ向ける。
「さあ、本を選びましょう」
 感情の映らない赤い瞳。普段から何を考えているのか分かりにくいイベリス。しかし、今は少し興奮しているようだった。
 僕はイベリスに先導されるように歩き出す。
 目の前で黒い三角帽子と銀色の髪、金色の羽が揺れていた。
 左右に並ぶ本棚に目を向ける。本自体は新しいものから、古いものまで沢山並んでいた。いかにも図書館といった並びだった。もっとも使われている文字は、僕の知っている文字じゃない。でも不思議と読み取ることができる。
「といっても、何の本を借りようかな。ここに来てから本は読んでないし、僕もどんな本が好きなのか分からないし」
「眺めていれば、好きな本が見つかると思う。思う存分、探しましょう」
 帽子のツバを持ち上げ、イベリスが断言する。
 どうやら、今日一日図書館で時間を潰すことになりそうだ。


「おー」
「美味しそう……」
 料理の本を開く。簡単な写真と、作り方が記されていた。川魚の香草包み焼き。
 僕の肩に座ったイベリスも、小さく喉を鳴らしている。無感情のまま熱意の籠もった赤い瞳を写真に向けていた。かなり料理に興味があるらしい。
 僕はそのレシピを見ながら、呟いた。
「今度作ってみようかな」
「うん、作って」
 イベリスが言ってくる。
「お前、食べ物の本が好きなのか?」
 ふと視線を向けると、クロノが見上げていた。
 イベリスが僕の肩から離れて、クロノを見下ろす。
 僕は指で頬をかきながら、苦笑いした。
「そうらしい」
「この人の作る料理は美味しい。見た目が簡単だけど、火加減とか塩加減とか細かく気を使っている。きっとコックの才能があると思う」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
 力説するイベリスに、今度は照れ笑いを見せる。
 僕としては料理は普通に作っているつもりだったんだけど、言われてみると細かい所に気を使っているな。自分で言うのも何だけど、確かに料理の才能はあると思う。
 クロノはちらりとカウンターの方へ顔を向ける。ここからじゃ見えないけど。
「お嬢も料理とか全然しないもんかな。偏食屋だしなぁ」
 尻尾を垂らして、そうため息ついた。
 本ばかり食べるって、偏食の部類なんだろうか?
 それから、クロノは首を一度縦に振った。
「飯屋のおやじが料理人探してたけど、どうよ? 料理作れるなら、料理人の仕事できるんじゃないか?」


 肉っぽいものを包丁で切る。
 店長のおじさんの話だと、ここでは牧畜はしていないので、すり潰した豆をそれっぽく加工したものらしい。薄切りにした肉もどきを大鍋の中へと入れる。しばらく煮込んでルーを入れれば、ブラウンシチューの出来上り。
「しかし、森の住人って信頼されてるのかな?」
 鍋を眺めながら、僕は首を傾げた。
 街にある宿屋兼食堂。ここもやっぱり他の場所と変わらず白基調の色遣いだった。それでも、汚れとかがある分生活感はある。
「さすがに即採用は何か……」
 目を移すと、食器棚の隅にイベリスが腰を下ろしていた。金色の杖を膝に乗せて、僕の様子を眺めている。小さいから邪魔にならないのはありがたかった。
「街の住人には街の住人の役割があるし、森の住人には森の住人の役割がある。お互いにお互いを補ってくらしている。ここはそういう所」
「そういうものかな?」
「そういうもの」
 僕の疑問に、イベリスが頷いた。
 お玉で鍋のアクを取りながら、店内を見る。カウンターで仕切られた厨房とテーブルの並んだ店内。決して大きいとは言えない店だった。店長は用事がある僕に厨房を任せてどこかに行ってしまった。店は準備中。……本当に、信用されているというか、これを信用と呼ぶかはかなり怪しいけど。
 ふっと視界に映る青いもの。
「?」
 僕はお玉の動きを止めた。
 小さな青い妖精の女の子が、店の入り口に浮かんでいた。

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11/1/18