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第19話 山への道


 空気は暖かく、天気は晴れ。風は微風。
 カイはミドリと一緒にノノハ山へ続く道を歩いていた。
「風が気持ちいい」
 くるくると辺りを飛び回りながら、ミドリが嬉しそうに声を上げる。
 踏み固められた土の道。主要道路ではないので、舗装はされていないが、歩きにくいことはない。人の姿はない。山に行くような人間は限られているためだ。
 周囲にはまばらに木の生えた草地が広がっている。
「カイ、山にはいつ頃着くの? もう沢山歩いてるような気がするけど」
 家を出てから三時間ほど歩いていた。しかし、まだ着く気配もない。乗合馬車では二時間ほどで着くが、徒歩では六時間ほどかかる。
「昼過ぎには着くだろ。この右斜め前に見える山だよ」
 カイの指差す先には小さな山がひとつあった。
 後ろに見える山脈よりも低い山で、標高は五百メートルほど。元は火山だったらしく、きれいな円錐型をしている。火山としての活動は既に終えていた。
「小さいね」
 山を見ながら、ミドリが正直な感想を漏らす。確かに小さい。
 カイは苦笑しながら指を振った。
「でも風景は面白いぞ。向こうの山脈も見えるし、街も見える。この辺りの草原も見えるし、地平線近くに見える湖もきれいだし」
「そうなの? なら私も見てみたい」
 ミドリの緑色の瞳が薄い好奇心に輝いている。
 最初に会った時は淡々としていたが、最近は好奇心や嬉しいなどの感情を見せるようになっていた。大袈裟な感情表現は少ないものの、表情が豊かになっている。
 その変化に、カイは満足げに口端を上げた。
「さて、休憩にするか」
「うん」
 カイは足を止めて、近くの丸太に腰を下ろす。疲労は溜まっているが、困憊といいことはない。画家は体力勝負なので、一般人よりも鍛えられている自信はあった。
 荷物を下ろしていると、遅れて飛んできたミドリも丸太に腰を下ろす。
「水筒、と」
 カイは水筒を出した。金属製の一人用水筒。冷やしてないので、水は常温である。
 左手を持ち上げ、短い呪文を唱えた。
「氷よ」
 手の平に生まれた冷気を水筒に触れさせる。冷気は一瞬で水へと伝わっていく。音もなく水の温度が下がった。魔術は色々と便利である。趣味で練習しているとはいえ、ひとつ覚えるまで数ヶ月かかるのだが。
 水筒の蓋を取り、中身を一口。冷たい水が喉を潤す。
「はぁ、生き返る」
 カイは身体の力を抜いてから、ミドリのコップを取り出した。
 二センチほどの小さな木のコップ。以前時間が空いた時に作った物である。指先くらいの小さなものだが、ミドリには少し大きい。もっとも、ミドリは水を沢山飲むのでこの大きさで充分だった。
 水筒の水をコップに入れてから、ミドリに渡す。
「ありがとう、カイ」
 礼を言ってからミドリは水を口に含んだ。
「美味しい」
 嬉しそうに水を飲むミドリを見てから、カイも水筒の水を喉に流し込んだ。

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