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第19話 山へ行こう


「あれ、カイ。もう起きたんだ……」
 ミドリは少し驚いたように目を開ける。
 カイはカーテンを開け、夜明けの空を眺めていた。
「今日はノノハ山まで出かけるって言っただろ? 山頂からの風景を絵にするって。二泊三日で泊まり込みだ。旅行というほど気楽なものじゃないけど」
 街から乗合馬車で二時間ほど行った場所にある小さな山。必要な荷物は美術委員会によって送られていた。いくつかの荷物は自分で持っていくことになっている。
「そういえば、昨日言ってたね」
 頷いてから、ミドリは窓の外を眺めた。
 朝日を浴びて、大きく背伸びをする。ミドリの力の源は光。特に太陽光がいいらしい。魔術の灯りでも元気にはなるが、やはり日光が一番効くようである。
「もう準備してあるし。そろそろ出発だ」
 カイは近くに置いてあった荷物を背負った。ミドリを両手で掴み上げて、肩に乗せる。どうにも状況をよく理解していないようだが、追って話せばいい。
 そんなことを考え部屋を出る。
「もう出発するの。カイご飯食べちゃった?」
「ああ。夜明け前に食べた。ミドリは寝てたから見てないけど」
 ミドリは日の出ている時間は起きているが、日没ともに眠ってしまう。日の出前に起こすのは気の毒と思って一人で支度をしていた。
 階段を下りるカイ。
 ミドリは肩の上で器用にバランスを取っている。
「散歩はどうしよう。いつも楽しみにしてるのに」
「どのみち歩いていくんだから。今から散歩することもないだろ」
 カイはあっさりと言った。
 玄関まで着いてから 室内用サンダルを脱ぐ。長距離徒歩用のブーツを取り出し、カイはそれに履き替えた。
「……お金ないの?」
「あるわけないだろ、俺は駆け出しの画家だ。乗合馬車はちょっと高い」
 多少無理をすれば乗合馬車の代金を出すことも出来る、元々極端に高いということもない。しかし、山まで行くまでのんびりと歩きながら風景を覚えていたい。自慢ではないが、スタミナは常人離れしている自信はある。
 カイは何度か足踏みをしてから、靴箱の横に置いてある剣を手に取った。
 鞘から抜いて軽く掲げてみる。銀色の刃。
「それ、剣だよね。誰かと戦うの? 絵を描くのに剣は使わないよね」
「まあな、街中をこんなもの持って歩いてたら捕まるけど、街の外を持ち歩く分には問題ない。さすがに山歩きに刃物一本もなしってのは危ない」
 刃渡り五十センチほどの片手剣。やや反りがのある片刃。装飾はなく、無骨な外見。刃渡りが短い分、扱いやすい。刃は念入りに研いであるので、包丁よりは斬れる。
 手首を返して鞘に収めてから、剣帯に差した。
「カイは剣使えるの?」
「いや、全然」
 ミドリの問いに、カイは即答した。棒のように振り回すことはできるが、剣術を教えられたことはない。人間と斬り合いするのでなければ、草を払うか動物を追い払うくらいしか使い道はない。そこに剣術はほとんど必要ない。
「さ、出発」
 カイは玄関のドアを開けた。

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