Index Top 硝子の森へ……

第20話 謎は深まる


 夕方の空を眺めながら、ロアたちは村長の家へと向かう。
「村守士の話では、問題の相手は十数メートル離れた場所からこちらを伺っているような黒い影。というよりも、人の背丈ほどの黒い霧のようなもの。気配や匂いなどはなく、危険性も見受けられない」
 歩きながら、カンゲツがメモ帳の内容を読み上げる。
「意を決して近づいてみたら、森の間に吸い込まれるように消えた。魔物ではないようであるが、詳細は不明。明日八時に現場に出発、調査する」
 メモ帳を閉じて、懐にしまう。
 最初から予想していたことだが、結局正体は分からなかったと言っていい。証言だけで全体を知るなど最初から無理なことだ。直接調べるしかないだろう。
「ううう。何なんですかそれは……。お化けですよ、お化け。近づいたら取り憑かれそうですよ。取り憑かれたらどうするんですか……」
 ロアの腕の中で怯えるアルニ。この一件はアルニの中で怖いことに分類されるらしく、村守士の話を聞いている時から震えている。
 アスカがアルニの顔を覗き込んだ。
「怖いの?」
「怖いですよ、怖いじゃないですか! 夜寝てる時に出て来たらどうするんです? わたしお化けに食べられるのは嫌ですよ。あうぅ、考えただけで気絶しそうです……」
「そこにいるけど」
 必死に適当な草陰を指差す。
「―――!」
 声にならない掠れた悲鳴を漏らし、アルニが指差す方向に振り向いた。必死の形相で何もない草影を見据えている。数秒ほど幽霊を探してから、目に涙を溜めて見上げてきた。
「ロアさん……」
「嘘だから、気にするな。何かあったらオレが何とかする。お前は心配しなくていい」
 ロアは宥めるようにアルニの背中を撫でた。
「子供をからかうな」
「痛い痛い、やめ……やめへー」
 カンゲツに頬を引っ張られて、手足をばたつかせるアスカ。
 その様子を眺めてから、ロアは話題を変えるように尋ねる。
「あんたら何なんだ?」
「こいつの実家はサギリアって領主の家系だ。かつて大陸戦争でいくつも勝利を掴んだ一族だ。お前も知っているだろ? 知らないはずないが」
「知ってるよ。教科書は読み込んでる」
 頬を掴む腕に爪を立てるアスカを見ながら、ロアは答えた。自分は近衛絵四十八士の一人である。顔を合わせたことはないが、サギリアの一族は知っていた。
「見ての通り翡翠眼を持ってるから、三年間帝都で修行ついでに調査されてたんだよ。身体検査と体力テストのようなことしかやってないそうだがな」
「あんたは?」
「俺は……こいつの親父の知り合いだ。色々あって、保護者してる」
 言って手を放す。ぼてりとその場に落ちるアスカ。地面に突っ伏したまま、頬を押さえて涙を流している。赤くなった頬。かなり痛いだろう。
 カンゲツの言う『色々』という部分は、追求しても喋らないと断言できる。
 この二人組のことはおおむね分かった。
「アルニ」
「……何ですか?」
 ロアに声をかけられ、アルニが顔を向けてくる。
「明日は俺たちと一緒に来るか? こっちで待ってるというのなら、置いていくけど」
「一人は怖いのでついて行きます」
 やたら堂々と、アルニは断言した。

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