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第11話 氷の悪魔


 周囲の気温が下がった。凍えるほどに。
「え、なに?」
 アルニがきょろきょろと辺りを見回している。
「上に逃げてろ。危ない」
「はい」
 ロアの言葉に、アルニは慌てて真上に飛んで行った。
 白く氷結した剣を持ち上げ、ロアは踏み込んだ。縮地の術とともに剣を突き出す。弾丸のごとく撃ち出される剣身。凍結の魔術を纏った剣。
 迷彩装束は短剣で剣を受け流しつつ、ロアの左側に移動する。剣に触れた短剣の刃には、白く霜が貼り付いていた。
「アロー……!」
「氷盾」
 放たれた魔力の矢が、空中に現れた六角形の盾に防がれた。だが、向こうもそれは予想のうち。魔術の隙を突いて、瞬身の術で一息に接近してくる。
 突き出される短剣。
 切先は首元で止まった。ロアの左手が、迷彩装束の手首を掴んでいる。
「!」
 驚愕はそれだけではない。迷彩装束の腕が急速に氷に包まれていた。手が白く染まり、短剣の表面に霜が浮かぶ。腕を這い上がるように、凍結は広がっていった。
「あああああッ!」
 恐怖と凍結の痛みに、迷彩装束が悲鳴を上げた。皮膚は深刻な凍傷。氷の侵食は皮膚を突き抜け、体内にも及ぶ。治療しなければ、壊死するのは確実だった。
「ロアさん! 逃げて!」
 アルニの叫び。
 ドッ。
 ロアの左胸から剣が生える。
 振り向くと、もう一人の男がいた。茶色い髪の男で、格好は普通の旅人。
 右手に持った四十センチほどの細剣が、ロアの左胸を貫いていた。心臓の真上。最初の迷彩装束を囮として、完全に気配を消した本命がロアを襲う。古典的であるが、よく出来た作戦だった。
「残念でした」
 ロアはにっこりと笑って――
 砕け散った。無数の氷の破片と化して、道路に散らばる。剣が地面に落ちた。
「氷の……分身……! ッ! ぎあああああ!」 
 突然の激痛に、男は悲鳴を上げた。
 視線を落とす。両足が氷に侵食されていた。地面から突きだした手が、男の両足首を掴んでいる。そこから、凍結が足を這い上がっていた。皮膚も肉も同時に凍り、体組織を破壊していく。
「いつの……間に……!」
 呻くが、既に足は使い物にならない。
 道路の石畳を突き破り、ロアは地上に飛び出した。身体についた土埃をぱたぱたと振り払い、倒れた二人を見つめる。右手を押さえて悶える迷彩装束と、憎々しげにロアを見つめる男。どちらも重度の凍傷で、既に戦える状況ではない。
「もう、大丈夫だぞ」
 ロアに言葉に、アルニが降りてくる。
「ロアさん……。凄いです」
 どこか怯えたような眼差しでロアを見つめた。目の前で、平然と人間を凍りづけにする姿を見れば、さすがに恐怖を覚えるだろう。
「さて、きっちりと喋って貰うぞ」
 ロアは口端を上げた。

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