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第3話 旅の理由


 歩くロアの左肩に、アルニが掴まっている。
「いやぁ。楽ですねぇ。ロアさんの肩は居心地いいです」
 アルニの重さは二十グラムほど。肩に乗せていても負荷にはならない。
 昼食を食べ終わり、歩き始める。夕方頃には次の宿場町に着けるだろう。
「そりゃ楽だろ」
 ロアは呻いた。
 物心ついた頃から叩き込まれている、剣術の歩行法。重心を揺らさずに移動する。肩に乗ったアルニも、さほど揺れを感じないだろう。一般人ではそうはいかない。小さな妖精は、人間の揺れでも十倍近くに感じるのだ。
 アルニが思いついたように声を上げる。
「ところで、ロアさん」
「何だ?」
 訊き返す。
「ロアさんは何で世界の果てに行くんですか? あそこは人間の行くような場所じゃないですよ。一年中吹雪ですし、気温も低いですし、植物も生えていないですし、普通の生き物もいませんし。人間じゃ三日も生きてられませんよ」
 世界の果て。北の大山脈。常に氷点下の気温で、一年の八割を吹雪が占める。生き物の世界ではない。足を踏み入れる命知らずはいないし、入り込めば命はない。
 硝子の森は、大山脈の入り口の近くにあるらしい。
「竜帝に会いに行く」
 ロアはにやりと笑った。
 予想外の返答。アルニは驚愕の声を上げる。
「竜帝……って、何考えてるんですか! 人間が会える相手じゃないですよ。硝子の森の長老様でも会ったことないんですよ」
 ドラゴン族の長。名前はなく、竜帝と呼ばれる。一万年以上の時を生きる万物の頂点。半ば空想の存在とされているが、実在はするらしい。ただし、実際に会ったことのある者は歴史上十二人しかいないとされる。
 百八十年前。剣聖シギが会ったのが最後だ。
 ロアは自分を指差し、
「オレ、帝国近衛四十八士の三十五番、氷刃のロア。百八十年前に竜帝に会った剣聖シギの子孫で、こう見えても名門セイガ家の長子だ」
「……え?」
 首を傾げるアルニ。
 意味が理解できなかったようである。
「オレのご先祖様が竜帝に会ったことがあるんだよ」
「……えっと。ホントですか?」
 信じられないとばかりに目を丸くする。
 ロアは頷いた。
「本当だ」
「何しに竜帝陛下に会いにいくんです?」
「秘密」
 アルニの問いに、微笑みを返す。

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