Index Top 第8話 不可解な私闘 |
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第8章 銀一の超本気 |
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「それで、オレを……止められる……か?」 銀牙が近くに落ちていた大太刀を拾い上げ、地面を蹴った。 瞬間移動めいた超高速の移動から、銀一の首を刎ねる軌道で刃を閃かせる。いや、それが銀歌の目に見えたわけではない。刃の向きから動きを推測したにすぎない。 「嘘だろ……?」 大太刀は銀一の右手が握り止めていた。目にも留まらぬような速度の斬撃を、見切っただけでなく、素手で受け止めている。およそ現実とは思えない。 「効ィくかァァァ! こんな攻撃ィィッ!」 銀一が右手を振り上げる。刃を掴んだまま。 柄を握っていた銀牙が、高く放り上げられた。真紅の眼を驚愕に見開き、銀一を凝視している。黒い着物の裾と、乱れた銀髪が大きく翻っていた。 刀を右手で握ったまま、銀一が跳び上がる。 「次はこっちの番だ! 喰ら、えええええッ!」 振り上げた左拳が、銀牙の腹に叩き込まれた。空気のひしゃげる音。岩でも殴ったような重い音が轟き、飛び散った衝撃破が地面の土や瓦礫片を巻き上げる。その威力は、拳の一撃とは思えない。 銀牙が白目を剥き、大太刀から手を離すのが見えた。それも一瞬のこと。微かに目に映ったに過ぎない。銀一の一発で、空高く吹き飛ばされている。 「おっと、逃がすかぁ!」 右手に残った大太刀を横に投げ捨て、銀一が跳んだ。 地面を抉り飛ばすほどの踏み込みから、上空へと飛んでいく。飛翔の術なのだろう。おそらく。白い法力の輝きが、さながら彗星のように光の尾を残していた。 飛んでくる土や木片を防ぐように、銀歌は右手を持ち上げる。 「無茶苦茶だ……!」 銀一の動きは理解の範疇を超えている。元々理不尽な男だったが、今回は輪を掛けて暴走していた。夢か幻かと思うほどに。銀一の生み出す法力は、かつての銀歌も、目の前にいる銀牙も、容易く凌駕している。それは、まさに怪物だった。 地上数百メートルの高さで交錯する銀牙と銀一。 ドンッ! 大気が跳ねる。 自由落下の数十倍の速度で、一直線に地面に落下していく銀牙。地面に激突し、爆煙のように土砂を巻き上げた。殴り飛ばされたのだろう。技も道具もなしに、銀一に圧倒されている。手も足も出ないようだった。 一方、銀歌の前へと着地する銀一。 「アニキ……?」 「何だい、妹よ」 振り返った銀一は、泣いていた。両目から滝のような涙を流し、ついでに鼻水まで流している。感情が突き抜けすぎて、表情で表現できなくなっていた。 固まる銀歌に、銀一は続ける。 「応援の言葉をありがとう。今ボクは激烈に感動しているッ! 安心しろ、銀歌! あいつは、ボクがぶっ倒す! 亡霊の弔いはボクの仕事だ!」 「やっぱりだ……」 地面に腰を落としたまま、銀歌は落ちている刀を見やった。銀牙の得物。刃毀れだらけの四尺の大太刀。考えると言うよりも、はっきりと現実逃避であるが。 銀牙にとって、銀歌は特別らしい。過去を全て失ったことも含めて。銀一の態度からそれが分かる。今の自分は、銀牙が望んだ何かしらの形なのだろう。だから、銀一は銀牙が銀歌を殺すことを止めた。 「うん。頑張れ、あたし……」 自分に言い聞かせ、意識を現実に引き戻す。 遠くに佇む銀牙が、両手を突き出していた。 「燃え……ろ……!」 押し寄せる妖力。燃え盛る赤い炎が、巨大な濁流となって迫ってくる。その規模は炎の川というよりも、迫り来る炎の壁だ。単純な術式と大出力を利用した攻撃。純粋な物量攻撃とも言える、厄介な種類の攻撃である。 しかし、銀一は押し寄せる炎を見据え、 「無駄無駄無駄、無駄ァ! この程度の炎で、ボクは止められらない!」 腕の一振りで炎の壁が裂けた。 銀一が放った法力の奔流が、炎を切り裂き、吹き散らす。術式破壊や、術抑圧などを使わず、圧倒的な法力量で力任せに炎を消し去っていた。 炎が消えた後を、銀牙が走ってくる。 「お前がボクを倒すことは出来ない!」 銀一が右手を横に向けた。腕から伸びた法力が、巨大な触手のように地面を掃き取り、土に埋まっていた白鋼の大剣を掴み上げた。あれほど乱雑に扱われたのに、傷ひとつついていない。法力が引き寄せられ、一緒に大剣も引き寄せられる。 「銀歌が頑張れと言ってくれた、銀歌がお兄ちゃんと呼んでくれたァ! だから、ボクは頑張る、戦う、そして――お前に勝つッ! 誰であろうと、今のボクを止めることはできないィィッ! これで終わりだ!」 両手で大剣を掴み、銀一が走った。爆発するような蹴り込みから地面の土を舞上げ、一直線に銀牙へと突進していく。ただ力任せに。 「眠れェェッ、亡霊――!」 銀牙と銀一、両者が激突した。 轟音とともに、銀牙が真上に吹き飛ぶ。銀牙は何かしたようだったが、銀一の力の方が勝っていた。もはや常識など通用しない。放射状に土砂をまき散らし、空気が荒れ狂う。 「必殺ァァァッ!」 銀一を包むように、法力が渦を巻いている。それが、青く染まった。 狐火。狐族ならば子供でも使える簡単な術。そして、非常に燃費のいい術でもあった。今の銀一の法力を全て狐火に変換すれば、都全てを焼き尽くす規模になりえる。 「愛と勇気と希望と気合いと知恵と根性と、その他諸々のぉ――」 打ち上げた銀牙を見上げ、銀一が大剣を構えた。膨大な狐火が銀一の周囲を埋め尽くしている。ゆっくりと回転しながら、燃え盛る青い炎。さながら炎の小山だった。その炎を構えた大剣へとさらに集中させていく。巨大な片刃が青く輝いた。 「超絶究極限界突破天空爆裂ッ、竜巻斬りィ!」 長々と叫び、銀一が跳んだ。 青い光が天を衝く。地面の炎が一気に集束し、竜巻のような高速回転とともに夜空へと翔け上がった。遙か天空まで伸びる光の柱。夜空に浮かんでいる帯状の朧雲が蒸発し、さらに上空に浮かんでいる羽雲が消えた。比喩抜きで成層圏まで届く規模である。 つんざくような爆音が大気を震わせ、閃光が辺りを照らし上げた。 それはほんの一瞬。 光が消えた。辺りが夜の闇に戻る。 「あーぁ……」 他人事のような気分で、銀歌は呻いた。もうどうでもいい気分である。 空を見上げると、雲の表面が波紋のように波打っていた。上空を広がる衝撃波によるものである。ロケット打ち上げなどで見られる珍しい現象だった。 地鳴りが遠く彼方まで響いている。 十数秒してから、上空から落ちてくる銀一。 へたり込んでいる銀歌のすぐ前へと着地した。衝撃で土煙が派手に舞い上がる。 大剣を頭の上でくるくると回し、銀一はそれを勢いよく地面に突き立てた。 「勝った――」 「おめでとう……」 狐耳を垂らし、銀歌は投げやりに手を叩いた。空に目を向けると、丸く穴の空いた雲が浮かんでいる。それが銀一の勝利が嘘でないと証明していた。しかし、色々と納得いかない部分が多い。いや、納得行く部分が見あたらない。 納得するのは無理そうなので、銀歌は別のことに思考を移した。 「とりあえず、こっちは何とかなったみたいだけど……葉月と敬史郎は大丈夫か? 相手は草眞だろ。実戦経験って意味じゃ、日本でも屈指の怪物だ」 葛口草眞。殴り合いを極限まで昇華させた戦闘技術を持つ、最強の一人だ。真正面から単純に殴るという、葉月と似通った戦法のため、葉月では分が悪い。 「大丈夫だよ。敬史郎さんもいるし」 大剣を肩に担ぎながら、銀一が笑っている。 「ボクたちは先に行かせてもらおう」 「それが無難だな」 銀歌は息を吸い込み、立ち上がろうと足に力を入れた。だが、足腰に力が入らず、起き上がることもできない。言霊を二度も使った反作用で、身体が言うことを効かない。まるで自分が自分でなくなってしまったかのように。 「手貸してくれ、動けない……」 そう右手を持ち上げると。 銀一がその手を掴んだ。そのまま銀歌を持ち上げた。立つのを手伝うだけでなく、素早く身体を抱え上げ、自分の背中に乗せる。いわゆる、おんぶの体勢。 何か言おうとして口を開き、銀歌は何も言わぬまま口を閉じた。 「あー、一度こうやって銀歌をおんぶしたかったんだ〜」 暢気に笑っている銀一。 銀歌はその後ろ頭を眺めながら、ただため息をついた。 |