Index Top 第8話 不可解な私闘

第9章 最大最強の攻撃


 身長二十メートルにも及ぶ、巨大化した草眞。その巨大さから生み出される破壊力は、小細工なしに強大である。耐久力も冗談のような高さだった。
 敬史郎の狙撃を食らって、一瞬その動きが止まる。
「行きます――」
 葉月は両足を開き、白熱する両腕を腰溜めに構えた。アルコールとニトロの爆発燃焼から作り出される、桁違いな量の妖力。そこから覇力の術、縮地の術、破空の術、金剛の術、砲華の術、飛翔の術。迫撃六術の上位版を、全て同時に発動した。
「アヴェンジャァァ!」
 声なき咆哮から繰り出される、最大攻撃。
 大気が唸り、大地が震える。
 葉月の拳が、秒速一千五百メートルで空を引き裂いた。一発が戦車の砲撃並の威力を伴った打撃が、秒間四十発の超速連射で草眞へと襲いかかる。袈裟懸けに斬るような掃射。散弾のような砲華の術が、着弾点の周囲へと散らばる。
 まともな防御では防げない圧倒的な攻撃力だった。
 草眞が斜めに消し飛ぶ。拳を受けた箇所が一瞬で砕け、飛沫となり、間髪容れず超高熱に焼き尽くされた。およそ二秒で、草眞の身体が左腕と頭を残して消滅する。
「まだ……!」
 葉月は両拳を戻した。
 今の攻撃で、四十キロほどの金属が蒸発している。最大攻撃は、燃料や妖力の消耗とともに、文字通り身体を削って放つものとなる。
 しかし、躊躇はしていられない。
 身長が半分になるほどに、葉月は身体を縮めた。脚から頭まで、身体全てをバネと化す。腕だけだった白熱が全身へと広がり、自らを灼熱の砲弾へと変えた。
 残った草眞が、葉月を見る。
「グスタフ――!」
 噛み締めるように唸り、葉月は飛んだ。
 轟音に、大気が砕ける。術による超強化と全身の爆裂から、自分自身を砲弾として発射した。地面の土砂を吹き飛ばし、約三百キロの質量が音速の三倍で激突。その威力は、対要塞用列車砲そのものだ。世界中探しても耐えられる者はまず存在しない。
 草眞の身体が砕け、燃え散る。
「ふッ!」
 葉月は空中で身を翻し、空中を蹴って停止した。超加速を無理矢理停止させて、地面へと落ちていく。普通の生物なら、加速の慣性で潰れているだろう。
 最大攻撃アヴェンジャー、そしてグスタフ。圧倒的攻撃力の二連発に、周囲の建物が跡形もなく壊れていた。巨人形態の草眞も跡形もない。自分の作り得る最大の攻撃。これで倒せないならば、打つ手は無い。
 葉月はゆっくりと拳を握り、
「!」
 巨大な拳が、身体に叩き込まれる。空中からいきなり出現した腕。
 膨大な法力によって強化された豪打に、葉月の身体がひしゃげた。身体を構成する部位がねじ切られ、押し潰される。定型を持つ生物ならひとたまりもないだろう。
 術防御とともに、身体を液化させ衝撃を受け流すが、それでも完全に威力を殺せない。加えて、命断の式が生命力を容赦無く削り取っていく。
「ここまでやっても、まだ倒せない……!」
 身体を押し潰す拳と地面との間から、葉月は腕をバネに組み替え破裂させた。


「押されている……」
 狙撃銃のマガジンを交換しながら、敬史郎は冷静に判断する。
 アルコールの爆発燃焼で作り出す、日暈の剣気や唐草の炸力に似た、大火力の妖力。そして、定型を持たず無制限に組み替えられる、液体金属の身体。術無しで砲弾並の拳を放ち、さらにあらゆる攻撃を受け流せる驚異的な柔軟性。
 葉月は純粋に殴り合いに特化させた人工妖怪だ。
「それだけに、似たような師団長とは相性が悪い」
 大槌のような腕を跳ね除け、再生した草眞に拳の連打を叩き込む葉月。しかし、草眞は砕けると同時に、身体を再生させていた。裏拳が葉月を打ち倒す。
「師団長は起点さえあれば、身体全部を再生できる。防御する必要が無い……」
 妖力によって構築された草眞の身体。脳を含む基幹部分さえも事実上の飾りなので、身体を破壊させることで攻撃を受け流すことができる。葉月のような圧倒的破壊力に対しては、下手に防御はせず法力を再生に回してしまった方が効率がいい。
 最小の消耗で最大の攻撃を行う。それが草眞の戦闘方法である。
 それを破るのは、合成術や砲撃術のような圧倒的な火力。もしくは、日暈の瘴術などの根本的に仕組みが違う術のみだ。
「とはいえ、師団長も巨人形態で力を使いすぎだ。法力切れは遠くないはず。それまでに葉月が持てばいいが。あいつもそろそろ限界だろう――」
 敬史郎は左手を持ち上げた。手の甲に現れる『了』の文字。それを確認してから、マガジンを置く。これはもう必要ない。
 腰の弾倉入れから、白いテープの巻かれたマガジンを取り出し、それを装填する。
「装填弾数は十発」


「ん――?」
 葉月は疑問符を浮かべた。
 前触れ無く草眞の身体に光が浮かぶ。右胸に白い円と十字型の照準点。
 次の瞬間。
 爆音とともに、草眞の右胸が吹き飛んだ。分厚い装甲のような胸板が、一撃で削り取られる。千切れた右腕が宙を舞い、焦げた肉の破片や骨の破片が周囲に降り注ぐ。それはミサイルのような、強力な一撃だった。
「次元衛星砲……?」
 その威力に、葉月は呆けたように呟く。
 敬史郎が発案設計し、白鋼が制作したと言われる神界軍の切り札。射程百キロメートルを誇る超長距離狙撃砲で、扱えるのは敬史郎含めて数人らしい。多くは極秘事項とされている。葉月の知識にはそうあった。
「まさかここで使ってきたか……!」
 右胸と右腕を再生させながら、草眞が焦る。
 次元衛星砲は極めて強力だが、扱いにくい兵器。準備にも手続きにも非常に手間がかかると聞いている。葉月もここで使用されるとは考えていなかった。
「チャンスかも……?」
「葉月、跳べ。上からだ」
 敬史郎の声。
 その声に従い、葉月は飛んだ。下半身をバネに組み替え、破裂と同時に飛翔の術を用いて、一気に上昇する。数秒で地上三百メートルほどの高さまで。
 月と星、薄雲と朧雲が浮かぶ、夜の空。中央部が全壊した妖狐の都が見える。しかし、他は無事だった。白鋼が壊したはずの西地区や紅葉屋も普通に建っている。どうやら、ここだけズレた世界らしい。
 真下に目を向ける。
 草眞が見上げていた。右腕を持ち上げ――
 爆裂四散した。四方から同時に撃ち込まれた次元衛星砲に、巨大ロボットのような身体が粉々に砕け散る。仕組みは分からないが、全方向から七発の砲撃を同時に撃ち込んでいた。巻き上がる爆炎と、飛び散る身体の破片。
 と、同時に葉月めがけて跳んでくる、人間サイズの草眞。
 その背中から白い翼を広げていた。西洋の天使を思わせる恰好だが、それほど優雅ではない。手足などに噴射口を作り、法力をジェットのように吹き出し飛行している。
「やっぱり飛べるんだ……」
 感心しつつ、葉月は空段の術で空中を蹴った。真下に向かって。
 意識が加速し、時間感覚が急速に緩慢になっていく。矢のような高速で接近する葉月と草眞。ぶつかるかすれ違うか、お互いの距離がゼロになるまでに放てるのは、おそらく一撃。全てが終わるまでは、ほんの一秒程度だっただろう。
 草眞が空中で身を翻した。
 その空間を砲撃が引き裂き、遠くで大爆発が起る。円錐状に広がる目に見えない衝撃の波紋。次元衛星砲の弾道を見切って、それを空中で躱した。
「さすが、草眞さん――!」
 しかし、砲撃を躱した事で決定的な隙が出来る。草眞の一手は終わった。
 葉月は草眞に狙いを定め、引き絞った右腕を撃ち出した。相手に突撃しながら拳を撃ち出す対装甲弾。二千度の高熱を伴った、およそ音速の三倍の一撃である。白鋼の前に現れた怪物には通じなかったが、草眞では防げない。
 灼熱の拳を受け、一瞬にして身体が四散蒸発する。
 そこから、小さな草眞が飛び出してきた。
「!」
 冗談のような事実に、葉月はただ驚いた。驚くしかない。
 身長三十センチほどの小人のような草眞が、勢いを落とさぬまま飛んでくる。右腕の肘から先が、騎兵槍のように変化していた。骨を組み替えたのだろう。長さ二十センチほどの針のような骨の槍。その穂先を葉月に向けていた。
 自らを弾丸として、草眞が突っ込んでくる。その狙いはすぐに分かった。
「わたしの核……!」
 液体金属の身体を制御する小さな核。ほぼ無制限に身体を修復できる葉月にとって、決定的な弱点でもあった。銀一には核への攻撃で気絶させられている。草眞の目的は気絶ではなく、核を破壊すること。
 対処しようにも、全てが間に合わない。
 突き出した槍が一直線に核を狙い。
 ボッ!
 草眞が消える。
 音は聞こえなかった。視界が白く染まり、感覚が消える。
「あー……」
 意味のない呟きが喉から漏れた。
 加速していた時間が、元に戻っていく。
 気がつくと、葉月は空を見上げていた。死んだとも思ったのだが、違うらしい。地面に倒れたまま、動けなくなっていた。頭と肩と左腕を残して身体が砕け散っている。核は無事だが、身体を構成する金属と燃料が足りず、動けない。
「さすがは葉月。頑丈だ」
 視線を動かすと敬史郎が立っていた。
 どうやら、葉月ごと草眞を撃ち抜いたらしい。

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