Index Top 第8話 不可解な私闘

第5章 最強の一人の実力


 大気を裂く超音速の弾丸。
 だが、その動作は完全に見切られていた。四発目の銃弾が空を切る。
 草眞は予備動作も無く、横に跳んでいた。破裂音を響かせ、跳ねるように。錬身の術によって骨や筋肉も含めて足全体を瞬間的に跳ねさせたのだろう。
「はあァッ!」
 裂帛の気合いとともに、草眞の身体に葉月の右腕が振下ろされた。側面を刃物化させた手刀。重さも硬度も鋼鉄と同等の右腕が、側頭にめり込む。それは鉄骨で殴られたようなものだ。実際鉄骨を叩き付けたような金属音を響かせ、草眞が地面に落ちる。
 そこへ五発目の弾丸が撃ち込まれた。マガジンは五発入りなので、これで弾切れ。
 草眞の腹が吹き飛び、身体が上半身と下半身に分断される。
「今の内に行け」
「了解しました!」
 場違いに快活な声とともに、銀一が身を翻した。白衣の袖が揺れる。尻尾減らしを解除したため、尻尾がが四本に増えていた。右腕で銀歌を担ぎ上げる。
「おい!」
 抗議の声を口にするも、銀一は聞いていない。
 銀歌を小脇に抱えたまま、瞬身の術を用いて走り出している。
「銀歌はボクがしっかり守りますので。それでは、頑張って下さいッ!」



 地面に降りてから、葉月は両拳を打ち合わせた。硬い金属音。
 あらかじめ追加していた身体を構成する合金のインゴット八十キログラム。燃料用無水アルコール三十リットル、そして、過燃触媒ニトロ。通常状態では倒せない強敵と相対した時に使う、切り札である。
「御館様はわたしを草眞さんにも勝てるように改造したと言っていました……。形は違えど、御館様の言葉を証明できる機会に感謝します」
 全身から薄い煙を漂わせながら、葉月は草眞を睨み付けた。
 ニトロを触媒にして燃料のアルコールが激しい燃焼を始める。白く輝き始めた両前腕。身体に仕込まれた攻撃用術式だった。任意の場所をおよそ二千度まで加熱し、高い攻撃力を付加させる。この温度に耐えられる生物組織は、無い。最後に四肢に命断の式を組み込み、全ての攻撃態勢は整う。
「政府の連中がワシを元にした人工妖怪を作っていたのは知っておる」
「白鋼のヤツめ、かなりの改造をしたようじゃな」
 上半身から下半身を再生させ、下半身から上半身を再生させる。二人の草眞。どちらが本物かは見ただけでは分からない。両方とも偽物かもしれない。
「行きます!」
 葉月は地面を蹴った。石畳を砕くほどの蹴り込みから、縮地の術による加速。紺色のスカートが大きく翻る。服装はメイド服のままだが、動きを妨げることはない。服も身体の一部であり、下手に特殊な服を作るよりも、慣れた格好の方が動きやすかった。
 灼腕による手刀が、上半身から再生した草眞を焼き斬る。
 ギン……!
 もう一人の草眞の右腕が、葉月の胸に突き刺さった。だが、突き刺さるだけで貫通はできない。一度防御に回れば、術無しでも身体は文字通り鋼の硬度となる。だが、葉月への攻撃は本命ではなかった。
 左腕の五指が鞭か触手のように伸び、敬史郎を貫く。
 その身体が破片となって地面に落ちた。本人はどこかに隠れている。
「逃げていたか……」
 呻く草眞の胸に、葉月の拳がめり込んだ。
 縮地の術によって加速され、破空の術によって攻撃力を強化された一撃は、もはや拳の打撃ではない。拳の砲撃。真正面から防ぐことはほぼ不可能だ。草眞の身体を縦に両断し、後ろの地面を大きく抉り飛ばす。
「来る――」
 振り向き、葉月は腕を上げた。
 左斜め後ろに回り込んでいた草眞。肉体を再生させた本体だろう。今までの子供のような姿ではなく、大人の背丈へと変化している。草眞の速度形態だった。流星の尾のように靡く狐色の髪。その強さは一回り上がっている。
 バッ!
 全身のバネの破裂から、葉月の両腕が撃ち出された。
 縮地の術と破空の術を乗せた拳の重機関砲。音速を超えた灼熱の豪打を、ことごとく見切って躱していく。瞬発力だけではなく、身体そのものを変形させることによって。擦って皮膚が吹き飛ばされてはいるものの、それも最小限。
 瞬く間に接近した草眞が、右手で葉月の左脇腹を捕らえた。
「マズい……!」
 声に出さずに唸る。
 草眞の腕が変形していた。腕全体が二回りほど大きくなり、指先から伸びた鈎爪のような骨が葉月の身体に喰い付いている。肘からは百五十センチほどの骨の杭が伸びていた。大量の法力が破空の術と命断の式を組み上げている。前腕内部を奔る法力。
 右手で草眞を殴り飛ばした時には、攻撃が終わっていた。
 爆発。
 撃ち出された骨の杭が葉月の身体を貫き、四百キロ近い重量を軽々と吹き飛ばす。骨の杭は葉月を貫いた状態から、さらに爆裂した。辺りに飛び散る金属の破片。咄嗟に左半身の結合を弱めたので、上半身左半分が砕けただけで済んだが、命断の式によって生命力を大きく削り取られている。
「やっぱり強いですよ。草眞さん……」
 右腕を含めて胴体の右半分を失っているというのに、動きに遅滞は無い。
 その頭が砕けた。顔がひしゃげるのが一瞬目に映る。徹甲弾の直撃に、肉片や血や脳漿が飛び散り、狐色の髪の毛が花火のように辺りに飛ぶ。
 敬史郎による狙撃だった。
 頭を壊され、動きが鈍る。
 爆裂音。爆ぜ散る肉片と血。
 そこに葉月が連打を撃ち込んだ。さすがに視聴覚の壊れた状態では躱し切れない。右拳のみのバルカン砲が直撃する。超音速で撃ち込まれる摂氏二千度の連打が、残った身体を粉々に砕き、焼き尽くした。
 焦げた肉片が地面に落ちていく。
 葉月は素早く砕けた破片を集め、それを足先から吸収した。左半身を再生させる。
「完全に肉体を捨て去った不死者の一人。肉片ひとつあれば、そこから全身再生可能。破片も残らず倒さないと無力化はできない……」
 吹き抜ける風に、スカートとエプロンの裾が揺れていた。
 草眞は肉体を捨てているとは白鋼の言葉。肉体を捨てた上で、肉体を器としている。精神化からの再受肉。そこに加わる錬身の術の効果で、草眞は肉体の制約を超えた自由と同時に不死性を獲得している。
 どういう意味かはいまいち分からなかったが……。
 分かったことはひとつ。
「草眞さんを倒すには、破片も残らず壊すしかない!」
 木の砕ける音に振り返る。
 草眞が空中に跳んでいた。地上二十メートルほどの高さまで。さきほどの細身の体型ではなく、巨木のように無骨な体躯の大女へと姿を変えている。速度からさらに攻撃力を強化した体型だ。見た目はゴツイが、その身体は飾りではない。
 振りかぶった右腕が、十倍以上に大きくなる。巨人の術によって四肢を巨大化させて殴りつける、大豪打と呼ばれる草眞の技だ。単純ゆえに、その威力は単純に大きい。
 草眞が葉月に狙いを定め――
 前触れ無く持ち上げた左腕が爆ぜた。
 次の瞬間、草眞が狙いを変え、右腕を少し離れた屋敷の屋根へと撃ち込む。高速回転とともに超音速で飛ぶ拳。砲撃以上の爆撃だった。大きな屋敷が丸ごと潰され、土砂と瓦礫が派手に巻き上げられる。周囲数件も巻き添えで倒壊していた。
 土砂や瓦礫が辺りに降り注ぐ。
「敬史郎さん!」
 思わず叫ぶ葉月。
 空中に出た草眞を狙った敬史郎の狙撃。そこから敬史郎の位置を計算した。空中に飛び出したのも敬史郎を誘うのが主目的だろう。前衛の葉月よりも、後衛の敬史郎を先に倒すことを選んだ。
 ボッ!
 草眞の胸に穴が開く。
 左胸がきれいに吹き飛び、左前腕が千切れる。
「後ろ……?」
 草眞の顔に浮かぶ驚き。徹甲弾は真後ろから草眞の胸を撃った。真後ろは空中であり、敬史郎はいない。何かしらの手段で弾道を変えている。その手段に草眞は心当たりが無いようだった。敬史郎の隠し技なのだろう。
 微かに生まれた隙に、法力の結界が草眞を包み込む。硝子のように透明な球体が、千切れた腕もろとも草眞を空中に閉じ込めた。短時間だが、草眞の動きが封じられる。
 葉月は即座に次の手を打っていた。
 地面が陥没するほどの蹴り込みから、草眞めがけて跳躍する。
 だが。
 ――!
 重い衝撃とともに、葉月は弾き飛ばされた。一度地面に叩き付けられ、跳ね返り、辛うじて空中で体勢を立て直し、地面に落ちる。妖力を両手足に集めて地面に貼り付け、跳ね返るのを防いだ。手を突いた石畳が溶けている。
「巨大ロボット……?」
 体勢を直し、葉月は思わず呟いた。目に入った光景に、思考が一度止まる。
 およそ十倍になった草眞が佇んでいた。二十メートル近い身長で、体格もその倍率で大きくなっている。装甲を仕込んだような隆々とした体躯は、まさに巨大ロボットだ。灰色の着物や足袋や草履も、身体に合わせて大きくなっている。巨人の術のようだが、普通はこのような使い方はしない。
「巨兵形態……。図体がデカいだけじゃ大した事ないと言う奴もおるが、デカい図体というのはそれだけで極めて厄介なものじゃ」
 草眞が右腕を引き絞るのが見えた。巨体には似合わず、異様な速さ。
「あ。不味いかも……?」

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