Index Top 第4話 目が覚めたらキツネ |
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第2章 半妖であるということ |
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壁に掛けられた時計を目で示す。 「銀歌くんは、今日の夜十二時までこの姿です」 「何言ってるか分からないんですけど、何話してるんですか?」 抱きかかえた銀歌と白鋼を交互に見やり、葉月が尋ねた。白鋼の台詞しか理解出来ていないので、会話の内容が分からないのだ。 「銀歌くんの因果構造を話していました」 フォークを手の中で一回転させる白鋼。黄身がみっつあるハムエッグを三等分に切り分け、トーストの上に乗せる。黄身を潰してから、食べ始めた。 「半妖は周期的に妖力が弱まり、自分を構成する要素が偏るんですよ。銀歌くんは、普段は『ヒト1:妖怪2:狐2』の割合です。けど、新月になると妖怪の要素が減り、アカギツネになってしまいます。色覚とか知能は残っていますけど」 「喰いながら喋るなよ……。行儀悪い」 銀歌は呻くが、聞いていない。 トーストを食べながら、器用に口を動かす。 「銀歌くんにはヒトの要素が残っていますから大丈夫ですけど、ヒトの要素が消えたら、身も心も頭も、本物のアカギツネになってしまいますからねー」 「おい!」 慌てて抗議する。 トーストを食べ終わり、白鋼はドレッシングを手に取った。胡麻ドレッシング。サラダにたっぷりかけてから、フォークを伸ばした。 「今の状態が一日以上続くことはないので大丈夫です。ただ、極度の体調不良などでアカギツネの姿になってしまった場合はなどは、色々と危ないですね。なんらかの理由で妖力が不安定になるのも危険です」 「何とかならないのか?」 「僕は――只働きはしないことにしています」 ぬらり、と。 異様に艶かしい眼差しに、銀歌は息を止めた。 何事もなかったかのように、白鋼は二枚目のトーストとサラダを交互に食べている。 「何だ、今の……?」 殺意や敵意ではない。 大蛇が小動物を舐めるような、そんな感じ。生まれて初めて感じた、気配。 葉月を見上げると、表情は変わっていない。気づいていなかったようである。気のせいにも思えるが、気のせいではないだろう。 葉月がぽんと頭に手を置いた。 「銀歌、朝御飯何食べる?」 「いい加減下ろせ」 銀歌は葉月を見上げた。ぬいぐるみのように抱えられているのは、お世辞にも気持ちのよいものではない。なんというか、屈辱を感じる。 白鋼が翻訳した。 「下ろしてくれ、と言っています」 「分かりました」 答えて、銀歌をテーブルに乗せる。 銀歌は尻尾を振り、葉月を見やった。通じないと分かりつつ、告げる。 「普通、床に下ろさないか? いや、床に下ろされても困るけど」 「うーん」 葉月は腕組みをする。ため息をつき、 「何て言ってるか分からない」 「だよな」 「油揚げ食べる?」 葉月は冷蔵庫に移動し、油揚げを取り出した。 ふっくらとした狐色の油揚げ。街にある創業二百五十年という老舗豆腐屋で買っているらしい。値段は八割り増しであるが、味は普通のものとは比べ物にならない。 皿に乗せて、銀歌の前に置く。 「うおぉ。でかい」 身体が小さくなっているせいで、手の平ほどの油揚げも、まな板のような大きさに見える。手が使えず、犬食いなってしまうが、狐なので問題はないだろう。 銀歌は皿に近づき、口を開けた。 「んじゃ、いただきます」 「あー。駄目ですよ」 白鋼が左手を伸ばして、銀歌の鼻に触れた。 すっと指を下げるだけで、テーブルに突っ伏してしまう。前足を伸ばして、指をどけようとするが、びくともしない。鼻を押さえられたまま、動けない。 合気の一種であることは理解出来る。だが、外せない。柔術の技術は持っているが、白鋼の技量は桁違いだった。 「今の君は油揚げを食べられません。消化の仕組みが違うんですよ」 「……何でだ!」 白鋼はため息をついて、指を離す。 「野生動物が油で揚げた豆腐なんて食べられませんよ。身体壊しますよ」 犬や猫に唐揚げや天麩羅などの油物を食べさせてはいけないのと同じだ。この身体で油揚げを食べたら、何かしら悪影響が出るかもしれない。腹を壊しても、困る。 銀歌は鼻を振って呻いた。 「なら、何食えっていうんだよ!」 「葉月。銀歌くんの食事は、茶箪笥の引き出しに用意してあります。それを持ってきてください。狐なら大丈夫でしょう」 「はい」 葉月は頷いて、茶箪笥の前に移動した。 引出しを開けて、止まる。 「え……。コレですか?」 「はい。そうですよ」 笑顔で頷く白鋼。 「コレって何だ! コレって何だ! コレって何だァ!」 暴れる銀歌。飛びかかるよりも早く、白鋼に頭を押さつけられている。テーブルに突っ伏したまま、葉月を見つめた。猛烈に嫌な予感がする。 「コレ――」 なんとも言えぬ表情で、葉月は手に持ったものを見せた。 四角い箱に入った、高級ドッグフード。 「あたしは犬じゃねえぇぇぇぇ!」 「狐は犬科キツネ亜科キツネ族の動物です。犬の仲間なので食べられますよ」 涼しげに説明する白鋼。 確かにアカギツネは犬の仲間であり、ドッグフードでも食べられるだろう。だが、銀歌が実際に食べるかと問われれば、それは別の問題だった。 「普通の料理食わせろオオオォォ!」 「大丈夫ですよ。結構おいしいですよ、ドックフード」 白鋼は嬉しそうに笑っている。 分かってやっている。間違いなく、全て承知の上での行動である。 「確信犯だろ、お前はああああ!」 銀歌は暴れ続けた。 |