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第8章 助手の仕事とは? |
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「何をさせる気だ?」 警戒の目を向ける。 白鋼は笑って、 「それほど難しいことではありませんよ」 「ごちそうさま」 茶菓子を残らず食べ終わり、敬史郎は椅子から立ち上がった。 一礼して、台所を出て行こうとする。 「何しに来たんですか? ……敬史郎くん」 「退院見舞いにかこつけてお前の尻尾を触りに来たのだが、触らせてくれないので茶菓子食って帰るところだ。文句あるか?」 真正直に言い切る敬史郎。普通なら何か社交辞令を言って適当にごまかすのだろうが、そうする気はないようだった。正直や素直とは明らかに違う。 白鋼も表情ひとつ変えずに、 「ありません」 「では、俺には仕事がある。さらばだ」 腕を振って、敬史郎は台所を出て行った。 戸の開く音がする。屋敷を出たらしい。 白鋼が銀歌に視線を戻した。 「ええと、何の話でしたっけ?」 「あたしに何をさせるかって話だ。ちゃんと答えろ」 銀歌は呻く。 「そうでしたね」 頷いてから、白鋼は笑って見せた。屈託のない穏やかな笑み。それでいて、何か企んでいるような怪しさを含んでいる。 「銀歌くんには、助手の一環として、理の一部を理解してもらおうと思っています」 「ことわり……?」 「敬史郎くんから聞いているでしょう? 君は、僕のことについて尋ねたはずです。そして、敬史郎くんは僕の力の秘密として、理について答えたと思います」 首輪を撫で、銀歌は表情を硬くした。 敬史郎との会話。それも、白鋼の計算のうちだったようである。秘伝書を読んで勉強しているのも、パソコンをいじっているのも、計算のうちだ。それは覚悟していたが、全部読まれているような気がする。他にも何か仕組まれているかもしれない。 (気に入らねぇ) 銀歌は心中で呻いた。白鋼の手の中で踊らされているような不快感を覚える。そのうち、何かしら泡を吹かせてやらなければならない。 「無理ですよ」 心中を読んだかのように、白鋼が言ってくる。 「銀歌くんは、まだ百年も生きてないんですよ? それに、魂そのものの消耗に加えて、身体が精神に影響を与えています。今の銀歌くんの精神は、ほぼ子供です。二千六百年も生きている僕と知恵比べしても勝ち目はありません」 「お前なぁ」 銀歌は険悪に呻いた。 「そんなに、人をからかうのが楽しいのか?」 「ええ。楽しいですよ」 嬉しそうに、白鋼が答える。 「妖狐族の身体を使っているからでしょうね。身体は精神に影響を与えます。理を使えば身体の影響を消し去ることも出来るんですけど、この方が面白いですから」 妖狐族はひとをからかうのが好きだ。銀歌の身体を使っている白鋼も、ひとをからかうことに楽しみ覚えるようになったのだろう。 「ンなわけねー!」 銀歌はテーブルを叩いた。 「お前の性格は、元からだろ!」 「そうですね」 能天気に頷く白鋼。 銀歌はげんなりと肩を落として、せんべいをかじった。何を言っても無駄なのだろう。改めて思い知らされる。 「ただいま」 玄関から葉月の声がした。 ビニール袋を持った葉月が、台所に入ってくる。メイド服ではなく、ブラウスとスカートいう普通の格好だった。メイド服のまま外出すると目立ってしまうので、服装を変えているのである。 「御館様、帰ってたんですね」 白鋼を見て、葉月は笑った。 「ええ。ついさっき帰ってきました。経過は良好です。まだ、身体に傷が残っているんですけどね。それは、こっちで治療することになっています」 お茶を飲みながら、白鋼が答える。 「手紙は来てますか?」 「はい。ちょっと待ってください」 葉月は荷物を置いて、茶箪笥の引き出しを開けた。 中から取り出した葉書三枚と、封筒十枚を白鋼に渡す。 「よかった……。思ったより少ないです」 白鋼は手紙を受け取り、安心したように息をついた。山ほどの手紙が来ることを覚悟していたらしい。手紙の整理は厄介である。 「それでは、お茶はこの辺にしておきます」 白鋼は椅子から立ち上がった。 杖を手に取り、葉月に目をやる。 服装はいつものメイド服に戻っていた。着替えたわけではない。服自体が身体の一部なので、好きなように服装を変えることが出来る。便利だ。 「お昼は何ですか?」 「カレーです。今日は本格的なものを作ろうと思いまして、香辛料も色々買ってきました。夕方には出来ます」 「……いえ、お昼は?」 快活に答える葉月に、白鋼が訊き直す。 葉月はしばし考え込んでから、 「我慢してください」 「………。そうですか」 寂しげにうなだれてから、白鋼は銀歌を見やった。 「葉月に助手を任せられない理由が分かりましたか?」 「なんとなく」 思わず頷いてしまう。 「あ。銀歌、ひどい」 「カレー頑張って作ってくださいね、楽しみにしていますよ。それでは、僕は今後の予定と予算を調整してきます。……九億円も赤字ですからね」 白鋼は呻きながら、台所を出て行った。垂れた尻尾が、ふらふらと揺れている。 葉月が顔を向けてきた。爽やかに言ってくる。 「銀歌も我慢してね」 「……お前」 銀歌は唸った。 |