Index Top 第1話 銀歌の新しい人生 |
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第6章 白鋼、語ってみる |
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「何すんだ! この野郎」 何とか立ち上がろうとするが、起き上がれない。背中に足を乗せられているだけなのだが、起き上がれない。腕を突いても身体が持ち上がらない。 「葉月に無理矢理着せられた、というわけですか。ふふふ。すみません、狐の巫女装束とは……いや、ふふふふ。うん。似合っていますし、可愛いですよ。ふふふ。こうなることは予想のうちでしたけどね。ふふふふ」 「うがああああああ! 貴様ああああああ! 殺すううううう!」 顔を真っ赤にして、じたばたと手足と尻尾を振り回す。が、立ち上がることが出来ない。白鋼の足がどういう作用を及ぼしているのか不明だが、身体が持ち上がらない。 三分ほど暴れてから、疲れておとなしくなる。 白鋼が足をどけた。 銀歌は渋々と立ち上がる。 機を外されてしまった。いまさら殴りかかる気にはなれない。 「ところで、銀歌くん」 「……何だよ」 険悪に睨みつけるが、白鋼は顔色ひとつ変えない。子供の銀歌に動じてないというよりも、脅された程度では怯まない神経を持っているといったほうが正しい。葉月より確実に神経は図太いだろう。もしくは、神経がない。 「パソコンの使い方覚えてください」 「は? ぱそこん……?」 呻いてから、銀歌は数秒考えた。 「ぱそこんってあれか? パーソナルコンピューターってやつか?」 「そのパソコンです」 「何であたしが、そんなもの覚えなきゃならないんだよ」 腰に手を当てて、不満を漏らす。 「僕の研究はパソコンを使うので、助手の君には覚えてもらう必要があります」 「何であたしがお前の助手にならなきゃならないんだよ! 葉月にやらせればいいだろ。あいつならお前の言うことも聞くだろ?」 葉月は白鋼に忠誠を誓っているようだった。さらさら従う気のない銀歌よりも、助手には向いているはずだ。銀歌を助手にすることはない。 白鋼は左手を額に当てて、 「葉月はそれほど頭がいいわけではないのですよ。家事をこなすことは出来ても、難解な仕事をすることは出来ません。だから銀歌くんを引き取ったのです。君は頭がいいので、僕の助手を務めることが出来ます」 「お世辞ありがと。だけど、あたしは助手なんてやる気はない」 「そう言うと思いました」 苦笑しながら、銀歌に背を向ける。 「気長に待ちますよ。君には拒否権はないのですから。あと、パソコンは用意してあります。ノートパソコンですけど、気が向いたら使ってください。インターネットとかホームページとか、2ちゃ○ねるとか、面白いですよ」 障子を開け、立ち去ろうとする。 「なあ」 銀歌は声をかけた。 白鋼が振り返ってくる。 「何でしょう?」 「いくつか訊きたいことがある」 銀歌は白鋼の尻尾を見つめた。銀色の毛に覆われた尻尾が一本。先の方が白い。手入れはさぼりぎみだったので、毛並みは荒れている。 「何でお前、尻尾が一本なんだ? あたしは七本の尻尾があったはずだぞ? まさか切ったとか言うなよな……。言ったら殺すぞ」 「妖力を抑えて、尻尾の数を減らしているのですよ。僕は尻尾には慣れていません。七本もあると、正直邪魔です。切ったわけではありませんよ。ほら」 尻尾が二本に増える。 「尻尾の数を減らす、って……さらっと言うな!」 妖力を抑えて尻尾の数を減らす。尻尾の増える狐には必須の技術だ。銀歌も寝るときなどは尻尾を減らしていた。ただ、この技術は意外と難しく、習得するには時間が掛かる。つい先日まで尻尾を持っていなかった者が、おいそれと出来るものではない。 だが、白鋼はそれを平然と実行している。 「僕は術の制御に自信があります。尻尾を減らすことくらい造作もないです」 笑いながら、言ってみせた。 銀歌の凄まじい妖力を持ち、それを制御する技術を持つ。今はぼろぼろであるが、身体が治ったら、恐ろしいバケモノになるだろう。 「それにしても、お前元気そうだな。さっきは死にそうだったくせに」 悔し紛れに呻く。 白鋼は二本の尻尾をゆらゆら揺らしながら、 「点滴打ちましたから」 「点滴でそこまで元気になるかぁ?」 点滴。栄養剤を直接血管に流し込む治療法。点滴を打たれたことはないが、他人が点滴を打たれているのは見たことがある。栄養剤と神酒の点滴とはいえ、死にかけが二時間ほどで元気になることはない。 「あと、殺生石の粉末を二十グラム呑みました」 こともなげに言う。 「殺生石……」 銀歌は呻いた。 「……ここにあるのか?」 「ええ、三キロほど。昔手に入れましてね。時々実験などに使っています」 日本史上最強の妖怪のひとつ。白面金毛九尾の狐。その怪物が死んだ後に姿を変えた石。膨大な妖力の塊であるが、下手な妖怪なら触れるだけで死ぬほどの毒を持つ。だが、その毒を何とかすれば、一部とはいえ九尾の狐の力を取り込むことも出来るのだ。 白鋼は殺生石の毒を何とかする方法を知っている。 その考えを呼んだように、白鋼が笑う。 「僕の持っている殺生石を奪い、毒を取り除き、取り込んで自分の力を強化する気ですね? それから、この身体を取り返すと」 「ああ。そうだ。悪いか」 「どうぞ、やってみてください」 開き直る銀歌に、白鋼はさらに開き直ってみせた。 「もっとも、殺生石から毒を抜くことが出来るのは、僕を含めて数えるほどしかいません。まして、転生の術は僕しか使えません」 にっこりと笑ってみせる。 銀歌は鼻を鳴らして見せた。 つまり、助手になって、その技術を覚えろということだ。選択肢はない。不服ながらも銀歌はそれを認める。自分の身体を奪い返すには、白鋼の持つ知識と技術を盗まねばならない。現状では、力が弱すぎる。 「あぁ。そうそう」 思い出したように、白鋼が首を動かした。 「銃使います?」 「は?」 「だから、銃ですよ。銃。ピストル。使いたいというのならば、用意しますよ」 腰の後ろから抜いた拳銃を見せながら、言ってくる。 「拳銃と自動小銃はすぐに用意出来ます。ライフルや重機関銃は五日ほど時間がかかりますね。自衛隊で使っているものなら、大体取り寄せることが出来ます。対物ライフルの類は手続きが大変なので、渡せません」 「いらねぇよ」 銀歌は手を振った。 「銃なんか使ったら、弱くなる」 妖怪が銃火器を使うと、弱くなる。刀や槍、弓矢までなら大丈夫だが、銃などの近代的な武器を使うと、力が落ちてしまうのだ。一人の作れる最大の力は常に同じだかららしい。好奇心から銃に手を出して妖力が落ちてしまった仲間を、銀歌は知っている。 しかし、白鋼は銃を愛用していた。 「何で、お前は平気なんだ?」 「僕は平気なんですよ。理由はそのうち」 笑いながら、障子を開ける。 「パソコンはそこに置いてあるので、自由に使ってください。周辺機器も用意してあります。外付けハードディスクやプリンタが欲しい場合は葉月に言ってください。二十三万円もしたので、壊さないでくださいね」 障子を閉めずに、部屋を横切り、襖を開けて、中の廊下へと出て行く。 襖が閉まった。 銀歌は履いていた雪駄を脱いで、畳部屋に移動する。 「これか?」 部屋の隅に一抱えほどの箱が置いてあった。 横には小刀が一本。これで開けろということらしい。 銀歌は小刀を掴んで、手の中で一回転させる。実のところ、手に入れる機会がなかっただけで、パソコンには興味があった。 「どうせ暇だしな」 言い訳してから、蓋を止めているテープを切る。 |