Index Top 第1話 銀歌の新しい人生 |
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第5章 奇妙な屋敷 |
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銀歌は縁台に座って庭を眺めていた。 葉月から開放されて、銀歌は敷地の中を一通り見て回った。 逃げ出そうと思ったが、門から外には出られなかった。首輪に阻まれたのである。 「面倒な代物だな……」 銀歌は首輪を引っ張った。えらく頑丈で、包丁で切ろうとしても傷ひとつつかない。素材は皮製だが、妖術で強化されているのだろう。しかし、妖力は感じられない。 「さて……」 銀歌は頭の中にこの家の地図を思い浮かべた。 人界と妖界の境目に佇む、家。周囲は鬱蒼とした森。 まず前の屋敷。畳部屋が五つと台所と風呂、トイレ、物置がある。続いて裏の屋敷。こちらは前の屋敷の二倍の大きさで地上二階地下一階と広さがある。西側が白鋼の部屋兼研究室で東側が書庫となっていた。白鋼の部屋には入れない。 屋敷の西側には道場と蔵が二つ、東側には自動車の停めてある車庫がある。白鋼と葉月は運転が出来るらしい。あとで、銀歌にも自動車の動かし方を教えるそうだ。 裏手、森の中の道を進むと大きな広場がある。白鋼が武器の実験などをしていたのだろう。焦げたり抉れたりした地面や、不自然に折れた木が目立った。 屋敷の横手は畑になっていて、薬草が栽培されている。 門から伸びる砂利道は、人間の街の神社につながっているらしい。 息をついて、銀歌は縁台から立ち上がる。 「この身体で、どこまで出来るか」 雪駄を直し、庭の中ほどまで歩いていった。ただの狐の血が半分混じった半妖の子供。尻尾も一本だけ。さっき飲んだ神酒の力があるとはいえ、期待は出来ない。 銀歌は生まれついて尻尾が七本あり、物心ついた時から大人の何倍も強い妖力をもっていた。普通というものが、理解出来ない。 「何にしろ」 妖狐族の基本妖術は六つ。 狐火。変化の術。まやかしの術。分身の術。金縛りの術。憑依の術。 本来なら人目のつかない所でやるべきなのだが、裏庭は酷く空気が悪かった。白鋼の使っていた破魔刀の匂いが、濃く漂っている。どこかに隠してあるのだろう。 銀歌は意識を集中させて、右手を突き出した。 その手の先に、青白い炎が灯る。 さっきのような情けないものではなく、焚き火ほどの大きさ。ゆらゆらと揺れることもなく、力強く燃えている。前は手加減しすぎていた。 銀歌が腕を動かすと、狐火が大きく膨れ上がる。銀歌の周囲を包むように青白い炎が広がった。燃料も音もなく燃え続ける高温の炎。 一息ついて、銀歌は狐火を消す。 「弱いなぁ」 以前だったなら、この屋敷全部を焼き払うことも容易だった。全力を出せば、街ひとつ焼き尽くすことも出来ただろう。 しかし、今はこれだけの狐火を作るだけで疲れを感じる。涙が出るほど弱くなっていた。控えめに言っても、以前の数千分の一以下の妖力になっている。 気を取り直して、次。 変化の術。 印を結び、変化する姿を思い浮かべる。 とりあえず、以前の姿。白鋼の姿ではなく、無敵の銀狐と恐れられた銀歌の姿。 「変化」 が。 一瞬意識が止まり、妖力が霧散する。 銀歌は舌打ちをした。 首輪の力で、変化が禁じられている。下手に姿を変えられると、困るからだろう。もっとも、今の状態では変化しても一時間で術が解ける。 昔は無制限で変化を維持出来ていたのだが、現実は厳しい。 「落ち込んでる暇はない、ってか」 まやかしの術……。 かける相手がいない。憑依の術も同じである。銀歌の身体を持つ白鋼には効きそうにない。葉月はかかりそうであるが、今は近づきたくなかった。 「何か……笑ってたし、な」 葉月は何か企んでいる。絶対に企んでいる。 今の巫女装束より変な服を着せられるかもしれない。脱ぐことは出来ない。脱ごうとしても身体は動かないし、切ろうとしても切れなかった。 銀歌は首輪を撫でた。 どういった仕組みで、行動を禁じているのだろうか。 首輪からは妖力は感じられない。だが、禁止されている行動を取ろうとすると、身体が動かなくなってしまう。強制的に動きを止められているという感覚はない。ただ、きわめて自然に、身体が動かなくなる。 「結局、今のままじゃ、あいつには勝てないってことか」 言って、印を結ぶ。 「分身――」 妖力が収束して、瞬時にして分身を作り上げる。 白い着物に緋色の袴、頭にリボン、赤い首輪という、銀歌と同じ格好。普通ならば同じ姿を形作るのだが、分身の身体は小さい。人間年齢七、八歳。子供である。 「……妖力が足りないのんだよなぁ」 「そうだな」 銀歌と分身は、同時にため息をついた。 妖力が足りないと、分身の形も不完全になる。 「妖力が弱すぎて、うまく制御が出来ないからな」 前は本当に膨大な妖力を持っていたのだが、今は跡形もない。 「まあ、尻尾一本だし、黄色い狐だし」 分身が続ける。尻尾を撫でながら。 気配を感じて、銀歌は視線を動かした。 「何をやっているのですか?」 白鋼が障子を開ける。 前に見た時と変わらない。銀歌の元の身体。包帯まみれで、右手に杖を持っている。折れた腕は治っていた。杖も新しいものを持ち出したらしい。 銀歌と分身は威嚇するように白鋼を睨んだ。 白鋼はしばし二人を見つめてから、 「ふ……」 笑った。 「ふふふふふ、はは、あはははは……」 「笑うなああああ!」 絶叫して、銀歌は飛びかかった。縁台に駆け上がり、拳を握り締めて、殴りかかる。相手はぼろぼろの身体だ。殴り合いになれば勝てる。 白鋼はふらりと揺れるように身を躱した。 廊下に足をつき、身体の向きを変える。距離は二歩分、踏み込めば殴れるだろう。だが、問題なく避けられてしまうだろう。 「金縛りの術」 銀歌は左手から妖力の糸を放った。通じるとは思えないが、何かしらの効果はあるだろう。妖力の糸が、白鋼に絡みつく。 「貰った!」 同時に、分身が飛び掛った。 白鋼は苦もなく糸を振り払い、杖の先で分身を突く。 分身が薄い煙を残して消えた。 銀歌は白鋼の右胸を狙って、拳を突き出し―― 白鋼の身体をすり抜けた。 「まやかし!」 思った時には、足を払われている。まやかしの術。いつかけられたのかも分からない。廊下に突っ伏したところで、背中をとんと踏みつけられた。 |