Index Top 第1話 銀歌の新しい人生 |
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第3章 メイドの葉月 |
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玄関の東隣にある台所。 広さは十畳で床は板張り。コンロと流しと冷蔵庫、電子レンジ、電子炊飯器、茶箪笥などが置かれている。部屋の中央には、四角いテーブルと椅子が四脚。昭和の終わり頃から平成の初め頃の風景である。 「お前が、葉月か……?」 椅子に座って料理の本を読んでいる娘に、声をかける。 「そうだよ」 人間で言うと十七、八歳ほどの外見。肩の辺りで切り揃えた黒髪に、どこかとぼけた顔立ち。背丈は今の銀歌より高いくらい。百六十センチほどか。紺色のワンピースドレスに、白いエプロン、カチューシャ、胸元に大きな赤いリボンという格好。 「……めいど?」 銀歌はうめく。メイドだった。 葉月は立ち上がり、のんびりと笑ってみる。 「御館様から言われてるよ。何か食べる?」 「それより、お前は何者だ?」 銀歌は葉月を睨んだ。 普通の妖怪ではない。具体的にどんな種類なのかは分からない。匂いや雰囲気が普通の妖怪とは違う。日本の妖怪ではないかもしれない。しかし、銀歌が昔会ったことのある外国の妖怪とも違った。 「わたしは、葉月。この屋敷のメイドだよ。金属の妖怪というのが一番正しいかな」 葉月が簡単な自己紹介をする。 銀歌は腰に手を当てて、首をかしげた。首輪が揺れる。 「金属の妖怪……? 聞いたことないぞ」 「四十年くらい前に、人間に作られたんだよ。液体金属の身体で、体積さえ変わらなければ自由に形を変えられるし、硬化、液状化、修復、変形も自由に出来る。予算不足で廃棄されそうになったところを御館様に引き取られたんだ。こう見えても強いよ」 「ふ〜ん」 興味がなかったので、生返事を返す。 「いなり寿司あるけど、食べる?」 葉月は冷蔵庫を開けて、大きな皿と麦茶の入ったガラス瓶を取り出した。皿には、いなり寿司が十個乗っている。さっき食べたものと同じ匂い。葉月が作ったのだろう。 「ああ。腹へってるからな。貰うぞ」 テーブルに置かれた皿から、いなり寿司を掴んで口に運ぶ。 もそもそと咀嚼しながら、 「酒はないか?」 「ないよ。御館様はお酒飲まないから」 葉月は氷の入ったガラスのコップを取り出し、麦茶を注いだ。 「つまらん」 銀歌は次のいなり寿司を食べながら、コップを手に取った。中の麦茶を飲み干す。冷たくて美味しい。生き返るような気分だ。 「服どうしようか?」 葉月が銀歌の服装を見つめる。 人間の寝巻き、というか水玉模様のパジャマ。ズボンと下着には尻尾穴が開けられ、尻尾が通されている。正確には、腰の真後ろに切れ込みがあり、そこに尻尾を通して、上を紐で留めてある。下着も同じ作りだ。前の服と同じである。 「何か、ないか? この格好じゃ、ろくに出歩けないだろ」 「そだね。今持ってくるよ」 言って、葉月は台所を出て行った。 戸が閉まり、足音が遠ざかるのを見送ってから。 「さ、て、と」 ぱんと両手を打ち合わせ、銀歌は台所を見渡した。 冷蔵庫に目をつける。 「台所に酒がないわけないよなー」 にやにやと笑いながら、銀歌は冷蔵庫を開けた。冷たい空気に一度目を瞑り、首を振ってから目を開ける。ぱたぱたと尻尾が揺れていた。 文明の利器というものに感心しながら、中身を見る。 「少ないな」 野菜と肉と魚、油揚げがたくさん。 この屋敷には大勢住んでいるわけではないので、それほど食料はいらないのだろう。白鋼と葉月の他に誰か住んでいるような気配はない。 扉の棚を見て、 「お。これか」 銀歌はぴこぴこと耳を動かした。 透明な瓶に入った酒らしき液体。五合ほどだろう。酒瓶には銘の書かれた紙が貼ってあるものだが、これは何も貼っていない。 銀歌は瓶を持って扉を閉めると、新しいコップを用意した。 コップの八分目まで注いでから、匂いを嗅いでみる。 「……上物だな」 驚き混じりの声が漏れる。高級品、などといった月並みなものではない。本物の酒だ。今まで色々な酒を飲んできたが、これほどの上物は飲んだことがない。 銀歌はコップを持ち上げ、ゆっくりと酒を喉に流し込む。 底の一滴まで呑み干してから、息をついた。 「これ、本当に酒か?」 瓶を見つめ、深々と唸る。 よい酒は水に似る、という言葉がある。まさにその通りだった。水でも飲むように、喉を通り過ぎていく。呑んだ後には、淡い甘味が残っていた。 「もう一杯」 コップをテーブルに置いて、瓶を掴む。 今度はなみなみと注いだ。思わず笑みがこぼれてくる。こんな極上の酒を飲めるとは、仔狐になっても生きていた甲斐があった。 銀歌はコップを掴んで、 「あああああッ!」 突然の声に肩を跳ねさせる。 葉月のことを忘れていた。コップを持ったまま視線を移すと、台所の入り口に葉月が立っている。足元に紙袋が落ちていた。 「それ、御館様の神酒だよ! ああッ! 半分も飲んでる!」 「くそっ!」 毒づいてから、銀歌はコップの酒を一息に飲干した。 テーブルに残った瓶を掴み、 「止まれ!」 銀歌の腕が止まった。 瓶から直接ラッパ飲みするつもりなのだが、腕が動かない。瓶に口をつけたいのに、身体が言うことを利かない。いくら力を込めても、瓶が口に近づかない。 原因は想像がつく。首に嵌められた赤い首輪。 「この首輪が原因か……!」 「そうだよ」 近寄ってきた葉月か、瓶を取り上げる。抵抗することも出来ず、あっさりと奪い取られた。しっかりと蓋をしてから、冷蔵庫にしまいこむ。 銀歌は両手を振ってから、首輪を掴んだ。 「察するに、あたしの行動を制約する呪具だね」 「うん。封動の呪い」 にっこりと、葉月が微笑む。 「わたしが作ったんだ。よく出来てるでしょ?」 銀歌は葉月を睨んでから、 「ちょっと失礼」 その横面を殴りつけた。 |