Index Top 第1話 銀歌の新しい人生 |
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第2章 銀歌のこれから |
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白鋼を睨み付けながら、問いを放つ。 「ひとつめ。この身体はどうやって作った? どこから持ってきた?」 「僕の血――つまり君の元の身体の血に、アカギツネの血を混ぜたものを素地に、空魔氏に作ってもらいました」 空魔。妖狐の族長である。銀狐よりもさらに珍しい金狐で、尻尾は七本。尻尾の数は同じながらも、妖力は銀歌を上回る。老いのせいで、戦うことは出来ない。 それはそれとして。 「ちょっと待て……アカギツネの血を混ぜた?」 アカギツネ。北半球に多く生息する狐である。日本には、ホンドギツネとキタキツネの二亜種が生息している。ようするに、普通の狐だ。 「この身体の複製を作っても、妖力が強すぎるんですよ。妖力を抑えるために、野生の赤狐の血を混ぜました。君は血筋だけ見れば、半妖ですね。それでも、妖力は普通の妖狐よりも若干強いようですけど」 「お前……! 何余計なことしてんだ!」 黄色い髪の毛が逆立ち、尻尾が爆ぜるように膨らむ。勝手にただの狐の血を混ぜられたことに、血管が切れるほどの怒りを覚えた。が、銀歌は理性を総動員して我慢する。ここは怒るところではない。 「………。次の質問だ」 銀歌は続けた。 「転生。あたしはこの身体から離れられないってことか?」 「そうです」 白鋼は頷いた。 「君はこれから、子供の身体で生活していくことになります。安心してください。その身体は成長します。時間が経てば、大人になりますし、妖力も強くなります。ただし、不用意に魂を身体から切り離したりすると、死にますので。注意してください」 「その身体を返すつもりはないのか?」 「ありません」 断言する。 「転生術は一度使ったら向こう百年は使えません。百年経って、僕の魂にふさわしい器が見つかったら、そちらに転生します。しかし、その可能性はまずありませんね。僕はこの身体を気に入っています」 白鋼は口の端を上げた。 最強の妖狐の身体である。気に入らない理由もない。 「ありがとう。大事に使えよ」 銀歌は皮肉たっぷりに笑ってみせる。 「最後の質問だ。この赤い首輪は何だ? 嫌がらせか?」 「そのうち分かります」 白鋼は立ち上がった。 動作が遅い。衰弱しているのが一目で分かる。動けるようになったのは五日前というのも本当だろう。殴り合いになったら、確実に勝てる。 「先に言っておきます。いきなり殴りかかってくるのは勘弁してくださいね」 「分かってるよ」 答えると同時、金縛りが解ける。 身体が動くことを確認してから、銀歌は足元の杖を拾い上げた。踏み込みともに、思い切り白鋼の右腕に叩きつける。 「ッ!」 白鋼は歯を食いしばり、悲鳴を噛み潰した。よほどの激痛だったのだろう。涙と冷や汗を流しながら、前のめりに倒れる。銀色の耳と尻尾がぴくぴくと痙攣していた。 「へっ。ざまあみろ」 銀歌は嘲るように鼻を鳴らし、杖を振り上げる。 「せっかくだから、もう一発食らっとけ」 パン! 小さな破裂音とともに、手から重さが消える。 根元から折れた杖が廊下に落ちた。 白鋼の左手に小さな武器が握られている。黒く四角い金属の筒に取っ手と引き金をつけた、単純な構造。銀歌はそれに見覚えがあった。 「拳銃……!」 「ミネベア9ミリ自動拳銃……弾丸は呪錬銀製です。君に向けたペイロードライフル25ミリ呪錬徹甲弾ほどの威力はありません。それでも、今の君を殺すには十分です」 「………」 眉間に銃口を向けられて、銀歌は黙った。 本来、妖怪に人間の武器は効果が薄い。拳銃で撃たれても痛いだけで死ぬことはない。だが、白鋼は人間の武器を妖怪に通じるように改造することが出来る。日暈家の作る破魔刀とは違う。その威力は身を以て知っていた。 「一発殴られることは覚悟していましたが……。やれやれ」 拳銃を懐に収め、白鋼は立ち上がった。 折れた右腕が、力なく垂れ下がっている。指一本動かせないようだった。包帯には血が滲んでいる。杖で殴った程度で骨が折れることはない。 「驚きましたか? さっきの一撃で、肋骨も二本折れています」 口元は笑っているが、目は笑っていない。 多少引きながらも、銀歌は笑い返してみせた。 「……酷いザマだな」 「この身体は死にかけなんですよ。特に右半身の損傷が激しいです。右足と右腕は皮膚が死んでいますし、筋肉もずたずた、骨も微細な亀裂だらけ。脊髄にも何箇所か傷が見られますし、内臓や血管の炎症も酷いです。左目の視力はおかしいですし、右目は潰れています。僕が動かしていなければ、既に死んでいるでしょう」 「あたしの身体だ。ちゃんと治せよ」 「治しますよ。僕の身体ですから」 白鋼は背を向けて歩き出した。 廊下を北向きに歩いていく。足取りは頼りない。 もう二、三発殴ってやりたいが、本気で死にそうなのでやめておく。死なれたら、身体を取り返すことも出来ない。 「そうは言ったものの、元通りに再生させるのは無理ですね」 「お前、一体何やったんだ?」 隣を歩きながら、銀歌は訊いた。 妖怪や、神。つまり人外は頑丈である。致命傷めいた傷を負っても、まず死ぬことはない。手足を失っても、数日で再生するし、妖術ですぐに再生させることも出来る。白鋼の状態はさすがに異常だ。 「僕が使った妖刀が最大の原因です。あれは千五百年以上昔に作られた代物でマガツカミを宿したと言われています。刀に宿った怪物は、斬ったモノを生物無生物問わず滅ぼします。魂を喰らい、命を喰らい、時間を喰らう」 「どこで手に入れたんだよ、そんなモノ」 「八百七十年前に、日暈の当主から保管してくれと頼まれました。九尾の妖狐相手に使って折れたそうです。なお、僕のところにあるのは、切先の方です」 「捨てろ。即座に捨てろ」 言いながら、銀歌は横に目を向けた。 それなりに広さのある、手入れの行き届いた中庭。その向こう側には、廊下が見える。前の屋敷と裏の屋敷があり、東と西との二本の渡り廊下で繋がっている。 廊下の先には、木の扉。 「一応、人口皮膚を移植してみたのですが、筋肉と骨が駄目になっているので、意味はなかったです。切断して、義手義足にする予定です」 「あたしの身体だ。大事に扱え」 「沼護義邦に話をつけてあります。明日には来るでしょう。大手術になりそうですね」 銀歌の声を無視して、白鋼は扉を開け、中に入った。 「この先は僕の自室兼研究室。無断立ち入りは禁止します」 扉が閉まる。 「治療は一人で行います。君は台所で、葉月と夕飯の話でもしていてください。僕は何も食べません。胃がぼろぼろで、何を食べても吐いてしまう」 それきり、何も聞こえなくなった。 |